第16話 その名はドルドル団 後編

「ヘイヘイヘーイ!見せつけてくれるじゃないの」


「お、お前は……」


「ふん、俺達の情報収集能力を舐めるなよ……」


 この奴の言葉にシュウトは違和感を覚えた。今までの犯罪融合者は皆その場限りの暴力に酔っていた。

 だがコイツは――そんな奴らよりも知性があった。シュウトの事を調べてここに辿り着いたと言う……しかもそれだけじゃない。

 一番の違和感は――コイツは単独で行動している訳ではなそうだと言う事だ。


「俺"達"だって?」


「そうだぜ……俺は泣く子も黙るドルドル団の1人!クク・レイラン様だ!」


 クク・レイランと名乗るこの融合者――融合している異世界生物の名前がそうなのだろう。そしてコイツが所属しているのがドルドル団と言う組織――ついに向こうの組織犯罪者がこの世界に本格的に進出して来たと言う事になる。

 けれど組織で動いているなら何故ヤツはまた単独行動なのだろう?調べる時には組織の力を借りたと言うのに。

 恥をかかされたとしてもケリは1人でつけると言う筋を通しているとでも言うのだろうか?一応他の組織の人間がいる可能性も考えていた方が良さそうだ……とシュウトは考えた。


「佐藤のおじちゃん!」


「え?近藤さんの知り合い?」


 そのレイランを目にした由香がそう叫ぶ。この融合者の人間の方の名前が彼女の言う佐藤のおじちゃんなのだろう。参ったな、これは質問攻めにされるパターンだ。せめて相手が知らない人間ならうまく誤魔化せる気もしていたのに。

 このシュウトの予想は当たり、彼はすぐに由香から回答の難しい質問を受けてしまった。


「最近姿が見えなくなって心配してたのに……ねぇ陣内君これはどう言う事なの?」


「あ、後で話すから今は逃げよう!」


 こんな緊迫した状況で彼女と話す時間なんてない。シュウトは由香の手を握って一目散に逃げ出した。状況がよく分かっていない彼女は彼のこの突然の行動に驚きつつも成すがままに従っていた。

 とは言え、相手だってこのまま簡単に見逃してくれるはずもなく……逃げ出したシュウトを視線で追いながらレイランは大声で彼を牽制する。


「逃げるのかてめぇ!」


 その余りのやばい雰囲気に周りで下校していた他の生徒達は一気にざわつき、このチンピラ融合者から大きく距離を取り始めた。


 佐藤のおじちゃん……いや、レイランは案の定シュウト達を追いかけて来た。鬼気迫るその迫力はやっぱり本物の悪党のようで、ここで彼女を巻き込みたくないと思ったシュウトは周りに人がいない場所まで来た所で彼女を先に逃げるように促した。ちょっと格好いい台詞を吐きながら。


「先に逃げていて!俺はここで食い止める!」


 由香はこの時、本来なら一緒に逃げようと言うべきだったものの、彼女自身の好奇心が勝った為、その場は彼の言葉に素直に従っていた。

 彼女が走って姿が見えなくなったのを確認したシュウトは、安心して追いかけてくるレイランと対峙する。


「ほう、女を逃がして自分は残るとは……いい心掛けじゃねぇーか!」


「知り合いの前で変身はしたくなかったんだよ……シンクロ!」


 追いかけて来たレイランと向かい合ったシュウトはもったいぶらずにすぐにユーイチと意識を入れ替わった。ある意味これはチャンスでもある。

 今度こそここで奴をぶちのめせばこれでこの件は終了する……はずだ。

 変身した彼を見てレイランはにやりと笑う。どうやら奴もシュウトがその姿になる事を待っていたようだ。


「早速変身かぁ……まぁそーこなくっちゃなぁ!」


 そうしてユーイチとレイランのガチバトルが始まった。すぐに一般人には目に見えない程の高速バトルが始まる。お互いがお互いの技を防ぎ避け、空振りさせる。それは見ようによっては高度に訓練された演舞のようですらあった。


