浜辺の騎手
真っ白な浜辺の上に、人間の足跡と馬の蹄の跡が刻まれていた。
その足跡は、さざなみに呑まれて、すぐになにもない砂浜に戻ってしまった。
浜辺に足跡を刻んだのは、馬を引き連れた五人の少年たちだった。
少年たちは近くの村で暮らしており、よくこの浜辺を訪れては馬を走らせていた。
そのなかでも年長の少年アクロンは、馬の扱いが一番上手く、仲間たちのなかで最も早く馬を走らせることができた。アクロンは馬に乗るのも、馬の面倒を見るのも好きで、よく海辺を訪れては、友人たちと競争を行っていた。けれど、いつもアクロンが一番なものだから、最近では仲間たちはアクロンと競争することをしなくなっていた。今日もアクロンは、潮騒のざわめきを聞くと、馬で競争をしたいと思い立った。
「なぁ、あの岩場まで馬で走らないか」
だが仲間たちはアクロンがまた一番になると思い、もうアクロンの誘いには乗ってくれなかった。しかし、ひとりだけアクロンの誘いに乗るものがいてくれた。アクロンの弟分、フォルクだ。
フォルクはいつもアクロンの周りをついて来る少年で、アクロンに憧れて、なにかと彼の真似をすることが多かった。フォルクも馬が好きで、彼にとって馬の扱いが一番上手いアクロンは、憧れの対象でありライバルでもあった。だからアクロンが誘うと、フォルクはいつもその誘いに乗ってくれた。それが嬉しくて、アクロンはついつい本気でフォルクと勝負をしてしまうのだ。
「よし。じゃあどっちが速いか競争しようぜ」
アクロンたちは浜辺に線を引き、馬をその前に立たせた。
仲間たちは「どうせ負けるに決まってるって」「俺アクロンに賭ける」などと、誰もフォルクが勝つことを考えていない。だがアクロンは違った。仲間たちのなかで、ただひとりアクロンだけが、いつかフォルクは自分に届くと確信していた。
それは今ではないかもしれない。けれど、いつか必ずフォルクは自分に並ぶだろう。
アクロンはそう信じていた。
仲間のひとりがスタートラインの横に立ち、片腕をあげた。
その腕を振り下ろされた瞬間から、勝負だ。
カウントが始まる。
三、二、一……。
スタート、と叫ばれた瞬間、アクロンは馬に鞭を打った。
アクロンの馬が先に走り出し、白い浜辺に馬の蹄を次々に刻んでゆく。アクロンの馬は早く、後ろから追いすがるフォルクとその馬に砂埃を叩き付けていった。
アクロンとフォルク、どちらも馬の質は同じだ。
けれど騎手が違う。アクロンはまさに人馬一体となって、みるみるうちにフォルクとの距離を開いていった。
だが、そんなことではめげないのがフォルクだ。
アクロンは僅かに背後を振り返り、フォルクの顔を見た。
もう五メートル近くは離されたというのに、フォルクの顔には負ける気がない。
だから、アクロンはフォルクとの競争が楽しいのだ。
きっと、いつかフォルクが自分に追いつく日が来るだろう。
その日を思い、アクロンは全力で馬を走らせた。
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