第18話 奥深い森の魔の手
襲撃開始から4時間15分_____
真後ろの地面が着弾した魔法によって大きくえぐられる。四肢に炎を灯した大狐の荒い息が周囲にこだまする。全身から噴き出す汗と傷口からあふれ出す血を周囲にまき散らしながらユーリと今なお魔法によって眠り続ける少女を背に乗せたヘレンが奥歯をかみしめるような苦い顔をして、森の木々をすり抜ける。それを少し遅れて追う薄ぼんやりとした明かりを纏った人型の生物は素早く、木々の枝を巧みに利用しヘレンたちに徐々に迫って来ていた。
ユーリも飛んでくる魔法攻撃を水魔法で相殺しつつ隙を見て迎撃を試みるが、いざ攻撃しようとした時フッと敵の気配が闇に溶けるように消え、放った魔法は明かりだけを切り手応えもなく、木々の枝を切り飛ばしながら、未だ青黒い空に吸い込まれていく。
『ありゃ……なんだ?無駄にすばしっこいし、しつこい。あぁーー鬱陶しいな……森ごと焼き払ってやろうか……』
そろそろ体力と我慢の限界なのかヘレンの声色には、いつもの余裕はなくなっていた。
「あれは多分、アウレシスっていう下級魔族だろうな……シェイドから聞かされた話に出てきた。あいつらは、影を泳ぐ。だから……こうすればいい」
そういったユーリは、不敵な笑みを浮かべると水灯を使った。
直後ユーリの手のひらには、夕刻に森を通る際と同様の拳程の青い炎を手のひらに灯した。それに伴い暖かな青い光が周囲を照らし出した。
猿がおおよそ影から出てきたタイミングを見計らって青い炎を真上に軽く放る。
猿がその炎を通過するか否や青い炎は爆発するような勢いで燃え上がり、周囲に眩い光を放ち、影が搔き消え、猿のような姿が照らし出された、長細い両手足は、まるで鞭のようにしなり、裂けた口から飛び出す鋭い牙がギラギラと青い炎に照らされて薄く光る。耳がオールバックの様に後ろに流れた頭は涙型に似ている。
浮かび上がったアウレシスの数は約20体。一瞬怯んで急停止するもまた、こちらに向かって弾けとぶようにこちらに向かってきていた。
「思ってたより数が多いな……」
『不安になるような呟きはせんでほしいのだが?』
少し呆れたようなヘレンの声が頭の中に響く。それに「へいへい」と頷くと掌に氷でできたランタンを作り、魔法でその中に炎を灯し、さっきと同じ様な感覚で軽く上に放ち、それに目掛けて人指し指をさし親指を立てる。いわゆる指鉄砲で狙いを定めると、指先に空気中のチリを集めて小さな弾を形作り、それを中心に渦を巻く様な気流が発生したのを感じた。そこに遅れること数秒でフワフワと浮かぶランタンをアウレシスの集団が差し掛かった。
それと同時に指を弾き、同時に指先に集まったチリの弾丸が青い炎を灯してスクリューしながら発射される。一瞬の煌めきとともに打ち出された弾丸は、瞬きをするほどの間にランタンへと吸い込まれていき、それを貫いた。
同時に、酸素が入り込んで激しく燃えるかの様に火を吹き出し、ランタンが内部から破裂して氷柱に姿を変えてアウレシスに襲いかかった。
とっさのことに、猿たちは、ほぼ無防備な体勢のまま氷柱の襲撃を受けて、もがくように体勢を変えるも間に合わず。
ザクザクッゴリッという音と共に猿たちの肉を抉り、骨を断つ様な音が静かな森に響きわたった。氷柱の直撃を受けた猿たちが断末魔の叫びを上げてボトボトと、力なく地面に落下した。数にして13体。10mほどの中に血溜まりが出来ていく。
他の猿たちも手傷を負ったのか、悲鳴の様な警戒音を放つと散り散りに森の闇の中に溶ける様に姿を消した。
襲撃開始から4時間40分___
