第12話 豹変

 父さんから出来上がった小説を渡されたのが、梨緒が頼み込んで二日後のことだった。

 私が朝ご飯を食べていると、父さんがクリップでとめられた紙の束を差し出してきたのだ。


「ゆーちゃん、出来ましたよ」

「え、早っ!」


 私は余りの出来上がりの速さに、箸の動きを止めた。

 確かに、手紙には“早めにお願いね”という注文は付けてはいたのだが、正直に言って、二日で仕上がってくるとは思わなかったのである。


「こういうものは鮮度が命ですからねぇ」

「食材じゃないんだから……どれどれ……」


 私は受け取った束をペラペラと捲って、中身を確認した。

 私が作成した事件の概要を渡してあるから、そこら辺の背景をちゃんと汲み取っていて、且つ、ミステリー作家の司馬静節が炸裂している文章になっていた。


「二日でこのクオリティは流石だわ。父さん、ありがと」

「あのような煽り文句を書かれていたら、私も本気にならねばと思いましてね」


 父さんが言っている“煽り文句”とは、恐らく、『真相を父さんの手で作り出してみない?』という一文のことだろうと想像が出来た。

 確かに、私が父さんにやる気を出してもらう為に書いた煽りだったわけなのだが、効果がこんなにもテキメンだったとは……、正直驚きである。


「さて、これをどうするつもりなのですか?」


 父さんが答えづらい質問を投げかけるものだから、私は父さんから目線を逸らす。


「……ゆーちゃん?」


 父さんが声のトーンを変えて、私の名前を呼ぶ。この落差が怖すぎる。


「り、梨緒に読ませて、あげるのよ。少しずつ縛りを外せって言ったのは父さんの方だからね」

「それはそうですけど、他に何か裏がありそうですねぇ……」


 父さんは疑うような目で私を見てくる。私は必死にそっぽを向いてやり過ごすほか無い。


「まぁ、いいです。その代わり、してくださいね」


 やれやれという風に父さんは諦め顔になる。


「大丈夫よ。梨緒が傷つかないようには配慮するから」

「それならいいですが、気をつけてくださいね」


 父さんは私の返事を聞くと、書斎へと戻っていった。

 はぁ、ちょっと威圧感で寿命が縮むかと思ったわ、さて……。

 私はいそいそとスマホで叔父さんに電話を掛けた。


『なんだ? 今忙しいんだが?』


 叔父さんは若干眠そうな声で電話に出た。恐らく連日徹夜なのだろう。


「そろそろ、事件が進展してるかなぁー、と思って電話を掛けたのだけれども、その様子じゃちっとも進歩なしってところかしら?」


 私が嫌みったらしく言うと、電話先では『うるせぇ』という声が聞こえる。


「まだ、栗林って警察署に居るの?」

『ん? あぁ。一応、署の拘置所に居るが確か、今日が拘留期限だったような気がするぞ。どうしたんだ?』

「ちょっと、栗林と一緒に先輩のマンションに来てくれない? 見せたいものがあるの」


 私の言葉に叔父さんから『は?』という間抜けな声が聞こえた。


『お前、何を企んでやがるんだ……』

「それはね、来てからのお楽しみって事で。そうねぇ、時間は死亡時刻の13時辺りで。待ってるねー」


 叔父さんがまだ何かを話していたが、そんなのお構いなしに、私は電話を切った。

 それと同時に梨緒が起きてきて、リビングへとやってきた。


「有加、おはよー」


 大あくびをしながらやってくる梨緒に私は父さんから渡された紙の束を突き出す。


「父さんから出来たって」


 その言葉を聞くや否や、梨緒は目を輝かせて紙の束を受け取った。


「やったー。これで、憧れの静さんのミステリーが読めるぞー」


 梨緒がいそいそと椅子に座って、貰った紙の束を捲ろうとした瞬間、


「待った。まだ見ちゃダメよ」


 私が梨緒に待ったをかける。


「え、どうして?」

「まだ見る時間じゃないからよ。13時に叔父さんと先輩のマンションで待ち合わせしてるから、そこで読んで?」


 私の説明に梨緒は意味が分からないようで首を傾げた。


「雰囲気作りよ。それで、梨緒にはソレを読んでをして欲しくって」

「役回り?」

「それは、13時頃のお楽しみで」


 私は悪戯っぽく笑って見せた。



 先輩のマンションに到着したのは、13時少し前だった。

 もう、叔父さん達は到着していて、先輩の部屋も鍵が既に開いていた。


「何をする気なんだ一体。一応、連れてきたけど」


 叔父さんの背後には俯いて何かブツブツと唱えている栗林の姿があった。拘留生活で完全に参ってしまっているのだろう。


「これから、推理ショーでも開こうかと思ってね、はい、梨緒、例の小説。今から読んでいいわよ」


 私はそう言って再び梨緒に父さん作の小説を渡す。受け取った梨緒は渡された小説を隅々まで読み込んでいく。

 叔父さんはその様子を見て、直ぐに勘付いた。


「お前、梨緒を使うつもりか」

「使うだなんて失礼な。梨緒の力で事件を解決させようとしているのに。ねぇ? 叔父さん?」


 私は突っかかる叔父さんを嘲笑うように答えた。


「一体、なんの話だよお前らは。俺はこんな場所一刻も早く出て行きたい。解放しろよ!」


 栗林は落ち着かない様子で私と叔父さんに訴えかける。


「栗林さん、ダメよ。ちゃんと、座って事の顛末を見なきゃ?」


 私の一言で、栗林は


「なんで、俺はいきなり座り込んでいるんだ! チクショウ、体がいう事を効かない」


 いきなりの事態に栗林は座ったままジタバタとするもんだから、実に滑稽だ。

 私がそんな状況に笑っていると、



 バサッ。



 梨緒が貰った小説の束を床に落とした。

 その時、梨緒の表情は……、


 

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