第85話 イベントはおあずけ その7

 シュウトは彼女の心の強さに敬服する。こうして3人は今度こそとラストの水曜に願いを託してその日は解散となった。


 間に1日挟んでついにラストの水曜日がやってくる。最後の日と言う事でみんな最高に気合を入れていた。まずはこの計画の立案者の由香が口を開く。


「ついに水曜だよ。それじゃあ交代で見張りね」


「改めて確認するけど、絶対正門から来るんだよな?裏門からって言うのはないよな?」


 ミスは絶対に許されない事もあって、それまでに散々検討した話をシュウトはもう一度蒸し返した。この質問に彼女は改めて裏門ルートは有り得ないと、その理由を説明する。


「今日来るはずのルートからみても正門が最短ルートだから、わざわざ裏門にまで回り込まないと思う」


「良し、じゃあ見張りを始めるか。早く済めば読書会にも間に合うし」


 その説明に納得した彼は計画の発動を促した。こうして最後の1日が始まる。3人は目を皿のようにして学校付近に近付く不審者のチェックをしていたものの、一向に該当しそうな人影は現れず、あっと言う間に時計の針は正午を指し示した。


 3人全員での昼食は隙が出来るからと、交代で昼食を取る。中学では給食が出るのだけれど、サボっているので当然それらを頂く事は出来ない。必然として3人共持参したもので食事を取っていた。由香はお弁当、シュウトはコンビニ弁当、勇一に至ってはパンだ。

 まずは勇一がパンを食べて、それを食べ終わったらシュウトと交代する。その交代時に勇一がシュウトに声をかけた。


「昼まではこなかったな……」


「どんまい。読書会って放課後だからまだ問題ないよ」


「本当にくるのかなぁ?」


 この時間まで全く成果が得られず弱気になる勇一に、シュウトは彼の肩を叩きながら励ますように声をかける。


「それ!その気持ちが油断に繋がってミスしてしまうんだよ!一度信じたら最後まで信じ切らないと」


「わーったよ」


 この励ましを受けて勇一のメンタルも回復する。昼食後、またしっかり監視する3人だったものの、いくら待っても一向に該当者は現れなかった。

 ある程度時間も流れて、ふと現在時刻を確認したシュウトはみんなの前でついポツリとつぶやいた。


「もう3時か。まさか誰かが見逃したって事は……」


「私はちゃんと見てた」


「俺だって!」


 軽い冗談を言ったつもりだったのに、2人共すごい剣幕で返事を返す。その勢いに圧倒されたシュウトはこの件についてもう何も言えなかった。そこで険悪な場の空気を変えようと、違う話題を切り出した。


「でももうすぐ読書会の時間だ。何とか今の内に都合よく現れてくれないかな……」


「もう読書会は諦め……な、なんだ?」


 勇一が話している途中で突然ターゲットが学校に現れる。その最初からクライマックスのスピードに、3人は一瞬何も出来ないまま固まってしまった。


「やばっ!」


「シンクロッ!」


「今度こそ逃さないっ!」


 突然現れた異世界生物は誰かの体を乗っ取るのではなく生身のまま、つまり外見上、猫によく似た生き物の状態で現れていた。この状態なら本来の運動能力はこちらの世界の猫とさほど変わらないはず――はずなのに、そいつは無茶苦茶素早く動き回っていて目で追うのも困難なほど。そう言う状況もあって、シュウトと勇一の2人はその速さに対応する為にほぼ同時にシンクロする。

 しかし、その判断がワンテンポ遅れたのが仇になったのか、ターゲットは校舎に入り込んですぐには見つからない状態になっていた。


「くそっ?どこだっ!」


「先輩!」


 ミヤコがユーイチを呼ぶ。どうやら彼女は校舎内を走り回るターゲットを発見したらしい。すぐにその声に従って2人は走っていく。


「そっちか!」


「ん?廊下は走るなっ!」


 ユーイチ達が走る姿を目にした廊下を歩行中の教師が彼らを注意をする。

 しかし教師の目に止まったのはほんの一瞬で、すぐに視界から走る人影の姿は消えていた。教師は注意こそしたものの、瞬きの間に人影が消えた事で、自分は幻を見たのではないかと首を傾げる。それから数秒後に超スピードで走った反動で生まれた衝撃波を受けて教師はすっ転んだ。何故そんな風が突然発生したのか分からない教師はこの不可解現象に言葉を失っていた。


「くっ!すばしっこい!」


「挟み撃ちで行きましょう!」


「分かった!」


 2人は二手に分かれて逃げ惑う異世界生物を捕獲する作戦に出た。走る異世界生物の後ろ姿を補足したユーイチはその姿に既視感を感じる。もしかしたら目の前を走るターゲットは自分の知り合いなのかも知れない。そうユーイチが考えていたその時だった。目の前に偶然廊下を歩く女子生徒が現れた。


「ん?」


「今度こそーッ!」


 異世界生物はそう叫ぶと、この生徒に向かって思いっきりジャンプする。この突然のアクシデントに訳の分からないまま女子生徒は驚きの声を上げた。


「わわっ!」


 ユーイチは女子生徒に融合しようとする異世界生物を止めようととっさに手を伸ばすものの、あと一歩及ばす、融合は成功してしまう。


「嘘……だろ?」


「ユーイチ先輩、これって……」


 同時期、挟み撃ちにしようとしていたミヤコもこの現場にやってきて、その衝撃の展開に言葉を失う。ユーイチはすぐに心を落ち着かせ、冷静に様子をうかがった。


「完全融合かそうでないか、まずはそこが問題だ」


 異世界生物が宿主の人間の精神を乗っ取るのか、人間の精神はそのままで心の中に異世界生物が宿るのか……そのどちらかになるのかで、その後の対応は変わってくる。シンクロした2人は適度な距離を保って新たに融合した女子生徒の行動をじっくりと観察していた。


 一方の融合された女子生徒は未だに状況がよく飲み込めずに混乱している。


「な、何?何が起こったの……?」


「正気を保ってる!完全融合だ!」


 生徒の精神が未だに生徒本人のものである事を確認してユーイチは叫んだ。急に大声を上げられて更に女子生徒は困惑する。


「あなた達は?」


「さっき君の体に入った猫みたいなものと同じさ」


「え?え?」


 質問に答えたユーイチの言葉が更に女子生徒の混乱に拍車をかけた。どうやらこの生徒の心の中に入った異世界生物はまだ彼女に詳しい説明をしていないらしい。

 この混乱状態の中、3人の中で唯一シンクロしていなかった由香がここでようやく合流する。


「ちょっと、みんなシンクロしちゃってどうしたの?校内ではそれあんまりしない方が……」


「こ、近藤、由香……さん?」


「え?あ、あなた……確か……。そうだ!アリスちゃんだ!丸川アリスちゃんでしょ? あれ?2人が追い詰めているって事は……」


 この女子生徒はどうやら彼女の知り合いらしい。由香はすぐに状況を分析して大体の事情を察した。女子生徒、アリスは突然現れた知り合いのその態度から彼女が目の前の2人とも知り合いで、何か事情を知っていると判断して説明を要求する。


「さっきから頭の中で声が聞えるんだけど、これって……?」

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