第7話 トギレル

 閑静な住宅街にある、西洋を思わせるような蔦が生い茂るレンガ造りの家。僕達が暮らしている家だ。

 夜8時。重厚そうな扉を開けて、僕らは帰宅の徒に付いた。


「ただいまー」


 有加が玄関で元気よく声を出すと、廊下の奥からエプロン姿の白髪交じりの中年男性がスリッパをパタパタと鳴らしながらやってきた。

 有加のお父さんで、ミステリー作家の司馬静しばしずかさんである。


「お帰りなさい。ゆーちゃん、りーくん。督くんから電話があって、事件に巻き込まれたっていうのは本当ですか?」

「あー……」


 有加は何か言いづらそうに僕の方を見る。


「えーっと……、ちょっと先輩の家に訪ねたら遺体を発見しちゃって、さっきまで警察で事情を聞かされていたんです。静さん、ご迷惑をおかけしてすみません」


 僕が言いにくそうな有加の代わりに説明をすると、静さんは優しく微笑む。


「いいんですよ。貴方たちが何事もなければ、それだけで、私は安心です。さ、ご飯が出来ているので、皆で食べましょう」


 どうやら、静さんのこれ以上のお咎めがなさそうなので、僕達はホッと安堵して、ダイニングへと向かった。

 さて、静さんが作った『鳥肌刑事の湯けむりドロドロ殺人事件。ゴマゴマした喧騒の中で居た目撃者、薬味が見破る先とは……』の正体、帰り道にある程度の予想を立てるのが僕達のセオリーなのだけど、今回の僕ら予想は、鶏皮の唐揚げの胡麻ドレ和え。

 そして肝心の正解はというと……、


「棒々鶏……」

「棒々鶏だね……」


 ダイニングに入ると、そこには綺麗に盛り付けがされている棒々鶏の大皿がそこにあった。


「最近買った、電気圧力鍋のレシピブックを見たら作りたくなったのですよ。いやぁ、最近の家電は便利ですねぇー」


 静さんは、趣味・料理の人なので、様々な調理器具をネット通販で買っては使っている。その姿はまるで、主夫みたいだ。


「さ、食べましょう」


 静さんに促されて僕達は椅子に座り、手を合わせる。


「いただきます」


 僕は、テーブルの真ん中で鎮座ましている棒々鶏を口の中に入れる。

 白胡麻の風味豊かなタレの中で、茹で鶏が口の中でほぐれていくたびにエキスが口全体を包み込んで、美味しかった。



 ご飯を美味しく食べ終わって、今日一日の汗を洗い流した後、有加から突然、


「父さんに聞いて貰いたい話があるから、父さんの書斎に行くわ。梨緒は絶対に入るんじゃないわよ? いいわね?」


 と念を押された僕は仕方なく自室へと入り、ベッドに転がった。

 転がりながら僕は、今日の出来事を思い返してみる。

 今日は色々なことが起こりすぎて、全部が今日1日の内に起こった出来事だったなんて考えられない。

 その中でも特に気になったのは、有加の言葉だ。


『だって、貴方を堕としたくなんか無いもの……』


 あの後、僕がいくら聞き返してもはぐらかされるだけだったから、もしかすると聞き間違いだった可能性も否定できないけど……、

 あの言葉が本当に有加の口から発せられたものだとしたら、“堕とす”って一体どういうことなんだろう。

 僕は僕自身が知らない重大なナニかを抱えていて、それを防ぐために有加はあんなことを言ったのだろうか?

 考えれば考えるほどに、グルグルと思考が渦巻いて歪んでいく。


「気になるけど、今は先輩の事件の方が先だね」


 そう思い立って僕はベッドから机に移動し、ルーズリーフを1枚取り出して今日起こった事件の概要を書き込んでいった。そして、書き出して気づいたことが一つ、


「そういえば、先輩の部屋に不法侵入したのは覚えているんだけど、それから先の記憶が全くないや……」


 僕はのだ。そして、どうしてそうなったかという記憶がまるでない。気づいたときには、有加のビンタで起こされていた。


「余りのショックで気絶したのかなぁ……。まぁいいか、警察署で見せてもらった資料に色々書いてあったから、ソレを参考にしよう」


 僕は警察で見た検死結果などを概要としてまとめる。


「出来た。さて、これからどう導き出せられるか……、はまた明日でいいかなぁ。今日は色々ありすぎて疲れちゃったなぁ」


 僕はまとめた概要を机の上に置いたまま、ベッドの中に潜って目を閉じた。



 夢を見た。

 それは、初めて有加の家を訪れた日の頃の記憶。



「わー。ゆかちゃんのパパの本棚大きいね!」


 僕はカラフルな本達が並ぶ本棚をキラキラした目で見つめていた。


「へっへー。凄いでしょ! ここからーここまでパパの作品なんだよ!」


 彼女は可愛らしくテトテトと走って、自分の父親の作品が収められている本棚を指差す。


「ゆかちゃんのパパ、ご本書いてるの!? すごいよ!」


 僕が驚愕していると、彼女は自慢げに胸を張る。


「パパが自由に本棚の本見ていいって!」

「ホント!? 嬉しい。ありがとー」


 彼女は自分の父親の作品スペースから一冊の本を取り出した。


「パパの作品、りおくんには難しいかもしれないけど、これなら読めるかも」


 そういって、彼女は僕に一冊の本を渡してくれた。


「うん、読んでみるー」


 僕はワクワクしながら、渡された本を開く。


 しかし、

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