第24話 追憶Ⅱ~異質~
15分程経ち、ヘレンの見回りの時間も終わりの時間になった。交代の為に詰所に戻る。
自宅をでてからは、雪もいくらか小降りになり、足跡もはっきりと残っていた。
「おーい、ヘレン‼︎」
詰所の方から大声で叫んでいる男が居た。男はヘレンと同じ青いマントと腰に大杖を下げている。
「やっさん、もう出てきたのか?」
「いやいや、オメーが帰ってくんの遅ーんだよ。もう、みんな行っちまったよ」
やっさんことテリヤ・エルメスは批難するような目をヘレンに向けた。
「あれ?丁度時間になるように帰ってきたはずなのにな…悪い」
ヘレンは毛の白い顎に触れながら真面目な顔をして考え込んだ。
「冗談だよ。お前は、時間ピッタリだ。他の奴がサボって早く帰ってきたから止む無く、俺らが早く出る羽目になっただけだ。」
「何だ……そうだったのか」
ヘレンはそう言うと、ホッとした顔で、腕につけていたCと刻印された腕輪をテリヤに渡す。
「じゃ、しっかりな」
ヘレンがそう言うと、テリヤは腕輪を指でクルクルと回しながら「まぁ、ぼちぼちなー」そう言いながらヘレンのきた方へと歩いていく。それを見送ると、ヘレンは詰め所にい向かって歩き始めた。
木造平屋の詰め所の前に来た扉を開けると、モワッとした空気と灰色の煙が漏れ出す。中には、自宅と同じような暖炉と壁には仕切りの付いたハンガーラックがずらりと並び、部屋のあちこちにトレーニング用品が転がっている。それと幾つかの机と椅子。それに腰掛けた5,6人の衛兵が酒を飲みながら、葉巻を吸って、賭けでトランプをしていた。
「ヘーレン、戻ったかー!!お前もいっぱいどうだ?」
酒瓶片手にカードを見ている衛兵が入ってきたヘレンに気がついて声をかけた。どことなく酔っている雰囲気がある。
「悪い、今日はすぐ帰るって言ってきちまったから」
申し訳なさそうに答えるヘレンにそれじゃ、しょうがないなって顔をする衛兵は、「そうか、今度は付き合えよ」「ああ、必ず」と答えると衛兵はカードに視線を戻した。
自分のハンガーラックに衛兵のマントを掛けてあった白いローブと取り替えて羽織ると足早に扉に戻り、トランプで盛り上がる集団に、「おつかれーっす」と声をかけて詰め所を出た。扉の内側の声がかすかに扉越しに聞こえた。
「相変わらず、良い夫してるなー」
「ああ、だよな!!真面目で良い奴!!最高の部下だ!!」
「って、あんたの部下じゃないでしょ」
「でも、たまに真面目すぎるところがあるんすよねーこないだなんか____」
なにやら自分の話題で盛り上がっているようで、少し気にはなるが、カミラにああ言った以上、帰らねばと邪念を振り払って先を急ぐ事にした。
道中考えることは、カミラや同僚たちが言っていた真面目すぎるということだった。いきなり変えることなどはできない。やはり気になることは、気になるのだから。でもそれでも変わる努力だけはしてみよう。いつの間にか雪は止み、雲が割れてみえた空は美しいオレンジ色をしていた。見上げて歩いていると、パッと視界がフラッシュした。思わず目をかばったが、まばたきするたびに網膜に焼き付いた光が見える。今の光は?と考えている暇もなく光に遅れて上下に揺すられるような揺れと地響きに襲われた。パッと閃光のした方角、サルフォス山を見上げると、もうもうと爆炎が上がっている。そしてその下を表面の雪を舞い上げて地面が滑り落ちているように見える。雪崩______
それは、確実にこの村めがけて滑り落ちてくる。そのあまりにも想定外の事態に思考が止まり、体が固まる。それは、ヘレンだけではない。見回りの名目でほっつき歩いていた衛兵たちや、そとに出ていた町民も同様だった。ふとヘレンの脳裏に、山道口近くにある家でヘレンの帰りを待っている筈のカミラとミラ、報告し終わって戻ってきているであろうアイリの顔が浮かんだ。そして、我に返る。
「なんとか、しねーと」
そう、つぶやくと全力で叫びながら走り始めた。
「雪崩が来る!!!!!避難しろーーーーーーー!!!!!」
その声で、異変を察知した住人が子供を抱えて逃げていく。見回り中の衛兵も我に返り避難誘導を始めた。必死の形相のでヘレンとは逆方向に走っていく人々をなんとか避けながら突き進む。まだ、カミラたちとはすれ違っていない。逃げ遅れてる?嫌な予感が胸の中でムクムクと大きく広がっていく。焦りとともに無駄な力が入り呼吸が苦しくなる。時がたつごとに息が乱れていく。あと少し、もう少しで妻達のいる自宅が見えてくる。間にある森を駆ける。時折足がもつれそうになっては、何とか踏みとどまって地面をける。雪道にくっきりと足跡を残しながら弾丸のように一直線に自宅を目指す。バッと視界が開けると同時に自宅が視界に入った。それと、自宅が雪崩に飲み込まれるのはほぼ同時だった。
「______っ!!?……そんなっ……」
あしがとまり、呆然と立ち尽くした。一瞬だけ見えた我が家は入り口を瓦礫がふさいでいた。爆風で飛散した岩が屋根に突き刺さり追い打ちをかけるように、雪崩がきた。なら、3人は……その考えがヘレンの体を重くした。ドロッとして冷たい血液が全身をゆっくりと支配するような感覚。絶望を感じるってこういうことかとわずかに冷静さがそれを実感した時には、瓦礫と土砂を大量に含んだ雪の波がヘレンをも飲み込んでいた。
「____________うぅっ……、動……けない……」
下半身を暖かい何かが包み込む。体の半分が埋もれているのか……?目が開かない……急激な眠気が襲い掛かる。次、意識を失ったら……きっともう目を覚ませない。そんな自覚のようなものがある。それでも、力は入らず、目を開けていられない。スーッと意識は闇の中に吸い込まれていった。
ザッ……ザッ……と何かが雪を掘るような音が瓦礫の中に弱弱しく響く。
「ミー______すぐに______から」
朦朧とした意識の中では、声も音もとぎれとぎれにしか聞こえないが、聞き覚えのある声が確かに聞こえた気がした。でも、どうして?
