10 イケメンしかカタカナ言葉を許されていない
「千花さん、千花さんはどのフレーバーがお好きですか?」
「……チョコレート、です」
「そうなんですか、俺もチョコレート好きです」
「はあ……そうですか」
イケメンの声は、それ相応に良い声になるらしいと千花は学んだ。なぜなら、カタカナ言葉が嫌みなく耳に触れてきたからだ。それでも千花の心はトキメくことがないのは相手が変態電波だからなのかもしれない。
もしくは電波の表情が、常に真顔だからか……声に抑揚がないからか、理由は定かではない。
真っ赤な店内の外観に合わせてきましたとでも言いたげな、アースカラーのミリタリージャケットに白いVネックのニット姿は雑誌から飛び出てきたのかと錯覚するほど決まっていた。真っ黒のスキニーに覆われている細身の足は、腰からすくっと伸びていて、隣に並んだ千花との対比が悲しくなってくる程だった。
「ほかのものでも、チョコレートがお好きなんですか?それともアイスだけ?」
「いえ、チョコレート全般ですけど……」
「そうなんですか、俺も、チョコレート全般すきです」
はあ、そうですか……千花も、同じ言葉を彼に返したくなった。
「オイ、電波……お前の共感促す作戦が薄ら寒いンだけど……」
「まったく共感得られてないっていうか、怯えられてるよ?」
「あと、スマホに表示された”相手に好かれる為の話術"ってサイト見ながらだと、説得力ありませんよ」
「姉ちゃん!!オレ、トッピングのクッキー付けたい!!」
お洒落な店内にお似合いな決まりまくった芸術品、真壁信彦は、なぜか放課後の千花達と、アイス屋を共にしていた。
話は数分前に遡る。
「何で、楓と貴方がいるんですか!?」
「……お前昨日の今日で、よく顔だせるな」
「いや、昨日の今日だから、来たんだが……」
校門前で、名前を大声で呼ばれた千花達は慌てて向かえば真壁と手を繋いだ楓がいたのだ。目を見開いて驚いた。雪路は怪訝な表情を浮かべ、真壁を睨みつけているが鉄仮面はそんな事では揺らぐことはなかった。
能面の男は雪路の言葉に、淡々と答えていて電波なだけに彼は、半分ロボットかなにかなんじゃないかと千花は少しだけ疑った。
「どういうつもりか解りませんが……何しに来たんですか」
「昨日のお詫びをしたいと、今日は半休にしてもらった」
「お詫びって何ですか!こうしてこられると迷惑なんです。」
「あ、いや……すまない……いきなり、来たのは申し訳ないと思っている。」
真壁のせいで、今日は一日中後ろ指をずっと指されていた。何か言いたいことがあるのなら、直接言って欲しいと思いながら、イライラしながら一日を過ごしたのだ。雪路も昼食の際に、こちらに立ち寄ることもなかった。(後に聞いたら、空気が読める男なのかと思ったが、純粋に反省文を書かされているだけだった。)
ジト目で真壁を睨みつけて、言葉をぶつけていく。
「また先生に呼び出しを食らったら、またアイスが食べられません。この後の予定に差し支えますし……」
「その、君のアイスを聞いて、お詫びをしたいと思ったんだ……だが、君との連絡手段がないので、また来てしまった……」
「当たり前でしょう!!どうして、叔父の仕事相手の貴方と連絡をとるんですか……そもそも、どうして楓一緒なんです!!」
その手を離せ!!楓に電波が移ったらどうしてくれるんだ!!楓は健全に育てると決めているのに!!
