蠢く異世界生物犯罪者達

暗躍するエージェント

第49話 暗躍するエージェント その1

 シュウトが通う学校の物陰で誰かが誰かと電話で会話をしている。生徒側は少女のようだ。どうやらシュウトの学校の同級生らしい。


「はい、分かっています、ええ、大丈夫です」


「頼むよ、今回も君のスキルだけが頼りなんだ」


 電話の相手は同年代の友達ではなく、大人の男性のようだ。彼は電話口の彼女に頼み事をしているらしい。大の男が中学二年生に頼らざるをえない状況――この2人の関係は一体……?


「ジンさんは動かないんですか?」


「こっちはこっちで君が動けるように対処しているんだよ。分かるだろう?」


 どうやら電話先の相手の名前はジンと言うようだ。彼の言葉に一応の納得をした彼女は返事を返す。


「失礼しました。それではターゲットの監視、続けます」


「それじゃあ、よろしく」


 ジンのその言葉を聞いた後、彼女はすぐに電話を切った。それから何事もなく彼女はスタスタと校舎に戻っていく。一体彼女は何者なのだろう?

 彼女に頼み事をしていたジンと言う人物の正体は?ターゲットの監視とは一体?物語はシュウトの知らないところでも確実に動いていた。


 そんな裏の事情を何も知らない表向きは平穏な昼休み。お馴染みの図書室でいつもの2人が日課のように雑談をしていた。今回最初に話しかけて来たのは好奇心旺盛な由香からだった。彼女は身を乗り出して真剣な眼差しで話を始める。


「もしかしてなんだけどさ」


「うん?」


 付き合う方のシュウトはまた彼女の反応の難しい話がは始まったと、半ば投げやり気味に返事を返す。由香はそんな彼の態度を少しも気にする事なく話を続ける。


「この学校にもいたりするんじゃない?」


 彼女が勿体つけて話すのはいつもの事だ。なのでシュウトはやれやれと言う態度で聞き返す。


「何が?」


「融合者」


「なっ……」


 彼女の口から出たその言葉に彼は絶句する。由香の話は彼には全く及びもつかない事だった。驚いたシュウトの顔を見た彼女は更に言葉を続ける。


「いてもおかしくないじゃない」


「そりゃ、可能性だけならゼロじゃ……」


 由香の言葉を受けた彼はうまく言葉が紡ぎ出せず、シドロモドロになりながら答える。そんな彼の様子を見て、言いたい事が上手く伝わっていないなと察した彼女はさっきの話を補足して説明する。


「私が言いたいのはさ、悪党じゃない方だよ」


「え……?」


 由香のこの言葉にシュウトはさらに混乱する。ヒントを出しても彼が真意に気付けそうにないと察した彼女は溜息をひとつ吐き出すと、自ら正解を口にした。


「政府に協力している融合者、いたとしたらそれって私達みたいな感じじゃない?」


「ああ、確かに無理やり融合しているような悪党は政府の指示で動いたりはしなさそうだよね」


 これだけ話してやっとシュウトも由香の言いたい事を把握したらしい。ようやく話は進み始め、彼女はさらに自説を展開させる。


「それに政府の調べた悪党達の資料ってやたら詳しいでしょ」


「それは俺もすごいって思ってるけど」


 政府の用意した融合犯罪者の資料はいつだって詳し過ぎるくらい詳しかった。つまり、組織内に有能なスタッフが居るのは間違いない。

 今回の由香の話はそこから逆算して展開した話のようだ。それから一呼吸置いて場が静まった後、満を持して彼女はシュウトに質問する。


「それでさ、どうして私達が野放しにされていると思う?」


「つまり、俺達はどこかで監視されている?」


「そゆ事」


 やっとシュウトが自分の言いたかった結論に辿り着けて由香はニンマリと笑う。この彼女の結論には、しかし腑に落ちない点がない訳ではなかった。

 その事について彼はポツリとこぼす。


「でもちひろさんはそんな……」


「事をしそうにないよね、うん、それは分かる。私もあの人は私達を信用してくれていると思うよ」


「じゃあ何で……?」


 由香はシュウトの言い分を素直に受け入れていた。ならば何故と言う疑念が彼の中で湧き上がるのも当然の流れだ。彼女はシュウトのその疑問に対して腕を組みながら自分の考えを口にする。


「組織って、そんな単純じゃないって事。常にリスクを考えて行動している。だって私達、やろうと思えば大事件だって起こせるんだよ?」


「し、しないよそんな事!」


「でもそれをどうやって証明する?」


 シュウトは由香の言葉に改めて自らの存在の危険さについて自覚する。人は強過ぎる力を警戒する生き物だと言う事を。その警戒を解くには自分達が安全だと証明させなければならない。

 彼女にその事を指摘された彼は自分にそれが出来ているかどうか急に不安になっていく。


「証明って……」


「だから監視がついているんじゃないかなって。私達が安全な存在だって誰かが上に報告とかしているんだよ、きっと」


 身の潔白は自分以外の第三者が報告するのが確かに一番信用出来るだろう。由香の言葉には確かに説得力があった。

 それでもシュウトはこの意見にしつこく食い下がる。


「でもそれ、想像だけで話してるんでしょ?」


「確かに今は確証は何もないけど、でもそう言う考えを否定出来る?」


 彼の追求に対して、由香は自説を否定する根拠が薄いと主張する。問い詰められた彼はその説を受け入れた上で自分の考えを口にした。


「う……でもそれはそれでいいんじゃないの?俺達が何もしなけりゃ問題ないって事だろ結局」


「だ、だけど嫌じゃないの、勝手に監視されているのって」


 確かにシュウトの言う事も最もで、その言葉に一瞬彼女もたじろぐものの、感情的な意味で納得出来ないと言う事らしかった。

 そんな由香の反応を耳にした彼は根本的な事を口にする。


「そりゃ確かに本当にそうならその通りだけど……監視されている気配でも感じた?俺は全然……」


「相手はプロだよ。そんな簡単に気付かせてくれるはずがないじゃないの」


「そうやって何もかも疑う方が気疲れすると思うけどなあ……」


 結局確証のない議論は膠着状態になってしまう。困ったシュウトは両手を頭の後ろに組んで上体をそらした。そんな彼の様子をまじまじと眺めていた彼女は突然大声を上げる。


「しっ!」


 どうしたのかと彼が混乱していると、由香は急に席を立って机の下に潜り始めた。この突拍子もない行動にシュウトは思わず声をかける。


「何してるんだよ」


「いや、こうやって予定外の動きがあれば何か分かるかなって」


 つまり、おかしな行動をした理由は何処かにいるはずの監視者をあぶり出すためのものだったらしい。そんな彼女の子供じみた理由を聞いたシュウトは呆れ顔を向ける。


「で?何か感じた?」


「……おかしいなぁ」


 結局そんな行動をしたところで由香自身もその存在を感知する事は出来なかった。この結果を受けてシュウトは苦笑いをしながら彼女に声をかける。


「大丈夫だって、考え過ぎだよ」


 その後も彼女は昼休みの間中突拍子もない事をし続けていた。そんな付け焼刃的な行き当たりばったりの行動で何かが分かるはずもなく、最終的には図書委員に怒られてこの行為は終了する。シュウトが上手く言わなければ彼女だけが図書室を出禁になっていた事だろう。

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