リンゴと姫と従者の関係。
あむ
第1話 材料はリンゴと小麦粉と・・・?
意地の悪い通り雨を運んだ雲から差し込む日差しが暖かな昼下がり。
朝に採れたみずみずしい野菜が並ぶ青果店。
港から直接運ばれることを証明するかのように尾をハネ動かす魚を並べる魚屋。
小麦が焼けるにおいがそそらされるパン屋。
知識や知的娯楽がところ狭しと並べらる本屋。
それを求め行きかう人々と街路を埋める木々。
そんな賑やかな町並みから一本外れた石畳の路地を進むと閑静な住宅街が現れる。
子供達がぐるぐると走り回る噴水は今日も涼やかな気分を与えてくれる。
ただボーっとするのにも誰かを待つのにもいい私のお気に入りの場所だ。
その道を更に進み外れにある一軒の邸宅。「邸宅」と呼ぶには少々薄汚れているがそれも赴きと思える煉瓦造り。その脇を覆うかのような赤い果実を纏った数本の木々。
この「邸宅」を占拠しているのは、規則正しい音を刻む時計、椅子に腰をかけ時間を過ごす私と甘い香り・・・
規則正しい時計が今日も昼の2時も半分刻む頃、私は誰にと言ったわけでもなく
「そろそろかなぁ」と微笑、口の中でつぶやいてみせる。
少し近くで先ほど出来上がったばかりの水溜りをはねる音がした。
時計の音以外は静寂だったこの空間に徐々にだが、「ドタドタ」という足音が大きく近づく。
「バァーーーン」と戸が壊れるくらいには勢いよく開かれたドアとそれとほぼ同時に、少年が駆け込み私に飛びつく。
私の腰に抱きつくように顔を見上げて
「おばさーーーーんこんにちはーー」との第一声。
今日も元気そのものだとわかる。
そんな少年の頭に優しく手をやりながらこちらも笑顔で返す。
「はい。こんにちは。よく来たねぇ。」
「に・・・してもまた、そんなんじゃあ・・・ね?」
この行動がいかに少年にとって悪手だったことを私はそれとなく伝えると
「・・・あっ・・」
私の問いかけに、少年は笑顔が少しづつ崩れそして不味い事をしたことを悟り、少し身をちぢ込ませできる限りの言い訳を、そしてできれば慈悲をいただこうと思考を走らせているのだろう。
だがそんな余裕など露ほど与えず、
「ほぉらー!そんなに勢いよく飛びついたらおばちゃん、びっくりして倒れちゃうよ!!」
開かれたままのドアの向こうから、もう1人の訪問者が大きな声を張り上げながら近づく。
「ってアルノー!いつも言ってるでしょ!走らない!暴れない!大きな声を出さない!」
「ごめんなさい。でもマヤ姉ちゃんのが声がずっとずーーーっと大きいとおもうけど・・・」
アルノーのできる限りの反撃(きっと慈悲をすがる言葉は思いつかなかったのだろう)に対してマヤはすかさず追撃を試みるも、部屋に入った途端にさっきからこの部屋を占拠する「甘い香りと香ばしい匂いの正体」に気づいたのか叱り付ける口調も勢いをなくし始め、私の前につくころには口元はすでに緩みきっていた。
うん、こちらも元気だ。私はマヤのほうを向きながら微笑む。
マヤは口元の緩みに気づいたのか、照れ隠しをしながら取り直し振り向き、
「おばちゃん!こんにちは!!」と頭を大きく下げて挨拶を済ませると
「これ、、、お土産にって・・・」と手荷物を差し出す。
手荷物の中は確認しなくても大体わかってるがいまだ私の腰にしがみつくアルノーと目の前のマヤの顔を見てちょっと笑って見せた。
アルノーが悪いのは確かだが、いつまでも私の腰にしがみ付くアルノーが震える小動物のようでいて、それとマヤの緩みきった笑顔を見比べ私の悪戯心がちょっとだけ勝りアルノーに加勢したくなってしまう。
「そろそろ焼きあがる頃よいつものがね~。アルノーが急いでくれたおかげで冷める事もなくてよかったわ~」と悪戯っぽく私は自分の頬をつんつんとしながらマヤに返した。
マヤは、自らの顔の緩みが気付かれたことが恥ずかしかったのか「むぅ」と小さくつぶやいた。
「ふふ、冗談よ。早く座りなさい。」
幼い訪問者を招きいれ、私は部屋のテーブルに席を勧めた。
アルノーとマヤは、それぞれの椅子に落ち着き私に報告を始める・・・。