般若の形相を浮かべながら千花は真壁に詰め寄った。千花の剣幕に押されたのか、真壁の表情に少し焦りの色が見えてくる。気のせいだろうか、彼の瞳に若干の涙が見える。
「お、俺はその……千花さんに……」
「なんですか!?」
「まあまあ姉ちゃん、あんまり真壁のことせめんなよ」
あまりにも千花が怒って詰め寄っていたせいか、哀れに思った楓が仲裁に入ってきた。しかし、今の千花は冷静ではない。怒りの矛先は楓に向かった。
「この人だけに怒ってるんじゃないんだよ?楓、公園で待ってなさいって言ったでしょう!!変な人に付いてきたらダメって、いつも姉ちゃん言ってるよね?もう小学五年生なんだから、そういうのは……」
「そうカリカリすんなって。真壁は変な奴だけど、そんな悪い奴でもないし……」
「そういう問題じゃありません!!」
えー!なんでだよー!と、頬を膨らませる楓に反省の色が見えてこない。
最近は男女関係なく、幼い子供をターゲットにするような変態がはびこっているのだ。幼気な美少年に女装を強要して”男の娘"カルチャーまで出来上がっている。楓は口は些か悪いが、名実共に近所でも評判の白析の美少年だ。どこの変態が狙っているのか、解らない。
真壁と繋いでいる楓の手を取り上げて、楓に変な人についていく危険性を説いた。
「あそこの公園は人通りも多いから、もし変な人に声がかけられても近所の人が見てくれてるんだよ?だから安全なのに……公園に行かずに、変な人に付いていくなんて!!」
「変な人でも、いいやつならいいだろ!」
「俺は変な人なのだろうか……」
貴方は口を開いたら、ただの変な人だよ。横から聞こえてきた言葉に茶々をいれることをぐっと我慢した。
未だに頬を膨らませ、反省する様子のない楓を説教していると、後ろから現れた雪路たちが真壁に対して辛辣な言葉を浴びせていた。
「お前はどう見ても変な人だろ。立派な変態電波おじさんだよ」
「おじさっ……俺は未だ、27なんだが……そうか、高校生の君たちからみればオジサンになってしまうんだな」
人知れず電波は傷ついている様子なのだが、彼に対してオジサンという称号は些か不釣り合いだと思う。きめ細やかな肌や、凛とした佇まいは大人の雰囲気は漂っているが、年老いた雰囲気は感じられなかった。
どちらかと言えば、年齢不詳と形容すべき美しさがそこにはある。
そんな千花の考えを解っているのか、紀子も電波いじりに参加しだした。
「大丈夫だって、電波!電波、顔だけは良いって紀子思うよ?」
「それは……慰めていると受け取っても良いのだろうか……というか、電波ってなんだ」
「電波さんって、無自覚なんだ……めんどくさいね電波」
「と返答にコミュ障の波動を感じるよね、大丈夫?本当に仕事できてる?電波」
「つうか、なんで私服なんだよ。ついに無職になったのか?電波」
「……有給を半分使っているんだ。あと、語尾の電波をやめてくれないか。なんだか、とてもイライラする。」
雪路、絵里子、紀子の辛辣三人集に囲まれた真壁は眉間を押さえていた。米噛には青筋が浮かんでそうだ。
電波の困った姿と、ふてくされている楓の姿を眺めた千花は深いため息を吐き出す。一旦、冷静になろうと思い、周りを見渡せば何人かの野次馬に取り囲まれていた。
この感覚に酷いデジャヴを覚える。このままでは、騒ぎを聞きつけた教師がやってきて、もう一度生活指導室行きだ。若く感受性が豊かな女教師の担任は、一度泣き出すと止まらないので説得に骨が折れる。あんな思いはゴメンだ。
「とにかく、移動してましょう……詳しいお話は移動しながらお伺いします」
「俺も、成人してから何度も生徒指導室は勘弁したい」
全部、お前の容姿せいだ。そう言ってしまいたかったが、千花は喉元から出掛かった言葉を押し込めた。
アイス屋がある商店街の方向へ向かうようにと、千花が足を向ければ、真壁は解っていたかのように付いてきた。この電波、思考が読めるのかと怪訝な眼差しを向ければ、真壁は困ったような表情を浮かべ口を開いた。
「今日こそは、アイス屋に行くんでしょう?実は帰り際の会話、聞こえてました……」
「え、何ソレ気持ち悪い、盗聴?」
「誤解を招く言い方をするな、聞こえてきたんだ。俺も、昨日のお詫びがしたくて、だから、今日の分を奢ろうと思って……それで来ました」
「そうだったんですか……」
真壁も真壁で、不器用なりに謝ろうとしてくれたのだろうか?そう思うと、千花は情けない気持ちでいっぱいになってきた。
アイスを奢ったくらいで、怒りがチャラになるとは思えない。それでも、きっと不器用なこの男のことだから、考えて、考えて、こういう結果になったのだろう。それを考えると、自らの狭量さが少しだけイヤになった。
「ていうか、真壁ずっと来た理由言おうとしてたのに邪魔したの姉ちゃんじゃん」
「そ、それは……そうだけど!昨日のこともあったし……仕方ないでしょう?」
「今日以外だと、時間がとれそうになかったので……昨日の今日で、すみません」
「いや、それは、あの……こちらこそ、急に怒ったりしてすみません」
あんな事があって、楽しみにしていたイベントを奪われたのだ。学校でも大変な目に遭った。そしたら、また真壁がやってきて……時間を奪われてしまうと思ったら、苛立ちをぶつけずには居られなかった。
千花は大人ぶってはいるが、まだ未熟な子供なのだ。
今まで、こんなことあまりなかった。いつだって達観したつもりで、俯瞰気味で物事を見ていた。真壁と出会ってからの千花は余裕もなく、騒ぎ立ててばかりだ。
