第51話 暗躍するエージェント その3
結局彼は乗り気の由香に押し切られ、次の休み時間にその転校生が転校して来たと言うクラスに2人でやって来ていた。
「ほら、このクラスだよ」
「でも、他のクラスだから誰が転校生だか……」
「そこはまだ聞いていいじゃない、そこから警戒される事はないと思うし」
2人が教室の入口前で問答を繰り広げていると、それに気がついたひとりのショートカットの少女が声をかけて来た。
「あの、何をしているんですか?」
「あ、ごめん、邪魔になったね。どうぞ」
てっきり通行の邪魔になっているのかと思ったシュウトは彼女の言葉を受けて場所を開けた。すると彼女はその場から動こうともせずに言葉を続ける。
「邪魔って訳でもないんですけど、ウチのクラスに何か用ですか?」
「え、えーと……」
この質問に何の準備もしていなかったシュウトは言葉に詰まってしまった。いつまでも適切な言葉が口から出てこない彼を見かねた由香は代わりにキョトンとしている彼女に質問をする。
「あ、あのっ!5月に転校生が来たでしょう?」
「あ、はい」
由香の質問に彼女は素直に返事をした。この返事によってどうやらこのクラスに転校生が転入したのは間違いないようだ。確証を得た由香は続けて彼女に質問する。
「その子って今教室にいる?どんな子か知りたくて」
「なんでその子に興味を持ったんですか?」
「え?えーと……」
彼女のその当然すぎる疑問に流石の由香も言葉に詰まってしまう。その様子を隣で見ていたシュウトは作戦の失敗を感じ、声をかけた。
「やっぱまた今度にしようよ、いくらなんでも行き当たりばったり過ぎる」
「え?何の話ですか?」
「あ、いや、こっちの話だから、すみません、また来ます」
怪しまれてもいけないと思ったシュウトは無理やり誤魔化して教室を後にしようとする。まだ未練が残っている由香の背中を押しながら2人が退散しようとしていると、背後からさっきの彼女が声をかけて来た。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
その突然の掛け声にシュウトとは顔だけひねって彼女の方を見る。目が合った彼女は何か含みのある顔をして言葉を続ける。
「その転校生と話がしたいんですか?」
この言葉に敏感に反応したのが由香だった。シュウトに背中を押された格好のまま、由香は自分の望みを彼女に伝えた。
「そ、そうなのよ!だから出来ればその、呼んできて貰えると……」
「分かりました、いいですよ」
「有難う、恩に着るよ!」
彼女はにっこりと笑うと由香の言葉をすんなりと受け入れる。この反応に由香は感激して彼女に感謝の言葉を述べた。
しかしこの彼女、由香の願いを聞いてくれた割にそれから一歩も動こうとしないまま。流石におかしいと感じた彼女は思わず言葉を漏らす。
「え?」
「どうしたんですか?」
不思議がっている由香を見た彼女はキョトンとしている。その彼女の態度に納得行かない由香は話が通じていないのかと思い更にお願いする。
「いや、だから呼んで来て欲しいだけど」
「私がその転校生ですよ」
そう、由香が探している転校生こそが彼女だったのだ。彼女はそれが分かっていて少し由香をからかっていたようだった。彼女の正体が分かった由香は信じられないと思わず言葉を漏らしていた。
「う、嘘っ?」
「で、どうします?教室で話します?」
「え、えっと……そ、そうだ、昼休みに図書室で!」
転校生の彼女に逆に話しかけかられた由香はシドロモドロになりながら何とか答えを絞り出した。その答えを聞いた彼女はニコリと笑うと返事を返す。
「分かりました。いつもあなた達が座っているあの場所でいいですかね?」
いつも人がいない図書室で自分達がどこに座っているのかなんて普通の生徒が知るはずがない。その時図書室にいるのはシュウトと由香と図書室担当の図書委員だけ。一体どこで情報が漏れているのか全く見当がつかず、由香は動揺する。
「な、何故それを?」
「それ込みで昼休みに話しましょ」
動揺する由香に対して、彼女は全く動じずにそう言うと何事もなかったみたいに教室に入っていった。一連の出来事が終わった後、しばらくして我に返った由香は自分に言い聞かせるようにポツリと一言こぼす。
「やっぱり、睨んだ通りだった……」
このやり取りで動揺していたのはシュウトも同様だった。転校生の放った”あなた方の事は何でも知っていますよ”オーラにやられてしまったのだ。
怖気付いた彼は恐怖で声を震わせながら由香に話しかける。
「俺、何だか怖くなって来たよ。もしあの子が想像通りの政府側の人間じゃなくて、何処か別の悪の組織側の刺客だったりとかしたら……」
「もう賽は投げられたんだよ、鬼が出るか蛇が出るか、全てはきっと昼休みに明らかになるから!」
彼女は震えるシュウトの両肩にポンと優しく手を置くと、そう言って彼をなだめる。それから時間はあっと言う間に過ぎ去り、問題の昼休みがやって来る。
2人は少し早めに図書室に陣取ると転校生の彼女が来るのをドキドキしながら待っていた。
彼女が図書室に入って来たのはそれから3分ほど経った頃、何気ない自然な雰囲気ですっと2人の前にやって来た。そうして彼女はその自然な雰囲気のまま、緊張している2人を前に自己紹介を始める。
「初めまして。私の名前は
彼女の名前は轟風と言うらしい。轟は名字だろうから名前が風と言うのだろう。この名前も結構なインパクトがあった為、まず由香がそれについて質問する。
「轟さん、その名前は本名?」
「ちょ、まだこっち側の自己紹介もしてないのに」
自己紹介を受けていきなりの質問だった為、シュウトは慌てて由香のその言動を諌めた。
しかし風は彼の心遣いを無用とばかりに言葉を続ける。
「それは大丈夫ですよ、陣内シュウト君に近藤由香さん。お2人の事は十分知ってます。中の異世界生物達の事も」
「なっ!」
このまるで2人の全てを知っているかのような彼女の言葉を聞いたシュウトは改めて驚愕する。
「ほら、やっぱりそうだった」
驚く彼に対して由香は予想通りと言った反応をする。風はそんな2人の反応を楽しむように眺めると早速質問を始める。
「私に聞きたい事ってなんですか?さっきの名前の事でしたら想像にお任せします」
「偽名ね」
この彼女の反応に由香は自分の想像が正しいものだと確信する。
けれど風はその言葉には確実な言葉を返さなかった。
「お答え出来ません」
「ぐ……」
その強く断言する姿に由香は怯んでいた。聞きたがりの彼女を黙らせるその言葉の圧にシュウトも圧倒される。
「あ、あのさ、君はその……政府側の人間って事で……いいん……だよね?」
「そうですよ~。ほら、これが私のカードです」
恐る恐る質問する彼に風は例の特別な人にしか渡されない政府御用達のカードを見せびらかす。カードを見たシュウトは自分のカードと見比べてそれが本物だと確信する。このカードは政府の秘密組織の人にしか支給されないものであり、カード自体が身分証明書の役割も果たしていた。
「これは……確かに本物っぽい」
「疑いは晴れましたか?」
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