第96話 嘘の電話にご用心 その4

「釣りみたいだな、それって」


「釣りだね」


「早く釣れるといいな」


 彼のその感想に由香とシュウトも同意する。ユードルからの詐欺電話待ち作戦はこうして始まりを告げたのだった。

 次の日の昼休み、図書室に現れた勇一を目にした由香は開口一番この話題を口にする。


「電話かかってきた?」


「まだ」


 どうやら昨日は電話はかかってこなかったらしい。そんなすぐにはかかってこないだろうと言う事になって、そこでしばらく様子を見る事にする。なにしろ電話がかかってきた時点でもう作戦は成功したも同然なので、後は焦らず経緯を見守るだけでいい。

 この日から昼休みでの最初の挨拶は電話がかかってきたかどうかの確認が定番のフレーズとなった。1日目が過ぎて2日、3日、気がつくと作戦を開始した日から一週間が過ぎようとしていた。


「電話かかってきた?」


「まだ」


 由香の質問に勇一はあっさりと現状を報告する。何の変化もないこの状況に彼はすっかり疑心暗鬼になっていた。それは質問している方も同じようで、流石に一週間も音沙汰なしだと自信家の彼女も不安の色は隠せなくなる。由香は腕を組んで首を傾げた。


「あるえ?」


「なあ、もしかして中学生相手ならかかってこないとか?」


 勇一は電話のかかってこない理由をそう推測する。この言葉に対し、彼女は腕を組んだまま自分の考えを口にした。


「いや、そう言うのまで考えてたら手当たり次第に電話をかけてこないでしょ」


「じゃあ、もうちょっと待ってみるかぁ」


 由香に説得された彼はぐいーと両腕を伸ばして背伸びをする。それから尿意を覚えたようでトイレにいくために席を外した。その場に2人きりになったところで心配になったシュウトが彼女に声をかける。


「ああは言ってたけど、本当にかかってくる自信ある?」


「当然よ!」


「お、おう……」


 自信たっぷりに力強くそう断言されて、勢いに飲まれた彼も次の言葉を飲み込んだ。それからトイレから戻った勇一が席についてまたいつものようにそれぞれが好きなようにして時間を潰す。猫の集会のように特に何の会話もなくても、その時間に一緒にいると言う事が謎の安心感に繋がっていた。

 ただ、ラノベをよく読む勇一の方が文芸部の由香と話が合うようで、それをシュウトは何とも言えない気持ちで見守っているのだった。


 その日の夜、勇一が夕食後にネットを嗜んでいると、ここで彼の携帯が振動する。すぐに液晶画面を確認するとそこには非通知の文字が。緊張しながら通話ボタンをタップすると、聞きなれない男性の声が流れてきた。


「も、もしもし……?」


「ちょっと困った事になりましてねぇ……」



 次の日の昼休み。勇一は今までと違う顔をして先に図書室にやってきて2人を待っていた。その表情の変化に気付いた由香がすぐに彼に声をかける。


「来たの?」


「来たぜ!ついに!」


 興奮しながら勇一は昨日起こった事を説明し始める。まだ電話がかかってきた事しか口に出していないのに、そこで結論を急ぐように彼女の声がかぶさった。


「で、上手くいった?」


「ああ。向こうが待ち合わせを持ちかけてきた」


 結論を聞けて落ち着いた由香はその後は聞き役に徹する。勇一はそれから詳しい電話内容を2人に話した。とは言ってもその言葉は典型的な架空請求のテンプレ通りで、とあるサイトでの利用料金が未払いになっている、早く払わないと裁判沙汰になると言うもので、あまり面白いものではなく、ここでもユードルのツメの甘さが露呈する事となったのだった。

 興奮して話を最後まで聞き届けた彼女は、あまりにも分かりやすいその詐欺電話に拳を握りしめながら意気込んだ。


「よしよし!上手く引っかかった」


「今度こそ捕まえよう!」


 由香に続いてシュウトも作戦の成功を願って声を上げる。それから今後の展開について彼女を中心とした作戦会議が行われた。色んなパターンを想定してのその話し合いはかなり熱のこもったものとなる。



 作戦決行の日、3人は相手が指定した現金受け渡しの場所にやって来る。勿論現金は全く用意していない。少し早めに来た3人はコソッと物陰に隠れて周りの様子をうかがった。キョロキョロと視線を動かしながら勇一が口を開く。


「って言うか……待ち合わせが公園って……確かにこう言う判断は人間の組織じゃまずしないだろうな」


「一応普段は人のいない寂しい場所ではあるどね」


「ま、あいつらにとっては警察に見つかる事なんてどうでもいいってところか」


 彼と由香が指定された待ち合わせ場所についての話をしていると、シュウト達にとっては見覚えのある人影が近付いてくるのが分かった。


「お、来た!」


「あれは……見覚えがあるぞ」


 人影が確認出来るくらいに接近してきたたところでシュウトがつぶやく。やってきたのはユードルの構成員3人の内のひとり、マーヴォだった。作戦がちゃんと上手く行っている事をそのつぶやきで確認した勇一は、キラキラと目を輝かせて作戦立案者を褒め称えた。


「すごいな由香ちゃん」


「とーぜんよ!」


 彼に褒められ得た由香もまたまんざらでもないようでサムズ・アップしてその賞賛に応える。それから3人が現れた異世界生物犯罪者の動向をじっくりと観察していると、奴は公園のベンチにどっかと座ると独り言を話し始めた。


「今回は簡単に引っかかってくれた助かったぜ……。うん?まだ来てないのか……」


「あいつ、てっきり俺を騙せたと思ってやがる」


 騙された振りをして話を合わせた事にマーヴォはまだ全く気付いていない。その様子がおかしくて勇一は含み笑いをする。すっかりリラックスしているユードルの構成員の様子を見て、今ならいけると判断した由香は作戦決行を決断し、みんなに声をかけた。


「いくよ!シンクロ!」


 その声を合図に3人は同時にシンクロしてものすごい勢いでベンチに座っているマーヴォを取り囲む。この突然の奇襲に奴は動揺した。


「な、なんだ?!」


「ユードル、お縄につきなさい!」


「ゲエーッ!お前らはっ!」


 ようやく自分の前に現れたのが天敵だと気付いたマーヴォはベンチから立ち上がって構えを取った。今から戦闘になると判断したユウキがまたすぐに属性の力を使おうと力を込め始める。


「必殺!か……」


 しかしその行為が隙を作るけ結果となってしまう。奴はそもそも最初から戦闘をする気などなかったのだ。そもそも3対1で対峙した段階で戦闘をするなんて、そんな無謀な事をするようでは悪党なんてやっていられる訳がない。ヤバイ時はすぐに退散して確実に勝てる時にだけ牙をむく。それが生き延びる鉄則だ。小悪党ほどほんの一瞬の時間を上手く利用する。


 元々3人の包囲は逃げられる事を想定したものではなく、その間隔にはかなりの隙間があって、本気で逃げに徹すれば容易にすり抜けられるほどにガバガバだった。


 マーヴォはまるでそうする事が最初から決まっていたみたいに見事にシュウト達の包囲網を抜け、そのままの勢いで駆け出していった。この想定外の動きにシュウトは逃げる異世界生物融合体を目で追いながら口走る。


「ああっ!逃げられたっ」

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