Hypocrite
タケノコご飯
歪な歯車
ーー『信号が、青になりました。』
とある夏の、とある都会の、とある大交差点。
赤信号で待たされていた人々は、その機械質な声を聴いて、また、ゾロゾロと歩き始めた。
少年もそんな人々の一人だった。
他人から見ると、普通の学生。
そんな少年が交差点の中腹まで歩いた時だったろうか。
そこには小さな少女が一人、泣いていた。
街行く人は誰もその少女を、目に止めようともしない。
彼らは、自分の歯車を、他人の歯車に噛み合わせていたのだ。
迷子か、へぇ。
そんな声が聴こえてきそうなくらい、人々の歯車から外れたその小さな歯車を、誰も噛み合わそうとはしなかった。
それが普通の歯車なのだ。
それが正常な歯車なのだ。
だから、少年の歯車は少々
そんな彼らの歯車と、自分の歯車を噛み合わせているのが嫌だった。
少年は少し立ち止まった。
すると、人々は訝しげな目で少年を見つめた。
なんだコイツ?
そんなことを言いたそうな目だった。
人々は、少年も、彼らの歯車から弾き出した。
空いたスペースにはすぐ、そんな奴等と同じ歯車を持った奴が、我が物顔で入りこんだ。
ーーけっ、お前らは勝手に回ってろ。
少年は、心の中で彼らに舌をうった。
「...大丈夫か?」
弾き出された少年の歪な歯車が、同じく弾き出された小さな歯車へと引き寄せられるのは、自然なことだった。
「…!」
小さな歯車ーーもとい、少女は、ビクリと肩を震わせて少年を見た。
「母さんと、はぐれたのか?」
ぎこちなく、少女は頷いた。
「じゃあ、探さないとな。」
そっと差し出した少年の手を少女は素直に握った。
小さな歯車は、人々の歯車に噛み合うことが出来なかった。
でも、歪な歯車は、皆が噛み合わなかった、そんな小さな歯車と噛み合うことができたんだ。
ーーああ、でも違う…
でも、少年の歯車は、やはりどこか歪んでいた。
『良いことをしている?』
少年はいつしか、『優しさ』という自己満足のために歯車の形を歪ませているのだと、気づいてしまった。
だから少年は『これが本当の『優しさ』などではない、本当の『優しい』人はこんな事など考えもしないで、ただ正義だけを思って行動するのだ』と、そう思っていた。
少女を助けたいと思っていたハズなのに、
『こんな自分の歪な歯車を無理に噛み合わせ、少女に申し訳ない』と、そう思い始めていた。
しかし…
『…じゃあ、こんなことを考える自分は本当に『優しい』…?』
と、心の奥底では思っている、自分がいるのだ。
『優しく』なりたい。
そんな純粋な気持ちが、悲痛にも少年の歯車を歪なモノに変えてしまった。
だから、少年はすぐ、この愚考を掻き消した。
こう考えること自体が、自分に対する、ただの言い訳に思えてならなかった。
ーー『優しさ』って、なんだ?
歪な歯車がさらに歪になってゆく。
『優しそう』に少女に接する自分が、許せなくなってくる。
そんな少年の心を暗示するかのように、信号が、赤に変わった。
「……あっ、お母さんっ!」
突然、ずっと俯いていた少女が、そんな明るい声を上げた。
ーー母親を、見つけたのか。
少女は駆け出して、心配そうな顔をして、オロオロと辺りを見回しているいる若い女性にしがみついた。
その女性も、はじめは驚いたものの、すぐに我が子である少女を
「
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
小さな歯車は、その女性のもつ大きな歯車ーーしかし、決してその小さな歯車が外れることのない歯車にーーピッタリと、噛み合った。
少年は暫くそんな親子を見ていたが、『自分がここにいても邪魔だなだけだな』と思った。
静かに親子に背を向け、その場を去ろうとした少年に、
「ありがとうございました。」
その女性が後ろから、声をかけた。
咄嗟に振り返った少年が、自然に溢した『笑み』。
この時少年は、その笑みが『照れ』なのか、それとも『苦笑』なのか、解らなかった。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
しかし、元気よく少女にそう言われ、少年はこの笑みを『苦笑』だと確信した。
「あなたが優しい人で、本当に助かりました。」
ニッコリと笑って、女性はそう言った。
『優しい人』
さりげなく使われたその言葉は、深く、そして、とても鋭く、少年の心に突き刺さった。
『嬉しい』でも、『嬉しくない』
ーーこの人は勘違いしているんだ。
少年は
「……違うんです…」
気づけば少年は言葉を発していた。
「...お…俺は…ただ…」
止めたくても、止まらなかった。
口から零れた言葉は、壊れた蛇口のように、あとからあとから溢れ出してきた。
「他人から『優しい』って思われたかった…だけ…です…」
今まで誰にも言えなかった、本心。
少年はやっと、その本心が、言えた。
いや、言ってしまったのかもしれない。
少年はハッと我に帰ると『しまった』と思った。
(何を言っているんだ僕は…!?)
「な、なんでもないです!」
手をパタパタと振って、慌てて、否定する言葉を口にし、俯いた。
でも、そんな少年に、その女性はこう言った。
「じゃあ、がんばってね。優しい偽善者さん。」
「え…?」
少年は、一陣の風が自分の心に吹き抜けたような気がした。
顔を上げると、その女性も、少女も、もうそこにはいなかった。
誰ともーー少年自身さえも、上手く噛み合わなかった『歪な歯車』
その風は、その歯車をある形へと、変えてくれた。
少年は、
( 優しい、偽善者… )
少女の母親が去り際に言った、その言葉を反芻した。
深く、とても深く、少年の心に突き刺さった、その『言葉』。
でも、その『言葉』は、決して鋭くなんかなかった。
ー『優しさ』ってなんだろう? ー
この
『正しい解』なんて、ないのかもしれない。
でも、この少年も、一つの『答え』にたどり着いた。
その『答え』も正解かどうかなんて解らない。
ー『偽善者』ー
( もし、僕が死ぬまで続けられたらーー )
あなたは、その答えが…
( ーー本当の『善者』に、なれるかな。 )
…間違ったものに、聞こえますか?
ーー『信号が、青になりました。』
Hypocrite タケノコご飯 @takenokogohan
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