第120話 巨大過ぎる組織とクリスマスパーティ その2

「泳がされているなら、そのまま泳いでやろう」


「危険では?」


「俺達はもうとっくに後戻り出来ない。なら……」


 謎掛けのように今後についての行動を問いかけられたマリンはゴクリとつばを飲み込んだ。それから冷静に頭を働かせ、自分の考えで言葉を選択する。


「前に……進むしかない」


「そう言う事だ」


 意気投合した2人はここでどちらでもなく自然に笑いあった。そうして少しして落ち着いたところでマリンが口を開く。


「少しランラン時代を思い出しますね」


「ランランか……あの頃は楽しかったな」


「当時は何でも出来る気がしてました」


「ああ」


 2人はかつて自分達が異世界にいた頃の思い出話に花を咲かせる。その頃も彼らはこう言った危険な活動をしていたらしい。

 ランランは飽くまでも政治結社ではあったものの、社会の不正を暴くために闇に紛れて密会の内容を入手したり、尾行や盗聴は当然の事、時にはハニートラップを含む罠を仕掛けての騙し討ちなど、戦闘行為以外で出来る事はほとんどやり尽くしていた。

 だからこそ敵も多く、自然と戦闘能力も磨かれたのだ。


「色んな無茶をしましたね」


「で、墓穴を掘った。調子に乗りすぎたんだ」


「……」


 思い出話の行き着く先は組織の壊滅。2人はそれまでにも何度もランラン時代の話をしていたものの、いつも最後はこうして無言で終わってしまう。

 この展開を迎えた後、カシオが言うお決まりの言葉がコレだった。


「だからこそ、もうみんなに迷惑はかけられない」


「「!?」」


 そこまで話したところで、潜伏先に聞き慣れない複数の足音が近付いてくるのを2人はほぼ同時に察知する。その足音は訓練された人間のそれであり、かなり集中していないと聞き逃すほどの僅かな音でしかなかった。

 足音は気配を消しながら素早く部屋の前まで近付き、そうして鍵がかかっているはずの扉は容易に開かれる。



「お遊びの時間はここま……いない?そんなバカな!」



 1キロ先の部屋の声を聞き取る超感覚の持ち主がこの異変に気付かない訳がない。2人は敵が建物に入った時点でとっくに逃走していたのだ。そう、それはあらかじめ決められていた段取りを実行したかのように。


「そうか、逃したか……」


「申し訳ありません!急いで……」


 襲撃が失敗した事を工作員のリーダーが報告する。すぐに追撃の許可を取ろうとしたところで、連絡先の上司から受けた指示は意外なものだった。


「いや、戻ってこい」


「は?」


「作戦終了だ。急げ」


 工作員達は頭を捻りながら、けれども素直にその指令に従った。来た時と同じく痕跡を消しながら建物から退散していく。後で組織が防犯カメラのデータを処理すれば彼らがこの建物に入った事すら闇に葬り去れるだろう。

 撤退を指示したガルバルド幹部は窓から夜の街の景色を眺めながら1人ほくそ笑む。


「奴らにはまだ利用価値はある。今は存分に泳がせてやるさ」



 無事に危機を脱した2人は感知がバレた時に決めていた別のアジトに到着して一息ついていた。


「参ったな、もう少しは持つと思ってたんだが……」


「一旦戻りましょう」


「そうだな、仕切り直しだ」


 2人は話し合って世を忍ぶ仮の姿である学生に戻って、しばらく学校生活を続ける事を選択する。組織に近付きすぎるのを危険と判断したからだ。

 実際、融合した人間側の身分は現役の学生なので、ずっと学業を疎かにする訳にも行かない。ある意味これはいいタイミングでもあった。


「……それが賢い選択よ」


 2人がアジトで今後の行動について決断をしたその時、彼らを監視するもうひとつの影もその判断を尊重していた。



 元ランランの諜報の危険がなくなったガルバルドのビルの一室では、別の話が進んでいた。研究開発部に訪れた幹部がその部屋の主の研究所員に向かって進捗状況についての質問をする。


