第21話 黑蜘蛛とミザール

 暗闇の空間が終わりを告げて、空間の裂け目から2人は勢いよく飛び出した。膝に手を置きながら荒い息を整えつつ後ろを見ると、空間の裂け目が少しずつ小さくなり、最後には何もなくなった。

 ほとんどの結界系魔法は、対象が術に囚われた地点に戻される。そして、やはりというか俺たちが戻ってきたのは_____


 ループの外の世界の草原。ループの世界と何ら変化のない空間、それでもここは現実だ。生き物の気配がそこかしこにあふれている。鳥のさえずりや野兎が草原を駆け回る姿。そして、背後の森から聞こえる草を踏みしめて近づいてくる足音。そして、

「おやおや、ちゃんと戻ってこれて、何より」

 感心するようなそれでいて嘲笑うかのような声が耳に届いた。

 ユーリはバッと振り返り、咄嗟にアイリを背中でかばうように右腕でガードしながら半歩前に出た。

 森と草原の境目そこには一人のひょろ長い男が立っていた。

 真っ白な髪とわずかに黒みがかった肌。顎の線の細さ以外に特徴が見られない。そんな顔の男の服装は打って変わって特徴的なものだった。フードのついた一切装飾のない黒いマントを羽織り、灰色の服を着ている。そして、右の中指には、真っ黒な宝石のついた指輪がされていた。

「おまえは誰だ……‼」

 警戒心むき出しのユーリの声に男は薄く微笑んだ。

「僕か?僕は、ミザール。ミザール・ウェスパロイヤー」

 ユーリには、目の前に立つ男が狂人には見えなかった。それどころか何処にでもいる商人や職人にしか見えない。それでも確かに男はミザールと名乗った。ヘレンの話に出てきた。敵の大将、7つの冠セブン・クラウンの一人。六番目の子シックス・チャイルド、ミザール・ウェスパロイヤー。その人が今目の前にいる。

「本当に、お前がそうなのか?」

「勿論そうだとも。でも厳密には違うかな。僕は、黑蜘蛛の人格だからね」

「黑蜘蛛……どういうことだ?」

 こいつが黑蜘蛛だとしたら……ヘレンは……

「僕らセブン・クラウンの子供たちは、使い魔を自らの体に呼び出す能力がある。つまりは、顕現。さっきの蜘蛛は僕。あ、それとねー君のお仲間は、時機に絶命するだろうね。ほとんど息もなかったから捨ててきちゃった。」

ユーリの顔を見て、思い出したかのように、黑蜘蛛の人格は嬉々として語った。

 あまりの事実に一瞬目の前が真っ暗になる。

「___ッ……フッーー……俺にそんなに情報を与えていいのか?」

それでも何とか堪えて一呼吸おいて冷静さを取り戻した。

「全部、失って、敵の情報すら持って帰れなかったら哀れでしょ?御情けをあげたんだよ。」

明らかな挑発に乗るな……冷静に冷静に……

「はっ‼……性格の悪さがにじみ出てやがるな。」

「あれ?親切心のつもりだったんだけどね……まぁどうせ、本来の人格に交代したらまともに話しすらできないから、聞きたいことがあるなら今のうちだよ?」

「だったら、1つだけ。アルコルを手に入れて、お前たちはどうするつもりだ?」

「来るスターダウンの夜に。アルコルの能力を使って、ポラリスを再び呼び覚ます。」

「やっぱりそうなるのか……」

 24年に一度の周期で訪れる彗星が魔力を降らせる。その膨大な魔力を利用して、伝説のドラゴンの復活をさせる。そして、創造の1日を実現させる。世界が一度終わる。前回はアルコルがいない状態で何とか復活の儀式を強行したセブン・クラウンを7つの首のうち4つが復活したところで阻止して事なきを得たが、今回は、アルコルを奪われたら……まずは、逃げる算段を______

「じゃ、はじめようか」

その発言とともに、そんな考えは打ち砕かれた。

「影球……」

ぼそりと呟いた男の右の中指につけられた指輪から影が噴き出し、2人を中心に渦を巻き始める

「ッ_____なにこれ!?」

「⁉しまった_____‼」

それに気が付いて慌ててアイリを抱えて跳躍するも影が先回りしてユーリの行く手を阻んだ。肩から影に突っ込み弾かれるように叩き落され、ギリギリでアイリを庇うもユーリは二人分の体重で背中から受け身なしで落ちた。あまりの衝撃に一瞬呼吸が止まった。