調子が狂って仕方がない。
無意識に手を握りしめれば、手を繋いでいた楓がゆっくりと握り返してきた。楓を見ればしてやったりと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「アイス奢ってくれる真壁、いいやつだろ?」
「それとコレは別だから……」
「てかさあ!なんで、楓は真壁の肩もつんだよ!!お前、雪路派だろ?お菓子作ってやったじゃん!!」
「だって、溝にハマった家の鍵とってくれたしー!あと、ワンダーマンの限定ストラップくれたー!」
「また鍵落としたの!?物までもらって……真壁さん、すみません」
「いや、構わない……」
「お前、子供を買収してんじゃねえぞ電波!!あと、俺にもワンダーマン下さい!!」
「……会社にあったものを、持て余していただけだ。君も好きなのか?デスクにいくらでもあるぞ」
ワンダーマンだらけデスクの写真を真壁が見せれば、二人は目を輝かせながら「すげえ!!」と声を上げた。千花は無自覚な買収行為を見てしまったようだ。
最初に入った部署が、ワンダーマンの版権物を扱う部門だったらしく、今もその同僚にグッズなどが回ってくるのだそうだ。真壁自身は一切興味がないのか、引き取り手が見つかったと、一人頷いている。
「あの楓の……、ありがとうございます。」
「ひもに付けた鍵を振り回していたら溝にハマったらしい、だから目印になるようなものを渡しただけだ」
「スミマセン!!もう、楓ぇ、鍵は大事に扱ってっていったでしょー!!」
「楓はやんちゃだなあ」
「紀子も昔はよくやったー!」
「あー、水野はやりそうだよな……あと、飛ばした鍵とか人に当ててそう」
「本当に、恥ずかしい!!」
あまりの申し訳なさに千花は顔を両手で覆った。物の扱いが雑だと、常日頃から注意をしているのに、やんちゃ盛りの楓は聞いてくれない。
「ごめんって姉ちゃん!でも、今はワンダーマンついてるなら大丈夫ー!」
「大丈夫って、今度無くしたら本当に怒るからね!!真壁さん、本当にスミマセン!!」
「貴女が気にすることじゃありません。俺が勝手にしたことだし、小学生ならよくあることだ。謝るのも、迷惑をかけたのもは俺の方が酷いです……」
「……それは……そうですが……」
迷惑をかけた。
それはどれの事を言っているのか、千花にはたくさん思い浮かんでしまう。戸惑った表情を彼に見せれば、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「恋をすると決めたら、やっぱり会いたくなってしまいます……"前の彼女"は毎日、会っていたから……」
「私に恋をしなければ会いたい放題じゃないですか?」
屁理屈を述べてしまう。昨日は、恋をするのは人の勝手だと言いながらも、別の人に恋することを促してみる。
昨日、千花が言ったことは、千花以外のチカと、千花を重ねて見るなと言っただけだ。誰も千花を好きになれと言ったわけではない。場の雰囲気で頷いてしまったが、千花は真壁に好かれることを了承した覚えはなかった。
それでも、"勝手にしろ"と言った手前、どうにも邪険にしがたい。
恨めしいと真壁を睨めば、読むことが難しい美顔は穏やかな表情を浮かべている。
「でも、今の俺は貴女と恋がしたいし、貴女に好かれたい。」
そう言って柔らかく微笑む美形の姿、この破壊力は凄まじいと思う。直視すると、どんなに中身が変態電波男だと解っていても、恋に落ちてしまいそうだ。
千花は可愛げ無くそっぽを向けば、手を繋いだ楓がにやにやと「月9?月9?」と聞いてくるので、凸ピンをお見舞いした。
「ねえちゃん、ひっでー!やつあたりだー!」
「う、うるさい!」
「千花さん?どうかしたんですか?」
「なんでもありません!!アイス奢ったくらいで、一昨日のことも、昨日のことも、許しませんから!」
「それは、わかってます」
少しだけ痛そうに笑う真壁を見て、千花の罪悪感が痛む。
「でも俺は貴女のことを何も知りませんから、一条千花さんにたくさん合って、話す必要があります。許さなくてもいいので、俺と話して下さい」
「なんですか、ソレ……」
「接近宣言ですかね?」
「余計意味が分からないんですけど」
真壁の言った意味が分からず問いただそうとした瞬間に鞄を捕まれた。
「ちーかーちゃん!電波とばっかお話してないで、紀子ともお話しして!!」
「俺とも話してよ!アイス何食べたいー!!とか話そうよ!!」
「アッハハ、千花、かまってちゃん二人がお怒りだよ?モテモテだねえ」
「ちょっと、二人とも!引っ張らないで、歩きにくい!」
「雪路じゃま!なんか変な人形で俺が埋まるー!」
四方八方と雪路と紀子に挟まれて、電波男から遠ざけられた。絵里子の笑い声や、楓のうめき声も聞こえてきて、千花の耳は聖徳太子になりそうだ。
雪路の腰元に付けられた猫やらウサギの人形で、今にも埋まりそうだった楓を救出した真壁は不満げに口を開く。
「君たちは学校で、千花さんと話せるんだから、俺に譲っても良いんじゃないか?」
「誰が譲るかよ!!大体、今は楓に譲ってるけど、千花ちゃんの右隣は俺の定位置なんだからな!」
「あと、紀子の定位置は左側!電波なんてお呼びじゃないのー!」
「じゃあ、俺は千花さんの足になるために車を持ってきた方がよかったのか?」
「いや、それはちょっと……」
毎日、送り迎えされたら困る。また変な噂が立ちそうで怖かった。
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