「で、例の装備品はどうなっている?」


「中々いい感じのものが続々と出来上がってきております」


 その言葉と共に所員から完成したばかりの武器を手渡され、幹部はそれをあらゆる方向からチェックをする。そうして武器の精度が所員の言葉の通りかの確認を済ませると、それをまた机の上に置き直した。


「精度もかなり上がってきたな」


「この次元の特性もかなり掴めてまいりましたので」


「うんうん、これでいい」


 幹部は出来上がった武器の完成度に満足気に笑う。所員も幹部に満足してもらって胸をなでおろしたものの、その武器の扱われ方には不満を抱いてた。


「しかし、いいのですか?貴重な試作品をあのような組織とは無関係な弱小団体に」


「無関係だからだよ。それに貴重なデータも取れているしな。奴らにはこれからも存分に働いてもらわねば困る」


「では、今度の製品も?」


「勿論。後、偽装工作はしっかり頼むぞ。あんな4流のクズ共でも怪しまれると少々厄介だ」


 最近の各異世界生物融合犯罪組織の新武装はやはりガルバルドから供給されたものだった。各組織を新製品の開発のモルモットとして利用していたのだ。

 幹部の命を受け、所員はすぐにその命令通りに行動を開始する。


「了解です、すぐに当たらせます」


「ふふ、何もかもが順調だ。ランラン残党共よ、せいぜい今はいい夢を見ているがいい」


 部屋に1人になった幹部はそう言うと、机に置いた武器をもう一度拾い上げ、それを当然のように懐にしまう。そうして彼もまた部屋を出ていった。



 平和に過ぎていく日々の裏側でそんな事態になっている事を全く知らないシュウト達3人組は、その日も図書室に集まってのんきに過ごしていた。


「仕事こねーなー」


「お前、同じ本何度も読むんだな、お気に入りなのか?」


 勇一の持っていた本のタイトルに注目したシュウトが話しかける。普段の彼はラノベ関係の話題をあまり出さないので、何か心境の変化でもあったのかと、ここでラノベの持ち主の目が輝き出した。


「まぁな、読む?」


「いや、俺は……」


 いきなりラノベを勧められ、そこまでのつもりのなかったシュウトは戸惑った。ただ、その否定の仕方に隙があるとにらんだ勇一はここで更に勧誘の勢いを強める。


「いつも新聞しか見てないじゃんか、たまにはどうよ?」


「勇一君、いきなりそれはダメよ」


「え?」


 ノリノリでラノベを読まそうとする彼を、その様子を興味深そうに眺めていた由香が止める。突然行為を止められて勇一は戸惑った。


「陣内くんは国語の教科書の抜粋小説くらいしか今まで読んだ事ないでしょ?」


「あ、まぁ……」


 彼女の指摘にシュウトは素直にうなずいた。小説を読む習慣のない彼は本当に教科書に載っている小説以外の作品を読んだ事がないのだ。読みが当たった由香はニヤリと笑うと、小説初心者にぴったりの読書方法をドヤ顔で提案する。


「だったらまずは新聞の連載小説から始めなきゃ。ほら、この新聞にもあるでしょ」


「え?新聞に小説なんてあったっけ?」


「あるよ!もう、事件にしか興味ないんだから」


 毎日新聞を眺めているくせに連載小説の存在に気付いていないシュウトに彼女は呆れる。何だか気まずい雰囲気が図書室内に広まったため、彼は必死に新聞をめくって指摘された連載小説を探し始めた。


「小説なんてどこに?えーっと?」


「違う違う、もっと後ろの方……そう、その紙面の左側の真ん中の辺り!」


 シュウトの行動を目で追いながら、由香が随時適切なアドバイスを送る。

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