第13話 模倣
梨緒はまるで、そこに座り込んでいる栗林のような顔つきになっていた。
梨緒のスイッチが入った証拠だ。
私はソレを確認してニヤリと笑った。
「さぁ。これから始まりますのは、この部屋で起こった悲しくも残忍な物語でございます。皆様、ここで起こった真実、目玉をかっぽじってよくご覧下さいませ」
私は楽しくなって、舞台の口上のような言葉を吐く。
どんなに私が喋っても梨緒はどこか一点を見つめたまま動かない。
さて、始めますか。
私は、先輩が倒れていた位置へと腰を下ろした。
すると、梨緒もヨロヨロとよろめきつつ、私の隣へとやってきたのだ。
これは、全て父さんが書いた小説に書かれている描写である。
「あのさ、話があるんだけど……」
私が小説に書かれていた通りの言葉を梨緒に言う。父さんが書いたあの小説は一通り見たときに全て暗記したので、一字一句漏らさず言えるハズだ。
「いきなり……なんだよ」
梨緒も小説通り言葉を紡いだ。
「あのね、克也と付き合ってもう長いじゃない?」
「……そうだけど、ソレがどうした」
私がモジモジしながら言うと、梨緒は素っ気なく答える。
「そろそろ、結婚とかも考えてもいいかなって。その為にはさ、資金も必要じゃない?」
私は懐から自分の手帳を梨緒に見せた。もちろん、手に入ったコピー通りの電話番号をそのまま記して……。
「克也もそろそろお仕事再会してみない? このままじゃ、克也がダメ人間になっちゃうような気がして」
「別にいいだろ、俺のことなんて! ほっといてくれよ」
梨緒は私の手帳を取り上げると、隅の方へ投げつけた。
いつもの梨緒なら絶対にありえない行動。
そう。梨緒は今、“父さんの作った小説の中の栗林克也”になりきっているのである。
コレが梨緒のヒミツ。
彼は、他人の感情を己にトレースすることが出来る。それが、現実の人物であれ、架空の人物であれ、多種多彩だ。
なので、物語の中に一度入り込んでしまうと、キャラになりきってしまい自分の自我が消失してしまうのだ。
そして、そのせいでアノ事件が起こってしまって、梨緒は今日までミステリーを読むのを禁止されていた訳だ。
私の手によって。
「まだ、精神的に負担が大きいのなら、在宅でライターっていう仕事もあるんだよ。克也、格闘技してたから、その経験を生かして……」
「俺に構わないでくれよ!!」
梨緒は私を突き飛ばすと、ぴたっと動きを止めて申し訳無さそうな顔をする。
「文香ゴメン、痛くなかったか?」
梨緒は私に執拗に抱きついて、顔を手でさわさわと触ってくる、
「大丈夫。私の方こそゴメンね。克也の気持ちが理解してあげられなくて」
私はそう優しく微笑むと、
「やめろ! そんな顔で微笑むな! 文香と同じ様な顔で笑うな!」
外野で本物の栗林がギャーギャーと騒ぎ出す。
「すこし、大人しくしていてくださいね?」
私の指示に従うかのように、栗林は急に静かになる。
「……何か入れてくる」
栗林を演じている方の梨緒はさっきまで騒いでいた、本物に目も合わせずにキッチンへと向かい、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してコップに注いだ。
それから、ポケットから私が出掛ける前に仕込んでおいたピルケースを取り出し、錠剤らしきものを1錠コップに入れてスプーンで混ぜた。
「おまたせ」
梨緒は錠剤が入ったほうのオレンジジュースを私に手渡した。
「わぁ、ありがとう」
私はあたかも先ほどの梨緒の行動に一切気づいて無い様にオレンジジュースを飲み干し、テーブルの上にコップを置いた。
「……片付けてくる」
梨緒は私がジュースを飲んだことを確認すると、再び立ち上がって空のコップを持ってキッチンへと歩いて、コップを洗って食器棚へ戻した。
「うん、ありがとう。あと、15時から大学の後輩が来てくれるから会ってくれない?」
「いいけど、なんで?」
「ちょっと、私達の今後の相談でもしようかと思って……、あれ、ちょっと眠くなってきたみたい。克也、仮眠するから、1時間後に起こしてくれない?」
私の言葉に梨緒は今までに浮かべたことのない歪んだ笑みで答えた。
「いいよ。ゆっくりおやすみ……文香」
私はそう言ってから、横になって寝るフリをする。梨緒に仕込んでおいたピルケースの中の錠剤は実はタダの砂糖の塊だ。
それを本物の睡眠薬だと思っている梨緒は私が寝ているのを仁王立ちで見下ろしていた。
「文香が全部悪いんだぞ。もしかして、俺のことを愛せなくなったのか?」
梨緒は辛そうな表情でクッションを手に持った。
「俺は、お前は居ないとダメなんだ。お前が居ないと俺は……」
ゆっくりと手に持ったクッションを私の顔に近づけていく梨緒。
そして、そのクッションを力強く私の顔へと押し付けた。
苦しくて私は必死にクッションを取ろうともがくが、梨緒の何処にそんな力があったのか分からないくらい彼の力は強く、クッションが外れることは無かった。
「梨緒! 何をしているんだ、離せ!」
その異様な状況に叔父さんが飛び出してきて、必死に梨緒を止めようとするが、梨緒は未だ、私をクッションで窒息死させようとしている。
「叔父さんは止めないで! このまま続行させて」
私は必死に叔父さんに向けて訴えかける。
そう、そのまま中止させるわけには行かないのである。小説の中に描かれていることは完遂させなければ意味が無い。
「このままじゃ、お前が死ぬんだぞ!」
「私なら大丈夫だから、梨緒から離れて」
私の言葉に渋々叔父さんは梨緒から離れる。
次第にクッションを押し付ける力が強くなっていく。そろそろ頃合だろうか?
「うっ……」
私は、カクンと体を弛緩させて、倒れる。もちろん死人の演技として。
梨緒はその様子を目の当たりにして、狂ったような悲鳴を上げた。
「う、うわあぁぁぁぁあああ!!!!」
目を見開き、私の無残な姿を見る。
「文、文香、文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香!!! しっかりしろって、おい!!」
梨緒は乱暴に私を揺さぶるが、私は微動だにしない。
「う、嘘だろ。死ぬなんて、なぁ、嘘だろ? 嘘だって言ってくれよ!!!」
梨緒がいくら呼びかけても、私は起きなかった。
すると、梨緒は部屋の引き出しから布キレを取り出して、ベッドの柱に巻きつけた。
「ゴメンな、今は自殺に見せかけてしまうけど、俺も後から追うからな」
梨緒は涙ぐみながら私が持ち上げて、巻きつけた布キレを私の首へと通し、ノートパソコンには捏造した遺書をタイピングした。
「文香、本当にゴメンな!」
もう一度、死体と化した私のことを見て、梨緒は玄関に向かって走りだした。
このままでは、逃走してしまう。そこで。
「梨緒、ストップ。眠りなさい」
私は目を急に開いて、梨緒に向かって叫ぶと、
梨緒は急に電源が切れたかのように、玄関で倒れこんだ。
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