第45話 牛丼屋は朝焼けの前に その3

「やっぱ部室が欲しいよ。ここじゃ自由に喋れない」


「ここだって大声さえ出さなければ自由だろ、贅沢言うなよ……」


「へぇーい」


 自分の言動が注意された事によって彼女の部室欲しい熱が再燃したのだ。

 けれどそれが現実的でない事を2人共しっかり理解している。なのでこれは単なる愚痴と言う事でこの場は収めたのだった。


「じゃあ話を戻すけど……近藤さんは早起きで行くんだね」


「やるとしたらね。あんま自信ないけど」


「俺は、ずっと起きてるよ。俺も自信ないから」


 お互い、その時間に行動するための一番のネックであるその時間に起きる方法について話し合った。彼女は早起きでシュウトはずっと起きている事でその目的を果たそうとするようだ。話を聞いて彼の方法に不安を覚えた由香は心配そうに声をかける。


「ずっと起きていられそう?」


「前に2時までなら起きていた事ある……」


 彼女に心配されたシュウトは過去の自分の実績を口にする。その成果を聞いて由香は素直な感想を述べた。


「2時ねぇ~。微妙なラインだ」


「だから、もうちょっと頑張ればさ……」


 由香に心配されたシュウトが自分の可能性を口にしかけたその時、彼女から鋭いツッコミが返って来た。


「でも陣内君大事な事忘れてるよ?うまく事件を解決してもその後普通の生活もしなくちゃなんだよ?そのままずっと起きていられそう?」


 シュウトはその後の事を全然考えていなかった。なので由香の指摘に思わず言葉が詰まって――ちょっと卑怯な手段でそれを乗り切ろうと言う案を口にする。


「あ、うーん……その日は気分悪いって休んじゃうかも」


 この言葉を聞いた彼女はハッと驚いた顔をして口を開いた。


「あ、その手もあるかぁ……いや、ダメダメ!徹夜はダメ!」


「お互いが出来そうな方法でやればいいじゃん」


「そだね。そうしよう」


 そう言う訳でお互いが出来そうな方法を使ってこの4時起きと言う難題に立ち向かうと言う事になった。話がまとまったところで何か思うところがあったのかシュウトは由香に話しかける。


「でも徹夜して後で休むのはリスクがあるから出来れば一発で当たりを引けたらいいな」


「分かった。それはこっちで精度を高めておくよ」


 強盗が出現する店舗をピンポイントで当ててねと言うこの難題を簡単に了承してしまう彼女にシュウトは信頼と賞賛の意味を込めて声をかける。


「有難う。頼りにしてるよ」


「と、当然だって……」


 この彼の言葉に由香は少し顔を赤らめながら恥ずかしそうに言葉を返していた。


 それから数日後、由香が導き出した当日となる。徹夜組のシュウトは眠らないと言う強い意志を持って長い夜を過ごしていた。午前1時を目の前にして彼のまぶたは緊急信号を発していた。重くなるまぶたを押し止めながらシュウトは目の前の目覚まし時計の数字を確認する。


「うう……まだ後3時間……長いな」


(やはり早めに寝て起きた方が良かったのでは?)


「だから目覚める自信がないんだって……近藤さんは大丈夫かなぁ?」


 襲い来る眠気を前にシュウトはユーイチとの会話で何とかこの睡魔との戦いに抗っていた。ユーイチとは今までも何度も心の声で対話しているものの、こう言う時には改めて彼が役に立っていたのだ。まだまだ話していないネタも多く、お互いの情報交換は有意義なものとなっている。

 とは言え、異世界の知識を多く得たところで由香のように執筆の趣味がある訳でもなく、それを実生活の何かに役立てると言う機会は今後もなさそうではあるのだけれど。


 彼が無理やり起きているのと同様に由香は通常より早起きしてこの事態に備えないといけない。その状況を考えるとシュウトは自分の事より彼女の事を考えてしまう。


(彼女の中にはユウキがいる。大丈夫だろう)


「あ、俺もユーイチに頼めば良かった」


 シュウトの心配をユーイチがフォローする。彼女の中のユウキがサポートすれば大丈夫だと。この話を聞いたシュウトはその方法を失念していたと軽く嘆く。この言葉を聞いたユーイチは少し戸惑い気味に言葉を返した。


(そ、そうだぞ……私を頼れ)


「じゃあ、次は頼むよ。今更寝るのは無理だし」


(今回は逆に眠そうなのを寝させない役目だな……)


 このユーイチの言葉を聞いたシュウトは何だか彼に申し訳ない気持ちになった。それでユーイチを気遣おうと口を開く。


「え?大丈夫だよ。ユーイチはちゃんと寝ててよ」


(普段は君の心の中でたっぷり寝ているからな、御心配なく)


「はは、静かな時は寝ていたんだ、成る程ね」


 普段のユーイチの動向を彼自身の口から聞いたシュウトは苦笑いをしながら返事を返す。そう言うやり取りをしている間に時間は順調に過ぎていき、気がつけば出発予定時間になっていた。時間を確認した彼はパジャマから外着に着替えて気配を消しながらそろっと家を後にする。

 幸い、家族の誰にも気付かれる事なく、シュウトは無事に外出に成功したのだった。


「こんな時間に家を出て大丈夫かな……」


(家族が起きてくる前に帰らないとだな……)


「だね。行ってきまぁす……」


 電気の消えた自宅に出発の挨拶をして彼は待ち合わせ場所へと急いだ。深夜、いや、早朝の4時は当然のように真っ暗で外灯だけが案内灯のように道を照らしていた。静かな住宅街でこの時間帯に道を行くのは新聞配達の人くらいで、賑やかな道の姿しか知らない彼にとってこの暗くて人のいない道はさながら異世界の景色のようですらあった。

 誰ともすれ違わない道はある意味とても安全で、想定より早くに待ち合わせ場所に到着していた。


「こんな時間に外に出るのは初めてだよ……近藤さん、大丈夫かな」


「おーい!」


 シュウトが待ち合わせ場所に到着して数分後、彼の姿を見て声をかけてくるひとつの影があった。当然、それは待ち合わせ相手の由香で間違いなかった。暗い中、ひとりで寂しい思いをしていたシュウトは見知った顔が近付いてくるのを見て嬉しくなり、思わず彼からも声をかける。


「こ、こんばんは?」


「いや、おはようでしょ」


 やはりこの時間はどちらの挨拶が良いのか混乱する。日付が変わった時点でおはようが正しいとも言えるのだけど、星の煌めく真夜中におはようと言うのに抵抗のあったシュウトはつい夜の挨拶をしてしまうのだった。

 と、言う訳で待ち合わせ場所に2人揃ったと言う事で早速今日の作戦を実行に移す事に。


「じゃ、行こっか」


 夜の道は危険と人は言うけれど、人でごった返している都会の繁華街ならともかく、郊外の真夜中の道は出歩く人もまずいないので意外と安全なのだ。

 2人は雑談をしながら目的の牛丼屋さんへと向かう。こんな人通りのない時間帯に店を開けていても時間の無駄のような気がしないでもないものの、夜中に突然お腹が空くような人もたまにはいるのだろう。24時間営業の牛丼屋さんは煌々と明かりをつけ、通常業務を続けていた。


「今日はこのお店が狙われるっぽい?」


「多分ね」


 ターゲットの牛丼屋さんに辿り着いた2人は場所を確認した後、思わず顔を見合わせる。実はここから先の事を具体的に決めていなかったのだ。

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