アウレシスの集団を撃退したはいいが、逃げ回りながらの戦いは、疲弊し森の中を真っ直ぐ進むのも困難で、方角を見失ってしまっていた。辛うじてわかる情報は、微かに白み始める前方の空のみだ。
ヘレンはもはや走りづめで、アウレシスの撃退から一度も思念を使うことなく荒い呼吸をしながら猛然と森の中を駆け抜けていた。時折、グラリとからだが揺らぎ、よろける。それでも体勢を立て直しペースは維持し様としていたものの、時間を追うごとに徐々にそのペースは落ちていた。押し進んで行けば行く程どんどんと鬱蒼と茂る森はヘレンの視界を奪っていく。暗い森の中から突如として気が出現するようになると木々の枝がこめかみをかすめて後ろに飛んでいく。いつ追突してもおかしくない状態で、ユーリはアイリを抱えるようにして、必死にヘレンにしがみついていた。
時折、開ける視界から薄ぼんやりと照らされる空がのぞき、時間の経過を感じさせた。
「そろそろ、朝になる。なぁヘレン……そろそろ休息をいれないと……」
『……』
ヘレンの身を案じたユーリの言葉も彼には届いていないのか、その訴えにも無言で首を振るだけで、足を止めようとはしなかった。
それからどれほど時間がたっただろうか、突如として開けた視界に、正面から朝日が差し込み、一瞬目が眩み、とっさに目を覆って強く瞼を閉じた。幾度となく瞬きをして、2.3秒後、ようやく目の焦点があった。
そこは広範囲で140本余り点在する倒木の荒野だった。
そこでようやくヘレンは足を止めた。しかし、明らかにその様子はおかしかった。ズザーッという摩擦音が耳に届き倒木の欠片がその風圧でブワッと勢いよく舞い上がった。
『…ッ!!?……まずった……な……』
「!?……どうかしたか?」
ヘレンは、説明し辛そうな曖昧な表情を浮かべると、大き目な倒木の欠片を口にくわえ差し出され、流れで受け取ったユーリは小さく首を傾げた。長さは30cm程で太さもそれなりで、見た限り500gはありそうなそれには、あまりに質量が足りていなかった。
『……昔の書物でしか見たことがなかったんだげな……セブン・クラウンの6番目の子が現れたところから想像はついたけどなぁ……影の最上位の魔物……』
動揺どころではない。彼の声には、明確な恐怖が感じられた。そして、彼が言いたいことをユーリも理解した。しかし、同時に一つの疑問を抱いた。
「!!?……黑蜘蛛……ワリガスミ……でもどこに……?」
目の前に広がる景色は、光が届かないほどに鬱蒼とした森の中からとびだした円形に直径150m程の倒木の点在する荒野。それと中心に生える枯れ木が1本。粉々になった木くずが散乱した地面と眩い朝日に輝く空。どこか殺風景で、どこか穏やかで神秘的なその光景には、それらしき魔物の姿は確認できない。
『わからないか……でもまぁ……巣の中に入っちまったから……もう、遅いんだ……けど、お前ら二人だけは逃がして見せる。』
「お前……何を……っ」
ユーリは、無意識に持っていた木片を強く握りしめた。
言葉をつづける前に、嫌な浮遊感が体を襲った。ヘレンが背をっていた斬馬刀が突如として炎をともしヘレンと未だ眠り続けるアイリの身体を持ち上げ
『じゃーなっ……』
ヘレンの咆哮波によって推進力が発生し進行方向へと打ち出した。
今までに体験したことのない力で押し出された斬馬刀は2人を乗せて太陽に向かって突き進んだ。
ユーリの握りしめた木片が斬馬刀の上から零れ落ち、ユラユラとゆれるそれは、荒野に生える枯れ木に当たりコツンという乾いた音が静かな荒野に響き渡った______
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