第46話 牛丼屋は朝焼けの前に その4
「どうしよっか」
「取り敢えず、入る?」
いつまでもお店の前で固まっていても仕方ないと言う事で取り敢えず2人は牛丼屋さんに入る事にした。少し緊張しながらもお店のドアを開けて店内に入ると店員さんの元気な声が店内に響いた。
「いらしゃいませー」
「ど、どこ座ろっか」
牛丼屋さんはファミレスと違い、座る席は自分で決めるシステムだ。早朝4時の店内は誰もお客さんのいない好きな席を選び放題状態だった。ガランとした店内は逆に座る席に迷ってしまう。座る席を決められず思わず由香にそれを尋ねたシュウトに彼女は不満そうな声を漏らす。
「えー、決めてよ」
「じゃ、じゃあ……」
由香に急かされたシュウトは仕方なく奥の方のカウンター席へと向かう。シュウトが先に座るとそれが当然と言う風に彼女はその隣りに座った。
「私、牛丼屋さん来るの初めてなんだ。何も知らないから教えてよ」
「お、俺だってそんなには……えーと、じゃあ牛丼の並でいいかな?」
「えっと、うん」
今回は牛丼を食べるのが目的ではなかったのでシュウトは一番普通のメニューを食べようとして由香にもそれを勧める。彼女も考えは同じだったようで彼の言葉に素直に応じた。
「すみません、並2つで」
シュウトが店員さんに注文したところでメニューを見ていた由香が質問を投げかける。
「トッピングとかサラダとかは?」
「俺、いつも頼まないんだ。あ、卵を乗せてもらう事はあるかな」
「美味しい?」
「まぁ、それなりに」
牛丼屋さんが初めての彼女は初めて入った牛丼屋さんに興味津々のようだ。店内をキョロキョロと見渡しながら次々繰り出される好奇心に満ちた由香の質問にシュウトは少し面倒臭そうに答えるのだった。
「ま、今日は食事が目的じゃないし、次でいっか」
幾つかの質疑応答の後、質問攻めで迷惑そうな顔になっているシュウトを見た彼女はひとり納得してその質問を終了する。牛丼と言えば古来より早い、安い、美味い、の三拍子が定番な為、注文の品はすぐに2人の前に提供された。
「はい、並2つ」
「お、来た来た」
目の前に牛丼が運ばれてシュウトは早速箸を取ってパキンと割る。隣りに座った由香は運ばれた牛丼を見てしばらくそれを観察していた。
「これが牛丼屋さんの牛丼なんだ……」
「食べなよ、美味しいよ」
「じゃあ、いただきまーす」
備え付けの紅しょうがをざっくりかけてシュウトはもぐもぐと牛丼を食べ始めた。それにつられて由香もまたワンテンポ遅れて牛丼を食べ始める。
「むぐむぐ、うん、美味しい美味しい」
「レトルトのかとそんなに味は違わないね」
「ま、牛丼だしね」
「それもそうだね」
由香も牛丼屋さんに来るのが初めてなだけで、牛丼と言う料理自体はこれが初めてと言う訳ではなかった。夕食におかずがない時などたまにレトルトの牛丼の素を温めてご飯に乗せて食べていたのだ。レトルトと本物の牛丼の差は強いて言えばボリュームくらいのもので、そこは日本のレトルト技術の高さに感心する他ないと言うのが実情だ。
並べて食べ比べれば違いはもっとはっきりするのだろうけど、特にグルメでもない中学生の舌はそんな細かい事はどうでも良さそうだった。
2人で並んで牛丼を食べながら、その風景のシュールさに思わずシュウトは独り言のように言葉を漏らす。
「でも、こんな時間に中学生2人で牛丼屋さんって……」
「私なんてこれが牛丼屋さんデビューだよ」
「すごい初体験になっちゃったね」
由香の牛丼屋さんデビューの話を聞いたシュウトは苦笑する。客観的に見るとこの状況ってまるでデートなのだけれど、目的が別にあるため、2人は全くその事を意識せずに純粋にこの一足早い朝食を楽しんでいた。
「私、多分一生忘れないよ」
「あはは……」
2人がそんな些細な幸福の時間を味わっていると、この淋しい牛丼屋さんの前にお客さんらしき人影が現れる。その人物は入店する前に軽く店内を見回した後、何かに気付いたのかそのまま店内に入る事なく店から遠ざかっていった。
「ん?どうしたの?」
「あの人、何か怪しい」
「え?」
店の出入り口をじっと見ていた由香がその人物の挙動不審さに気付いてそれを口に出す。隣りに座っていたシュウトは全く気付いていなかった為、彼女のこの態度に呆気に取られてしまう。この反応に彼が役に立たないと判断した由香は突然立ち上がる。
「ちょっと行ってくる!」
「え、ちょ」
「お客さん?」
立ち上がった彼女は一目散に店の外へと駆け出した。店員さんも由香のこの行動にすぐには対応出来ないでいた。
彼女が行動を起こした直後は呆然として何も出来なかったシュウトはその後、すぐに頭をフル回転させてまず最初にしなければいけない行動を取った。
「あ、お金、払います払います!」
彼は店員さんに2人分の牛丼の料金を支払って先に出ていった由香の後を追う。店を出たシュウトはその場でキョロキョロと辺りを見回している彼女の姿を発見する。
一体何があったのかと彼は由香に近付きながら口を開いた。
「どうしたの?」
「あの人、挙動不審だったんだよ。店内に私達がいるのを見て明らかに焦ってた。あれ、強盗をしようとしてたんじゃないかなぁ」
「それは……そうかも知れないけど、勝手に決めつけるのは良くないよ」
そう、彼女はさっきの挙動不審な人物を強盗だと決めつけて後を追おうと先走ったのだ。
けれど彼女が店を出た時点ですでに彼の姿はなく、店の駐車場から車が走り去っていくのを目撃しただけだった。
一度店を出た以上、また店内に入るのはあまりにも不自然だ。この時、時計を確認するともう既に5時に近かった。あんまりここで時間を取ると起きてくる家族に帰った時に見つかってしまうかも知れない。それは何としても避けたかった2人は今日はこの辺で切り上げる事にする。
そんな訳で改めてシュウトは今日の成果を由香に話しかける
「失敗だったね」
「え……あ、うん」
犯人かも知れない人物を取り逃がした事で彼女は悔しさで頭が一杯になっていたらしく、シュウトの言葉に一瞬反応が遅れていた。それから彼女は振り返り、シュウトの目を見ながら今日の反省点を冷静に指摘する。
「目的が強盗退治なんだからのんきにお店で牛丼を食べている場合じゃなかったんだよ」
「あ、ああ……そっか」
「次からはこっそり隠れて外から監視するようにしなくちゃ」
彼女は自説を言い切ると胸を張ってドヤ顔をする。よっぽど自分の言葉が気に入ったようだった。結論が出たところで会話はそこで途切れる。
緊張感もそこで途切れたのか、シュウトはつい大口を開けてあくびをしてしまう。
「ふぁ~あ……」
「眠い?」
あくびをする彼を見て由香は心配そうに声をかけて来た。シュウトはすぐに彼女を気遣うように返事をする。
「あ、ごめん。近藤さんは起きたばっかなんだよね」
「実は緊張してほぼ寝られなかった」
「へぇ、意外と繊細なんだ」
折角いい雰囲気だったのにこのシュウトの言葉で由香は気を悪くしてしまう。
「ちょ、意外は余計!」
「ごめんごめん」
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