第58話 空き巣を捕まえろ! その3

 キラキラ瞳の彼女が回答を待っていると、少し困った顔をしながらちひろが返事を返した。


「あ、ごめんね。部署が違うのよ。話はしてみるけど期待はしないで。他には?」


「他はないです。お願いします」


 こうして話し合いは特に新しい収穫もなく終了する。ちひろは2人がもう事件の核心まで近づいている事を確信し、安心した顔をして喫茶店を後にした。

 残された2人は注文したコーヒーをゆっくりと味わって、飲みながらさっきの話の続きを語り合う。


「話つけてくれると思う?」


「別に無理ならそれでもいいんだ。このルートはまだ試してなかったなって思って。それだけ」


 それから2人は喫茶店を出て、次にパルマが空き巣に狙うと予測した家へと向かう。由香のセンスには絶大の信頼をおいているシュウトだったものの、今回は流石に半信半疑な部分が大きかった。数々の条件から導き出したとは言え、住宅街の多数の家の中から一件の家を導き出すだなんて砂漠の無数の砂の中から一粒の砂粒を探し出すような困難さを想像してしまう。

 彼がそんな想像を頭の中で繰り返している内に2人はその場所に到着する。


「この家が?」


「ほらここ見て。この印がそうなんだよ」


 由香が指差した場所には最初から知っていないと気付かないような小さな印が描かれていた。そこにあったのは空き巣が下調べをして行けそうな場所につけると言う印。

 シュウトもネットやテレビなどで知識としては知っていたけれど、実物を見るのはこれが初めてだった。彼女がその印を見つけた事に対して彼は感心する。


「これは……よく見つけたなぁ」


「あっ!」


 シュウトが由香を褒めていると、当の彼女が急に何かに気付いたように大声を上げた。それがあまりに唐突だったので彼も困惑する。


「え?何?」


「さっき風がいた」


「え?どこ?」


 この由香の言葉にすぐにシュウトも周りを急いで見渡すものの、それらしき人影はどこにも見当たらない。


「もういないね。でもこれで確信したよ。やっぱりあの子、さり気なく私たちを何処かで見てる」


「考えてみれば、監視してるんだから当然かも」


 自身では確認出来なかったにも関わらず、彼は由香の言葉を素直に信じていた。それはシュウトが彼女を信頼していたと言うのもあったし、風ならそれをやりかねないと言う実感があったからだ。音も立てずに姿を消したその手際の良さを由香はある有名な存在に例える。


「あの身のこなし、気配の消し方、あの子は忍者の末裔だね、間違いない」


「あはは……」


 彼女のこの突拍子もない想像にシュウトは愛想笑いを返すので精一杯だった。


「で、今後の予定は?ターゲットは分かってもいつあいつらが襲うかまでは……」


「最近の空き巣は昼間に忍び込む事も多いって知ってる?」


 シュウトの質問に対して、由香は最新の空き巣の手口事情を口にする。その情報自体は耳にした事のある彼はその先の言葉を予想しつつ、その予想がどうか当たっていませんようにと恐る恐る返事を返した。


「テレビとかでやってるから知ってるけど……まさか?」


「そう、パルマの犯行は昼間に行われているんだよ」


 由香の下した結論はシュウトの予想した最悪の想定と一致してしまった。そこで彼は冗談っぽく言葉を返す。


「じゃあ俺達も学校サボる?」


 しかしその言葉を彼女は冗談だと受取りはしなかった。由香は真顔のまま彼の顔をじっと見つめ、その言葉に返答する。


「正義の為の尊い犠牲だね」


「しゃーないなぁ……ただし、あんまりこう言うのは……」


 その言動によって彼女がマジで学校をさぼろうとしているのが分かった為、シュウトも説得は諦め、潔く覚悟を決める。


「分かってるって、絶対一発で成功してみせる!私だってリスク背負ってるんだから」


「じゃあ、今の内にしっかり計画を立てておこう……」


 行動が決まった以上、次は失敗しないように綿密な計画を立てる事になった。主に由香が立てた作戦をシュウトが容認する形で予定が組まれていく。

 シュウトからの異議が全く出なかった為、この立案もスムーズに進んだ。当日の段取りがきっちり決まった所でこの日は解散となる。


 その日の夜、シュウトはベッドに寝転がりながらこの作戦について考え事をしていた。


「上手く行くかな」


(由香を信じよう、彼女は有能だ。それとも信じてないのか?)


「いや、信じるよ。きっと上手く行く」


 ユーイチは不安がる彼の背中を押す。その言葉を聞いてシュウトは改めてこの作戦の成功を潜在意識に叩き込むのだった。


(パルマの姿が見えたらすぐにシンクロだ、後は私に任せてくれ)


「うん、任せたからね」


 この頼り甲斐のある彼の言葉をシュウトは全面的に信頼する。何だかんだ言って今までにユーイチがシュウトの期待を裏切った事は今までに一度もなかったからだ。この強い絆が今回の作戦の成功を約束していると部屋の天井を眺めながらシュウトはそう思うのだった。


 そうして作戦決行当日、由香が導き出したその日は当然のように平日。シュウトは朝いつものように学校に登校したものの、昼休みに体調不良を訴えてそのまま学校を早退する。由香も同じ作戦を使った。2人同時に同じ理由で早退するという少し怪しまれそうな作戦だったものの、普段の生活態度のお陰で誰からもこの行動に異を唱える者は出ず、ここまでは作戦通りに事は運んでいた。


「仮病を使ったのこれで2回目だよ……トホホ」


「気にしない気にしない。何事にも正義が優先だよ!」


 早速自分の行動を後悔しているシュウトに対して由香はどこか楽しそうにしている。彼女が浮かれてる理由を察したシュウトは思わずそれを口にした。


「んな事言って、本当は報酬が目当てなんじゃないの?」


「そ、それはついで、飽くまでもついでだから!」


 図星を突かれたからなのか、急に返答の怪しくなる由香を顔を見てシュウトは深い溜息をつく。


 先日チェックした今日襲われるであろうその家まで辿り着いた2人はすぐに時間を確認した。


「後どれくらいで来るかな?」


「後1時間ってところかな。昼の空き巣は時間が勝負になるから」


 そう、何とか彼らが犯行を行う前に2人は現場に到着する事に成功していた。彼女の計算だと今から1時間後にパルマがやって来て仕事を始めると言う。それまではじっとここで待たないといけない。

 ずっと黙って待っているのも精神的にかなりのエネルギーを消費してしまう。そこでシュウトは何か話をして暇を潰す事にした。


「でさ、近藤さんの家にも政府の人は来たの?」


「そりゃあ来たよ。陣内君のところに来た人も同じでしょ?」


「平山さん?」


 由香の話にシュウトは昔の事を思い出していた。あの時家に来た政府のエージェントの名前を思い出して口にすると彼女の目がキラキラと輝き出す。


「そう、あの人かっこいいよね」


「中の異世界生物は女の人だから入れ替わるとちょっと面白いんだけどね」


 かっこいいと言う言葉にちょっと違和感を感じた彼は自分がそう感じたエピソードを口にする。すると彼女は驚いた顔をして返事を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る