第23話 追憶Ⅰ~約束~
チェストヴォ共和国南西部山間の町クラネース。2月18日、魔獣によって蹂躙された______
サルフォス山に登頂する為の宿場町で、夏場活気に満ち溢れている一方、冬の間はサルフォス山は、氷の魔獣が出るため閉山で、客もほとんどいない町民だけの町だった。
その日は、1週間ほど暖かい日の続いた後の寒い日だった。
当時は衛兵になりたてだったヘレンは、何も起きなそうなクラネースに配属された。新兵が研修の名目で配属されるのはたいてい重要ではない場所で、そんなところでは、見張り番以外の時間がありあまっている為。そこでみっちり鍛えさせられる。
連日まで気温が10度近くまで上がりぽかぽかと暖かい陽気だっただけにこの日の寒さは応えた。悪態をつく仲間をよそに町の周辺を青い衛兵用のマントと、大柄の体格にあった大剣を背負ってくまなく歩きまわる。結局は、じっとしていても寒いだけという理由だったが、慣れてしまえばどうということはない。そもそもヘレンは元々毛並みがフサフサなこともあって、寒さには強い。こういう時は、獣人に生まれてよかったと少し勝ち誇る。さらに、雪国専用の衛兵のマントも耐寒性に優れていて、ヘレンにとっては少し熱いくらいだ。
周りは雪が降り積もり、その中を村の子供たちが雪遊びに興じている。何人かはついでとばかりに雪中草を掘り出して集めている。雪中草は、冬場食料の少ない土地では重宝する。雪の下でのみ育ち、雪解けで地表に出ると枯れてしまう不思議な草だ。
そんな姿を見ていると、7.8歳の女の子が2人ヘレンのもとに駆け寄ってきた。一人はヘレンと同じ狐の獣人、もう一人は人種。2人とも赤いマフラーをしていて、仲がよさそうに手をつないでいる。そして、ヘレンを見るや否や獣人の女の子が右足にしがみ付いてくる。人種の女の子もそれに習って左足にしがみ付いた。
「おとーさん、みてみてー、雪中草いっぱい見つけたー」
右足にしがみ付いている獣人の女の子がそういいながら雪まみれの草をヘレンに見せる。
「おーミラ、えらいなー」
そう言って、ヘレンは7歳の娘ミラの頭をグシャグシャとなでた。
「ミーちゃんのパパの毛並みフカフカー」
「アイリちゃんも何時もミラと遊んでくれて、ありがとなー」
ヘレンは足にしがみ付いている2人を抱き上げると、自宅に向かって歩き始めた。
「アイリちゃん、その恰好じゃ、寒いんじゃないかい?」
「ほんとに寒いときはミーちゃんに抱き付けば、私もミーちゃんも温かいから大丈夫ーねー?」
「うん!!アーちゃんすごくあったかい!!」
寒い中でも元気な2人を見てヘレンはニカッと笑うと
「そうか、なら、大丈夫だな!!」
町はずれの山道口近くにあるヘレンの家の近くまで行ったところで、今思いついたかのように
「お、そうだ。ミラとアイリちゃんが集めた雪中草、ママに揚げ物にしてもらうか」
そういうと、二人は目を輝かせた。
「「うん、そーしよー」」
そう言って笑いあった。
「おし、それじゃ、帰ろう」
それからすぐに、家の前に着いた。少し大きめのログハウス。ヘレンがここに来る際にヘレンの身長に合わせて作ってもらったものだった。おそらくヘレンがいなくなった後は、また、誰かデカい奴が新兵として来たら貸し出されるのであろう。
今は借家だがいつかこんな家を建てるのもいいかもしれない。
「おし、到着!!ただいまー」
「「ただいまー」」
そう言いながら少し大きめな扉を開いた。中では、暖がとられているのか、扉を開けた瞬間に暖かな空気が漏れだした。
中の温かさに思わず蕩けそうになる3人を狐の特徴を持った亜人種の女性。ヘレンの妻カミラが出迎えた。
「あ、おかえりパパ、ミラ、アイリちゃん。外、寒かったでしょ?」
「ママー」「ミーちゃんママー」
「「せーのっ、あげものつくってー、あはははははー」」
そういって、雪中草を女性に満面の笑みで渡すと、2人は、笑いあった。カミラも微笑ましそうに2人を見つめる。
女性はヘレンに目を向けてその恰好を見て
「まだ、仕事中だったの?」
「ああ、だからまた少し出てくる。でも、すぐ帰ってくるさ。もうすぐ交代の時間だしな」
「そっか、でも、温かいお茶くらい飲んでいったら?」
「ああ、そうするよ。でも、さぼってると思われるのは嫌だから外で待ってる」
「ヘレンったら変なところでまじめねーちょっとくらい緩いほうがいいんじゃない?部下ができたら。あなたは真面目すぎて息苦しいです。とか、言われるかもしれないよ?」
「うっ……それは嫌だな……、まぁ考えとく」
そういうと、家の外に出た。
欄干に頬杖をついて雪景色をしばらく眺めていると不意に背後で扉が開いた。振り返るとカミラではなくアイリが立っていた。
「ん?アイリちゃんどうしたんだい?」
「おばーちゃんにミーちゃんの家でご飯食べてくるって言いにいかないと、あとで怒られちゃうから」
「そうだね。気をつけていってきな」
そう言って、アイリを送り出した。程なく再び扉が開きカミラが顔を出した。
「おまたせ、はいお茶」
中から出てきたカミラはさっそくお盆に乗ったお茶を差し出した。差し出されたお茶からはモクモクと白い湯気が立ち上っている。微かに香るお茶のにおいになんとなく心が落ち着く。ヘレンはそれを受け取る
「おう、ありがと」
そう言って、最初はちびちびと舌を鳴らしながら、最後は一気に飲み干した。寒い中で飲むお茶は特に温かく感じる。内側から温められるようなそんな感覚が心地いい。
その様子を見ていた。カミラが
「今日もちゃんと帰ってきてくださいね?約束ですよ?」
ヘレンが出かける前に必ずこういう。衛兵という有事の際には民の盾となる職業についているヘレンに対して、いつも帰りを待つカミラにとっては、ある意味ではまじないともいえるものだろう。無事に何事もなく帰ってきてくれればいいという気遣いが感じられる言葉だ。
「ああ、約束だ。必ずお前のそばに返ってくる」
そういって、いつも道理にニカッと笑うと、青いマントを翻して雪の中をザクッザクッと歩き始めた。
そのあとを大きな肉球が3つならんだ足跡が雪に残っていく。
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