意味をなさない文字の羅列
@gakkie
お花を買いに行こう。
「お花屋さんなら三丁目の交差点を右に曲がって、少し進むと見えてきますよ」
快活な朝だった。水でズブズブに濡らした脱脂綿みたいな雨雲が一週間ほども空を支配していたけれど、目覚めると彼らは青空と太陽に駆逐されていた。外に出ると、ところどころに残る雨粒が太陽の光に煌めいて、街はキラキラ輝いていた。電車で巨大都市に向かった。何故だっけ?そうだ、お花を買おうと思ったからだ。
駅に降りると、ドブのような臭いが鼻腔に飛び込んできた。相も変わらない雑踏。人ごみというか、人間達が下水菅に詰まってるみたいだった。花屋はどこだっけ?そもそもなんの花を買えば良いんだろう。訳がわからないので、歓楽街を少し抜けた路地で、道端に突っ立ってるおばさんに聞いてみた。
「お花屋さんなら三丁目の交差点を右に曲がって、少し進むと見えてきますよ」
その言葉に従った僕はその通りに進んだ。三丁目の交差点を右に曲がる。少し進む。なるほど、お花屋さんだ。店内にはお花がたくさんある。男なんだか女なんだかわからない人間が、花の周りをうろうろしている。ドアを開ける。強烈な花の香りがおそってきた。淫らで生臭い、それでいて格調のある、あの香りだ。いったい何の花がこんな香りを放っているのだろう。
「お花をください」
「何になさいます?」
「えーと…」
「……」
その沈黙が遮断される間にどれほどの間が空いていたのかは今となってはわからないけれど、花を手に僕は今、家へ向かっている。香りのしない花だ。花びらも白くて、僕は花の名前が全くわからないので、これを「花」としか呼ぶことが出来ない。しかし、僕はなんで花を買おうと思ったんだろう。全くわからない。
快活な朝はひたすら暑さで気だるい昼下りに変わっていて、身体は鉛のように重たい。蝉の鳴き声が神経質な僕の耳に堪える。たくさん人間が人間と歩いている。とてつもない情報量だ。もし今手にしているこの「花」に、「香り」という情報が強くあったのなら、僕は今ここで死んでしまってるかも知れない。なんてことを、ただ白いだけのこの花を見て考えた。
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