「‼_____がはっ……おほっ……」

そうしている間に影は直径20mほどのドームを作り出し、2人を完全に閉じ込めた。

何とか体勢を立て直す。

「はい、バトンタッチ」

 ドームの外でミザールが顔の前で、左手を当て払うと、そこには奇妙な枝の文様の描かれた半面が姿を現した。


「あははははははははっ、これで逃げるなんて馬鹿な真似は出来なくなったなーどーお?籠の中の鳥になった気分は?楽しい?うん、超楽しいーその絶望的な目が見たかった!!」

複合音声のような不快な声が耳に届いた。そして、その声の主は、影の中にするりと入ってきた。

 残された武器は途中で魔導騎士から拝借した魔導剣が一本。変則させれば扱いが難しいが固定すれば、魔力消費も抑えられる。一か八か仕掛ける以外の道は、もう残されていない。

「アイリ、俺の後ろに隠れてろ」

 そういうと

 ユーリはゆっくりと左足を前にして半身になると魔導剣を鍔が唇の右横に来るように構える。いわゆる八双の構えを取ると、魔力を使って細身の片手剣状に青い刃を固定し臨戦態勢をとる。

「やっと、やる気になってくれたの?ずいぶん待たされたよ」

不敵な笑みを浮かべるとミザールはほぼ無警戒のままに間合いに踏み込んだ。それを待っていたかのように、ユーリは一歩すり足で近づき、最小限の動きで、相手の左肩と首の間に振り落とした。勿論そんなわかりきった攻撃は読まれている。ミザールは振り下ろされた剣を影の硬化壁を部分展開させて防いだ。読まれている攻撃をワザワザ仕掛けたユーリは、剣が弾かれた勢いを利用して右の脇腹めがけて切り下がり、それも防がれ、後ろに下がった反動を利用して足首だけで前に鋭く飛び出すと相手の鳩尾めがけて刃を突き出す。しかし、これすらも読まれ防がれる。

「あぁぁぁぁぁぁぁーダメだねぇぇぇそれじゃあ、奇襲にもならない。もっと頭使わないと」

そういうと、ミザールは影でユーリと同じ細身の片手剣を生成すると剣を逆手に構える。ダガーなどを使うときのような構えで左手を前、剣を持った右手を前にして半身に構える。と一瞬の間をあけて踏み込んだ。当然のように左の外側から剣が来る。そう考え相手が踏み込んでくるのに合わせて、左でガードする。しかし、剣に触れる瞬間。目の前でミザールの片手剣は姿を消した。

「ユーリ、右!!」 

その声で気が付く刀身が内側から迫っていた。咄嗟の判断でなんとかその刃を上に滑らせると、ユーリは大きく距離を取った。ユーリの頬に一筋の切り傷ができ、そこから血が滑り落ちる。

 何があった?冷静に考えて一つの結論に至る。指先で剣を内側に持ち替えて、さらに手首の動きだけで刈に来た。フェイントのためのダガーナイフの構え方……一瞬遅れたら剣が首に切れ込みを入れていただろう。手首のスナップだけではさすがに首は落ちなくても致命傷になりうる攻撃が飛んできた。

 ユーリは一瞬たじろぐ、そこにすかさずミザールの変則的な攻撃が絶え間なく振り下ろされる。右から来たはずの刃が左から飛んでくる。防がなければそのまま防ぎにかかれば反対側から、右手に持っていた剣を左に瞬時に持ち替えて、一撃一撃がユーリの命をかすめていくような剣撃。防戦一方な上、完全に押されていて、切り傷が増えていく。しかもそのすべてが急所をわずかに外されている。

「っ______!?」

「実践は初めてって感じだねぇぇぇーその苦痛に歪み、焦る顔。最高にいぃぃぃい。いたぶりがいがあるってものですよ!!」

 傷を増やしていくユーリの姿をあざ笑うかのような複合音声が煩わしく耳に響く。

距離をとってもすぐに詰められ斬撃を浴びせかけられる。それでも致命傷を与えてこない。完全にもてあそばれている。最初の交戦から20分ほどが経ち、ユーリが片膝をついた。視界の端に心配そうに胸の前で手を組みこちらに何かを叫んでいるアイリの姿をとらえる。

 なんとか立ち上がり、再びミザールに切りかかろうと体勢を整えたところで、何かが外からくるような気配を感じて、瞬時にアイリのところへ向かって駆け抜けると、慌てて水壁の魔法を使った。

 直後熱波が影球のドームを襲い、ドームを吹き飛ばした。

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