第113話 同時多発スリを捕まえろ! その2

「みんなで食べるんだからそこは多少は負担してくれよ」


「いーや、ただでケーキが食べられないなら部屋は貸せねーな」


 勇一の態度は固く、ちょっとやそっとでは前言を撤回してくれそうになかった。説得に難儀しそうだとシュウトがため息を吐き出していると、この話をずっと黙って聞いていた由香が別の方法でこの問題に対処しようとある提案をする。


「じゃあショートケーキでいいんじゃない?別にクリスマスケーキでなくても」


「いやそこはクリスマスケーキじゃないと」


 彼女が思いついたのは、ケーキ代を負担するならケーキそのものを安く上げようとする作戦だ。その意図を素早く読んだ勇一は間髪入れずに由香の意見を却下する。

 否定されたところで、その方法を気に入ったシュウトはその流れで言葉を続ける。


「5号だと安く収まるかな」


「別に生クリームケーキじゃなくてもいいよね」


「チーズケーキって手もあるし」


「あ、今、スーパーでスポンジケーキ売ってたよね、あれで手作りとか」


 ケーキ代負担組は勇一を説得するのではなく、ケーキをどう安く上げるか、それだけに特化して意見を出し続ける。その行き着いた先は当然のようにケーキの自作と言う事に収まっていった。

 ある程度意見が行き着いたところで、勇一が呆れ果てた顔をする。


「どんどん話が安い方安い方に向かってねーか?」


「だって、私達でケーキを用意するってなったらそうなるでしょ」


「安ければ安い方がいいし」


「文句言うならちょっとは負担しろよ。じゃなきゃ勇一の意見は聞かねーよ?」


 自分たちが負担するんだからケーキについては文句を言うなと言うこの作戦に、勇一は下唇を噛んだ。ケーキ台を負担するか安っぽいケーキで妥協するかと言うこの戦いは、勇一が負けを認める結果となる。


「じゃあ別に手作りでもいいけど……まずいもん作んなよ」


「スポンジケーキに市販のクリーム乗っけて後はいちごを乗せるだけだから、誰にだって美味しく作れるって」


 ケーキを失敗を危惧する元野球部員にシュウトは手作りケーキの容易さを説明する。そのまるで経験者のような口ぶりに勇一はその態度の理由を尋ねた。


「そう言うシュウトは作った事あんのか?」


「いや、ないけど……」


「それ見ろ」


 さっきエラソーに高説を垂れたシュウトはケーキ制作未経験者だった。実はスーパーに売っている商品を見て簡単に出来そうだなと想像を膨らませていただけだったのだ。

 追い詰められる彼を見た由香は、勇一に安心してもらおうと自分の意見を口にする。


「いや、スーパーには色々この時期売ってるんだよ。ケーキもだけど、クリームも完成品が売ってるから簡単に出来ると思う」


「由香ちゃんがそう言うなら……」


 こうして女子の意見に弱い勇一は手作りクリスマスケーキ案を渋々受け入れた。市販ケーキを買うなら数千円が飛ぶところを何とか千円程度に抑えられそうで、ケーキ代負担組はホッとため息を吐き出して胸をなでおろす。

 こうしてケーキ問題が片付いたところで話は次の段階に移った。この話はまずシュウトが口火を切る。


「パーティするなら他にもジュースとかお菓子とかいるな」


「でも別に部屋の飾りつけとかはいらねーよな、準備も片付けもメンドーだし」


「そこは勇一がそれでいいなら」


 クリスマスパーティーの定番と言えばそれっぽい部屋の飾りつけだけど、部屋の持ち主がそれを拒否するなら仕方ないと2人も部屋主の意見に賛同した。

 こうしてお菓子とジュースについて話を詰めていたところで、由香が突然パーティらしいイベントについて口にする。


「あ、でもクラッカーは鳴らしたいかも」


「いや、近所迷惑だし、って言うか家族が乗り込んでくるわ!」


「そっかぁ、駄目かぁ……」


 クラッカー案を勇一に速攻で拒否されて彼女は淋しそうな表情になった。その感情の変化から彼は素直な疑問を口にする。


「って言うか、由香ちゃんちクラッカーOKなんだ?」


「クリスマスと誕生日くらいだけどね」


「すげえなぁ」


 家の中で派手な爆発音を鳴らしたら迷惑になると考えるのはごく普通の感覚だろう。その感覚がないと言う事で、勇一は素直にその環境に感動し、またその環境からある結論を導き出していた。


「もしかして結構豪邸だったりとか?」


「や、止めてよっ」


 自宅の詮索をされた由香はすぐに顔を真赤にしてその話題を止めようとする。この態度の変化にこの話題、あまり触れてはいけないのかなと言う事で男子2人が若干戸惑っているところで、シュウトの持っているスマホが振動を始めた。


「あっ、電話……」


 この妙な雰囲気をこれでリセット出来ると、彼はすぐにスマホを取り出して相手を確認するとすぐに電話に出た。このパターンはもう見慣れたものだったので、残された2人もすぐに会話を止めて通話しやすいようにお互いに示し合わせたみたいに沈黙する。


「はい……。はい……」


 通話は1分もかからない内に終了してシュウトは電話を切った。それからすぐに彼は勇一の顔をじっと見つめる。


「えっと……」


「いや、俺はいいから」


「やっぱり来ないんだ」


 言いたい事を先読みしてその言葉を拒否した勇一に由香が声をかけた。シュウトもスマホをポケットにしまいながら、待ち合わせ場所に行きたがらない彼に仕事の依頼主に会う事をそれとなく勧める。


「たまにはちひろさんと会ってもいいと思うけど」


「だから、苦手なんだって」


「そっか」


 この話を進める事は無理そうだと言う事で、今回も喫茶店には2人で向かう事となった。由香は軽くため息を吐き出すと気持ちを切り替えて、改めて勇一に声をかける。


「じゃあ、また後で資料渡すね」


「しっかり話を聞いてこいよー」



 そうして時間は過ぎて放課後、シュウトと由香の2人は喫茶店でちひろ待ち。待っている間が暇なので今回の依頼についての雑談を始める。まず話を切り出したのは元祖メンバーの彼の方だった。


「今度はどう言う話だろ?」


「何でもいいよ、手に負えるものなら」


「ちひろさんが選んでるんだから大丈夫でしょ」


「だよね」


 と、意見が一致したところで喫茶店に焦って入ってくる目にクマの出来たちひろが入ってきた。2人が反射的に時間を確認すると、待ち合わせの時間から10分ほど過ぎている。


「ごめんごめん、お待たせー」


「お疲れ様でーす」


 目の前の椅子に座るちひろを見ながらシュウトが労う。彼女は座ったと同時にコーヒーを注文すると、すぐに持参してきた出来立てほやほやのまだ温かい資料を飾り気のないバックから取り出した。


「じゃ、早速だけどこれ、資料ね」


 ちひろから渡された資料を受け取ったシュウトは、すぐにパラパラとめくってその内容を確認する。そうしてある程度の概要を把握した。


「今回はパルマなんですね」


「そ、内容としては難しくない案件を選んでるつもりなんだけど、どうかな?」


 資料を熱心に読む2人に対してちひろはお伺いを立てるように質問する。この言葉に目を資料に向けたまま彼が答えた。


「内容はスリ、と」


「うん、異世界生物融合体の超スピードでカメラにも捉えられない程の早さで反抗を重ねているらしいのよ」


「それは……厄介ですね」


 渡された資料によると、今回犯罪行為をやらかしているのはパルマの連中らしい。

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