第86話 イベントはおあずけ その8

「それは異世界生物が体に宿ったって事よ。うまく融合出来たんだね、良かった」


「良くないよ!もし何か知ってるなら教えてっ!」


「しょうがないなー」


 由香は両手を腰に当てて、彼女に異世界生物の事を説明する。異世界生物自身の事、ゲートの事、融合の事、異世界生物犯罪者の事……。そんなにわかに信じ難い話をアリスはうんうんとうなずきながら真剣に聞いていた。


「じゃあ、さっきの猫みたいなのが?」


「そ、あいつら心の中に入り込めんのよ」


 話を聞き終えた彼女は、自分の体の中に入ってきた突然の新しい同居人の訴えを口にする。


「あの、私の中のそいつがシンクロさせてくれってさっきからしつこいんだけど」


「あ、シンクロって言うのはね……?」


 その訴えを聞いた由香は面倒臭がらずに丁寧にシンクロ方法を説明する。話を聞いたアリスは流石に人格を入れ替えると言う行為に対しては若干引いていた。


「うーん、そんな事が……」


「出来そう?」


「何か必死そうだし、やるだけやってみる。シンクロッ!」


 よっぽど彼女の中の異世界生物が必死なのだろう。若干引いていたにも関わらず、アリスは割とあっさりとシンクロする事を了承する。彼女は心を静めると心の中の異世界生物と心を通わせ始めた。いくら波長が合っていたとしても融合してすぐにシンクロすると言うのはかなりハードルの高い行為だ。

 それでもアリスは数分後にはそれを見事にやってのけていた。


「ふう、やっと表に出られた……」


「ま、まさか……」


「え?嘘?」


「ソル・マリン?」


 シンクロした彼女の言葉が別の人格のそれに変わる。どうやら彼女の中に入った異世界生物も女性だったようだ。そしてもうひとつ、彼女もまたユーイチ達の知り合いだった。それはつまり、ユーイチがかつて異世界で作っていた組織、ランランの関係者と言う事でもあった。


「みんな……ここに集まっていたのね。探してたんだ。良かった」


「探してたって、何かあったのか?」


 ユーイチがマリンの言葉に反応する。何か逼迫した事情を感じ取ったからだ。彼女は目の前の仲間達を前にして必死に懇願する。


「カシオが捕まったの。助けて!」


「カシオが?」


「そう、だからお願い!私と来て!」


 ユーイチは必死に訴えるマリンの目を見る。その目は嘘をついている目ではなかった。必死に急いでいた真相がこれで判明する。マリンの目的地は最初からこの学校だったのだ。最初からユーイチ達とコンタクトを取る為に、仲間のカシオを助ける為に危険な橋を渡っていたのだと――。


「分かった、行こう!」


(ちょ、どう言う事?)


 即決したユーイチにシュウトは困惑する。心の同居人に全く説明もしない訳にはいかないと、彼は説明を始めた。


「カシオは私達ランランの仲間で副リーダーだった。だから助けないと……」


(捕まったって……大丈夫?)


「今ここに4人揃った。これだけいれば……」


 そう、ここでユーイチの決断に不服を訴えるランランメンバーはひとりもいなかった。この場にいる全員が副リーダーの救出に同意している。話を聞いて事情の分かった由香もここでシンクロしていた。

 まだ実力を把握出来ていないミヤコとマリンもきっとユウキと同レベルの力を持っている事だろう。ならばそれは大きな戦力になる。シンクロした手練れが4人もいればかなり心強い。勿論、この先にどんな脅威が待ち受けているかは全く分からない。

 しかしたとえどんな困難な障害が待ち受けていようとも、4人は一致団結してカシオの救出に向かう事を決意する。


 こうして4人が副リーダー救出に向かおうとしたその矢先で、もうひとりの異世界生物融合者が現れた。


「ちょっと待って」


「風……いや、君は……」


 そう、そこに現れたのは風。しかもシンクロ済みだ。彼女はニッコリ笑うと、この困難なミッションへの参加を申し出る。


「元ランランメンバーの救出とあっては、私も行かないとでしょ~?」


「シシド・ラブリ。風の中にいたのは、君だったのか」


 シンクロ状態の彼女を見てユーイチは風の中にいる異世界生物の正体を確信する。彼女もまた元ランランメンバーのひとりだったのだ。強力な助っ人の登場で場はにわかに盛り上がる。かつての仲間がここに揃い、全員で拳を軽くぶつけ合って結束を確認した。



「もう、由香達、遅いなぁ……」


 その頃、読書会を開いていた雨乃はシュウト達をずっと待っていた。残念ながら優先事項的に言ってもこの読書会に彼らが参加する事はない。5人揃った元ランランメンバーは副リーダーを救出するべく、すぐに行動を開始するのだった。

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