学校での試験結果がどうだったとか、
この間いった遠征が退屈だったとか
最近、料理を始めたが失敗ばかりで困ってるとか
(これに関しては、アルノーが食材がもったいないと追及してたわ。)
(レシピ通りに作ればそれなりになるのでは?と思っていたが、アレンジに走るようでアノーや周りの意見を聞かないらしい。)
そんな話題の中、マヤが思い出したようにハッとする。
「今日ねぇ、お父さんとお母さんもくるってさ!」とマヤが声を張り上げいう。
それに続いて「おばさんてば、こっちには全く顔だしてくれないし・・・。まいっちゃうわねぇって言ってたよ。」と自分の母親の微妙に似ているモノマネをしながらアルノーが続く。
「それは悪いことしたねぇ」と悪ぶるつもりもなく私は返す。
私も一緒に住めばにぎやかな生活になるだろう。
だが、私も夫婦に気を使わせたくなかったのだ。
「ねぇおばちゃんも一緒に住もうょぅ」とは、せがむアルノー。
「そうだよ!!そうしたらいつでもアレも食べれるし」とニヤニヤ笑顔を浮かべるマヤ。
早々にこの話を打ち切りたかった私にとって、マヤのいう「アレ」はまさに脱出口だった。
「いけないわ!もう出さないとね~♪」
甘い香りと香ばしい匂いが三人を包む。
「そうそう。そろそろ焼けた頃ね。」
私のこの一言が全ての合図だった。
それまで椅子にかけてお行儀良かった二人の姉弟が、それぞれの役割を開始する。
マヤは戸棚から人数分のティーカップを取り出し、持ってきた手荷物から上機嫌で紅茶の葉を取り出しポットに注ぐ。
アルノーは食器棚から、これまた人数分のお皿、フォーク、ナイフを危なっかしい手つきで運び出す。
そして「私」は先ほどからの「甘い香りと香ばしい匂いの主」に近づく。
甘い香りと香ばしい匂いの正体それは・・・
「黄金に輝くアップルパイ」それも「あたし特製」。
つやつやした林檎。それに香ばしくこんがりと焼けたパイ生地。
今日のもいいできばえだ。それをさっきまでいたテーブルに運ぶ。
時計の針も3時を越えたころ。いい具合だった。
マヤとアルノーはただ笑顔で無言でフォークとナイフと口を動かす。
にしても、二人の顔はどちらも愛らしい笑顔だ。お互い顔を見合わせながら微笑みあう。
その二人に釣られつい、あたしも笑顔になっている。
あたしもマヤが淹れてくれた紅茶に舌鼓を打ちながらそれを見ていた。
「おあふぁーひゃん。ひふものあへふぉんで。」
口には大き目のアップルパイをいっぱいにしながらアルノーがしゃべる。
その仕草を見てマヤはすかさず「注意」と言う名の「拳」をアルノーに振り下ろす。
「食べながら話すんじゃない!いつもいわれてるでしょ!」
「おへーひゃんもひょくしちゅうにあふぁれるなぇふぇ!!!」
後の部分はおそらくマヤへの文句だろうが最初のは、あたしはアルノーが何を言ってるのか理解はできていた。
「いつものアレよんで。」彼はそういったのだ。
少し意地悪な顔で「いいわよ。でもちゃんとお行儀良く食べてからね。」と釘をさす。
するとアルノーは、今まで口の中にあったものを紅茶で押し流した。
「ちょっとアルノー!ちゃ~んと味わいなさいよ!!」
「いいのよ。マヤ。アルノーはこれが自分の楽しみ方っていうんだから」
「にぃー」と微笑んだアルノーは椅子を飛び降り、目当ての本棚までかけていった。
目的の本をすぐ見つけ、背伸びで取り出すとすぐさま戻ってきてあたしの前に突き出す。
アノーがいま手にしてるのは一冊の本。
その本は革表紙で、いままで何度も開いたのかあちこちに手垢がついている。
本に表題はなかったが一度興味本位で先に読んでいたマヤが、
「林檎の姫騎士さま」と勝手に名づけた。
あたしはそれを受け取るとアルノーが、椅子に座るのをまって本を開いた。
この二人が読むまでは目次も表題もなかったこの本「林檎の姫騎士さま」・・
これは1人の少女と少年が国を追われ、その顛末を書いたお話・・・・。
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