第6話 ヒモ
『どうして、文香がこんなことにっ……ううっ……』
督叔父さんに案内された取調べ室の様子が観察できる部屋。
そこで僕達は部屋の中で泣き崩れている男性の姿を見ることになった。
「これが、三上先輩の彼氏?」
有加は窓越しに男性を指差した。マジックミラー越しだから、相手に僕達の姿は見えないとはいえ、有加は行動が毎回大胆すぎると僕は思う。
「そうだ。名前は
「つまりは、“ヒモ”ね」
有加が叔父さんの説明で瞬時に“ヒモ”という答えに行き着いた。
「有加、その、ヒモってなぁに?」
僕はヒモの意味は全く分からず、困惑しながらも有加に訊ねると、
「そうねぇ……、梨緒みたいな人かしらねぇ」
と僕を指差したのだ。
「えぇっ! ぼくぅ!」
大声で驚く僕に、叔父さんが静かにしろと注意を入れる。
「有加も梨緒が分からないからってからかうな。正しい意味を教えてやれ」
有加にも注意が入ると、有加はなんだか煮えきれないような返事で答えた。
「へーい。ヒモっていうのはね、自分では何も努力せずに、恋人に沢山尽くしてもらってる人の事をいうのよ。梨緒はまた一つ賢くなったわね。はい、いい子いい子」
そういって、グリグリと僕の頭を有加が撫でるので、僕はその手を払いのける。
こうして、僕を子ども扱いする有加が時々腹立たしくなってくることがる。
『俺は……、文香が居ないと生きていけないのに……どうしてっ!』
男性はひたすら、先輩の名前を呼び続けるだけで、なかなか取り調べが進んでいない状況だった。
「栗林だけが、三上さんの部屋の合鍵を持っているんだ」
「じゃあ、決まりじゃない。アイツが犯人って」
「ちょっと、あんなに先輩の名前を呼びながら泣いているんだよ? きっと悲しくて仕方ないんだよ」
叔父さんと有加が犯人を取調べ室の男性と特定している中、僕は一人だけあの彼が可哀想で仕方なくなってくる。
先輩の名前をずっと呼んでいる彼の姿。きっと、先輩に対する愛情がすごく深いのだろう。それが先輩の死をきっかけに叶わないものになったとしたら……。
「あーあ。梨緒、また深く考えすぎよ」
「え?」
僕は気が付くと、ボロボロと涙を流していた。その姿を見た有加はカバンからハンカチを取り出して僕に差し出した。
「有加、ありがとう」
ハンカチを受け取った僕はそれで涙を拭う。
「奴が犯人にしても、現場のエントランスに設置されている防犯カメラに彼の姿が映ってないんだ。事件発生前後に」
「あのマンションの周囲の防犯カメラも一応調べたほうがいいかもしれないわね。あそこ、非常階段のある方には何故か防犯カメラ付いてなかったし」
「有加、いつのまに防犯カメラの位置まで確認していたの?」
有加は僕の問いに、『防犯カメラの位置くらい、普通確認するもんでしょ?』と答えるが、僕と叔父さんは二人揃って首を傾げた。
「とにかく! どうやってあの男が犯行に至ったのか、あと、先輩の相談事とはなんだったのかを分からない限り、事件は解決できそうに無いんじゃない? 前者は警察に任せるとして、後者は暇だから私達で考えるわ」
「もしかして、それって僕も頭数に入っている?」
僕が自分を指差すと、『当たり前じゃない』と有加がさも当然のように返す。
「言っておくが、これはお遊びじゃないんだぞ。特に、有加。お前は分かってやっている節があって悪質すぎるぞ」
「悪質? はてさて、何のことやら? ……ん?」
叔父さんが有加に説教をしていると、有加のスマホが震えた。
「あ、父さんからのメールだ」
有加がスマホの電源を入れると、そこには『父』という表示が映っていた。
「何々? 『今晩の晩御飯は、【鳥肌刑事の湯けむりドロドロ殺人事件。ゴマゴマした喧騒の中で居た目撃者、薬味が見破る先とは……】です。帰ってくるときは連絡ください』だってさ」
有加のお父さんは作家業で家にずっと篭もっているので、気晴らしとして僕達のご飯は作ってくれる。しかし……、
「兄さん。まだ料理名を殺人事件にする癖、治って無かったのか……」
と叔父さんが頭を抱えるレベルで、料理名が重症なのである。
「毎回予想するの楽しいわよ? さて、ご飯予告メールも来た事だし、料理を予想しながら帰りますかね? 叔父さん、もう私達は帰っていいのよね?」
「一通り話はしたし、帰っていいぞ。これ以上居座られたら俺のほうが参ってしまう」
「じゃあ、もう二時間ほど居座ってしまおうかな?」
有加がボソッと言った冗談を叔父さんは聞き逃さなくて、有加をぐいぐい引っ張って署の玄関まで強制連行させた。
「うー、叔父さんのケチー。もうちょっと警察署の中を探検とかしてみたかったのに」
帰り道、有加はブーブーと文句を言いながら歩いていた。
「仕方ないよ、叔父さんも刑事さんで忙しいわけだし」
「フン、いい子ぶっちゃって。梨緒は私が居ないと何も出来ないダメダメっ子なんだから、私の言う事だけを聞けばいいのよ」
有加のその言葉に少しカチンと来た僕は歩みを止めた。
「僕だってもういい大人なんだよ? そろそろ、自立だってしたいし、禁止されるミステリーも読んでみたいんだ。どうして、有加はそうやって僕を縛るの?」
僕の言葉に、同じ様に歩みを止めた有加は、僕の方へ一切振り返らずに答える。
「だって、貴方を堕としたくなんか無いもの……」
いつもと違う声のトーンで話す有加に少し悪寒がする。
「え、今、なんて……?」
僕が恐る恐る訊ねると、有加は、今度は振り返って優しく僕に微笑みかけた。
「ん? 何の話? さ、早く帰ろう」
いつもの声で僕に手を差し出す有加。先ほどのギャップに少し戸惑いつつ、僕は差し出された手を握ったのだった。
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