我が家に遊びに来ていたはずの少女の姿を思い浮かべる。
もしかしたら、3人は入り口を瓦礫がふさぐ前にすでに脱出していたかもしれない。事態が最悪だからと言って、最悪の想像をする必要なんてないのに、薄く目を開ける。確かにそこには、赤いマフラーの少女が指先を真っ赤にして、ヘレンを助けようと懸命に雪を掻いていた。確かな感覚から彼女がそこにいることは間違いないだろう。
「____アイ……リ……ちゃ、ん……」
「____っ!!ミーちゃんパパ!!」
指先の痛みのせいか、大きな瞳に涙をためながらアイリがヘレンに呼びかける。
仰向けに雪に埋もれたまま目だけを動かして周囲を確認すると、村はずれから森の手前まで流されていた。しかし、ヘレンが先程駆け抜けた森は雪崩と瓦礫で押し倒され荒れ地と化していた。
「どう……して……ここに、アイリちゃんが?」
「詰め所によって、ミーちゃんパパと一緒に行こうと思ってたから……」
それを聞いて、嫌な予感が少しずつ現実になっていくような恐怖を覚えた。
「そうだったか……」
どれだけ経ったかわからない。10分か……20分か……それとも1時間か。それでも、最後まで可能性を信じる。アイリもここにいた。奇跡は待っていても起こるなんてことは絶対にない。それでもカミラもミラも獣人だ。寒さには、強いはず。まだ望みは消えてない。まずは、アイリちゃんに、まだ大丈夫だってことを見せてやらないといけないな。
ヘレンは全身にぐっと力を入れ、雪にひびを作りそこから一気に起き上がった。
「大丈夫なの?」
「ああ、ちょっと昼寝してただけだ……」
ヘレンは必死に荒い息を抑えながらアイリの頭をなでながら笑いかけた。
ここから最善を尽くそう。まだ、終わってない。可能性は摘み取られてない。諦める理由なんてない。希望をもって立ち上がろうとして、ようやく気が付いた。後ろから迫っている殺意に。
「_______ッ!?!?!?」
直後に背中に走った衝撃に一瞬で意識を刈り取られた。目の前で、目を見開いているアイリを咄嗟に抱きしめると隠すように抱え込んで地面に倒れた。殺気はアイリに気が付くことはなく。のそりのそりと遠ざかっていく。後に残されたのは、血だまりの中で今にも事切れそうなヘレンとその腕で固まるアイリだけだった。
「ミーちゃん……パパ?」
「……」
ヘレンは動かないただ、弱弱しい息遣いが聞こえた。
「ねぇー……苦しいよ……」
「…………」
その呼びかけに微かな反応を示し、抱きしめる力が微かに弱くなった。その腕の間からアイリは這い出した。
アイリは血だまりの倒れるヘレンを揺する。
「なんで、こんなに血が!?ミーちゃんパパ!!ミーちゃんパパ!!」
満身創痍のヘレンはアイリの呼びかけにようやく目を開けた。光のともらない目がアイリを見つめた。
「……私が治してあげるね……」
アイリはそう呟くと傷に触れた。青白い光が浮かぶと同時に時間が巻き戻るかのように雪に飛んでいた血がヘレンの傷口に戻っていく。
「______???」
血は完全に傷口に吸収されて、背中の3本の爪痕が徐々に消え始める傷口が塞がり、痛々しい傷跡だけがあらわになる。
あと少しで傷跡も治るというところで、青白い光は収縮し、アイリはそれと同時にヘレンの背中に倒れこんだ________
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