第48話 牛丼屋は朝焼けの前に その6

「くっ、どーにもおかしいと思ったんだ、あいつがただの人間に捕まる訳がねえって……こいっ!レイランの敵!」


 男の怒りが頂点に達し、今まさに彼に襲いかかろうとしたその瞬間だった。突然発生した竜巻が男の体を軽く上空に舞い上げていく。


「風の舞っ!」


「ちょ、ユウキ、また!」


 この不意打ちっぽい攻撃にユーイチは声を荒げる。それに対して風の力を使ったユウキは悪びれもせずに今回の攻撃の意図を語る。


「大丈夫、今回は垂直に飛ばしたから」


「うああああ~」


 数秒後、舞い上げられていたドルドル団の男はそのまま地面にまっすぐに落ちて来た。滞空時間がそれなりにあったと言う事は軽く数百mは舞い上がっていたに違いない。何にせよそんな高さから何も出来ずに落ちて来た人間が無事で済むはずがない。たとえ融合体であってもとても耐えられるダメージではない事は明白だった。


 伸びている融合体にとどめの一撃を与えて人間から異世界生物を分離させたユウキはそのまま呆然としているユーイチの肩に戦利品を乗せて口を開く。


「ほい、手柄はユーイチに譲るよ」


「あ、ああ、ありがと……」


 それから2人は時間が時間だけに電話でその後の指示を乞う。すると構わず持って来てとの返事を受けて半信半疑ながらそのまま事務所へと向かった。

 驚いた事にこんな時間にも関わらず建物の明かりは煌々と光っている。その光景を見た2人の心にブラック企業と言う文字が浮かんだのは言うまでもなかった。企業って言うかお役所だけどね。


 そのままいつも通りにちひろの所属する部署に行くと目の下にくまを作った彼女がハイな笑顔で2人を出迎えた。


「本当、有難う。まさか強盗の犯罪が夜中に多いからってわざわざその時間の行動させちゃってゴメンね。今度からその点も考慮に入れて選別するから今回だけは許してね。しかし今回も見事なお手柄有難う。私も成績が上がって嬉しいよ」


「今回はちひろさんにも迷惑をかけてしまって……」


「いいんだって。尻拭いをするのも私も仕事だからさ。これからも何かあったらどんどん私を頼ってね」


 いつもならここで捕まえた異世界生物を預けて終わりになるのだけれど、この時間まで仕事をしているちひろが心配になったシュウトは思わずその事について口を開く。


「あの……」


「ん?」


「いつもこんな時間まで仕事を?」


 その口調から自分を心配している事を察した彼女は、苦笑いを浮かべて手を左右に振りながらこの質問を否定する。


「いやいや、いつもじゃないよ。今回ちょっと特別でね。大丈夫。心配してくれて有難う」


「そ、そうですか……お疲れ様です」


 ちひろの言葉からこれ以上詮索しないでオーラを感じた彼はもうそれ以上は言及しなかった。その時不意に壁にかかっている時計を見ると、ちょうど5時になろうとしていたのでこれはやばいと2人は焦って事務所を後にする。


「ふ~、終わったぁ!」


 由香はそう言いながら背伸びをする。シュウトもまた気持ちは同じだった。


「じゃあ、急いで帰ろう。お互い、家族に気付かれないように」


「うん、じゃあまた学校でね」


 そうして2人は速攻でそれぞれの家に帰った。シュウトは家についた時点でユーイチに体を変わってもらって、二階の自分の部屋のベランダにジャンプする。それから部屋に入ると、パジャマに着替え直して靴を手に持って玄関にそれを戻しに行った。

 足音を立てないように慎重に行動したおかげで、家族にはこの秘密の行動を知られずに済んだのだ。


 時計を見ると既に5時30分を過ぎている。それは家族が起き始めるギリギリの時間だ。普段シュウトが目覚めるのが朝の7時前。まだもう少し時間に余裕があると見た彼はそのままベッドに潜り込み、束の間の仮眠を貪るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る