エデン計画

@HiroOka1220

第1話(1)

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 東都とうと港南こうなん区。帝都ていと湾と呼ばれる内海に接するこの地区はその影響を受け、冬場であっても比較的湿度の高く、強い浜風が市街に吹き込んでくる気候となっている。夏場はその風が頬に心地良く、行く人来る人を笑顔にさせるが一転、冬になるとその身に突き刺さるような、人々に牙を剥く存在となる。また、春や秋には湿気を伴った生温い風で、せっかくの爽やかな季節を台無しにしてしまうこともある。

 今夜も、そんな生温い風が辺りを舞っていた。11月も半ばを過ぎたというのに、今年は平年よりも気温が高いままだ。それに加えてこの不快な風。夜にもなれば多少の肌寒さを感じるものの、長袖が腕にじっとりと纏わりつくような気がするくらいの多湿であった。

 その嫌な感触を避けるように、東都警察通常捜査一課、風見勇吾かざみゆうご巡査長は淡いブルーの長袖シャツを腕まくりした。左腕と腕時計の間に指を入れると、心なしか湿っているように感じる。じわりと滲んだその汗を拭い、文字盤にちらりと目をやる。短針はギリシャ数字の「Ⅳ」を指していた。

 まだ夜も明けきらない、午前4時。風見は白い手袋を身につけながら、既に作業に入っている警官らが作った規制線へと足を運ぶ。何台ものパトカーを横目に、黄色と黒のストライプ模様が施されたテープを潜り抜けると、そこは繁華街を一歩奥に入った、いわゆる裏路地のような場所だった。

 港南区、鍛冶場かじば町。その名の通り昔は鉄工所が多くあった場所だが、時代は変わり、今の主産業は飲食業。つまり歓楽街へと変化していた。さすがにピーク・タイムである日付が変わる頃とは打って変わり、この時間にもなると人出はほとんどない。きらびやかなネオンサインや電飾看板なども既に消灯され、風見たち捜査員を照らすのは区が管理する街灯と、検証のために鑑識員が使っている照明機器くらいであった。

 遺体が見つかったのは、そんな裏路地が行き止まりになる、ゴミの集積所。いわゆる袋小路となっている場所だった。通報してきたのは近くの飲食店に勤務する男性従業員。その日の営業で出たゴミを捨てにきたところ、ゴミ袋の上に仰向けで横たわる女性を発見したのだった。

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