 バトルが始まってしばらくした頃、逃げたはずの由香がこっそりと戻ってこの様子を観察し始めた。


「嘘……陣内君が変身?」


 そう、由香が素直にシュウトの忠告に従ったのはあくまでも演技だった。どうやら知り合いっぽいあの2人を2人っきりにさせると何が起こるのか、それを知りたくなった彼女が一旦逃げた振りをすれば自動的にそうなると考え、それを実行に移したのだ。そうしてその結果を知る為にまた現場に戻って来たと、そう言う事だった。この少女、意外と策士である。


「すごい……2人共人間の動きじゃない……私夢を見ているの?」


 ユーイチとレイランのバトルを由香はただただ興奮しながら眺めていた。バトル中の2人は戦いに集中しているので彼女に見られている事に気付かない。

 そして相手に悟られないように観察するのは彼女の最も得意とする分野だった。


「こないだの時もそうだけど、やっぱオメェ只者じゃないな!」


「貴方こそ……しっかり鍛えてますね!」


 ユーイチとレイランの武術の腕はほぼ互角――お互いが本気であれば。2人は技を出し合いながら会話をする余裕を持っていた。

 激しい戦いの中でお互いに相手を牽制しながら相手の実力を褒め合っていた。


「俺の技は兄貴に仕込まれた一級品だぜ!負ける訳には行かねぇ!」


「その兄貴がドルドル団って訳ですか」


「そうだ!オメェ知っているのか!」


 人間世界の住人であるシュウトは知らなくても、向こうの世界の住人であるユーイチはドルドル団の事を知っていた。何故なら向こうの世界でもそれなりに有名な悪党集団だったからだ。その事でひとつ閃いた彼は拳を繰り出してくるレイラン相手に挑発的な言葉を吐いた。


「噂程度には……確か筋肉バカの荒くれ集団だと聞いていますが?」


「な、ザッけんなテメー!」


 自分の所属する組織の悪口を聞いてレイランは一気に逆上する。その為、出してくる技の勢いは増したものの、冷静さを失いデタラメにユーイチを狙い始めた。

 相手が正気を失ったらこっちのもの。ユーイチはレイランの技を軽く流しながらその技の勢いをうまく利用して奴を地面に叩きつけた。ムキになって攻撃を仕掛けていたレイランはその勢いのまま地面に叩きつけられた為にその一撃であっけなく伸びてしまった。


 相手が倒れたのを見計らってユーイチは改めてトドメの一撃を打ち込む。そのショックで異世界生物、クク・レイランと本来の体の持ち主、佐藤のおじちゃんは分離した。


「ふう、馬鹿は興奮させて暴走させるのが一番です」


(チンピラもこうやって弾き出すと可愛いもんだね)


 人に宿っている間は危ないチンピラだったレイランも分離させてしまえば一匹の見た目かわいいネコのような異世界生物でしかない。

 戦いを終えたユーイチは変身を解いた。人格が戻ったシュウトは片手で伸びている異世界生物をつまみ上げる。


「えっ?ええっ?意味が分からない!」


 その様子を眺めていた由香は目の前で繰り広げられた事実が全く理解出来ないでいた。


 数日前に行方不明になっていた佐藤のおじちゃんが別人になって自分たちの前に訳の分からない事を言いながら突然現れた事。

 シュウトが急に別人格になってアホみたいに強くなった事。

 その別人シュウトと別人佐藤のおじちゃんが急に熱いバトルを繰り広げ始めた事。

 最後に別人シュウトが一撃を打ち込むと佐藤のおじちゃんから謎の生き物が飛び出して来た事――。


 自分の書く小説よりも謎な展開が目の前で次々と繰り広げられて由香はとても興奮していた。


「さて、報酬と交換に行きますか」


 シュウトは捕まえたレイランをヒョイッと自分の肩に乗せて本部に向かって歩き出した。由香もすぐに後を追おうとしたものの、偶然強い夕日の光が彼女の視界を奪ってしまう。一瞬まぶたを閉じた彼女が次に目を開けると彼の姿はもうどこにも見当たらなかった。


「すごい特ダネだわ……これはいいネタになる……」


 騒ぎが収まって日常が戻って来た見慣れた景色を眺めながら由香はひとりつぶやいていた。


 本部に伸びた異世界生物を引き渡したシュウトはちひろからマシンガントーク褒め言葉を散々頂いて、それから帰路に着いた。

 この時、放課後バトルの一部始終を由香に見られていた事を彼はまだ知らなかった。

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