所願屋敷へおいでませ
杏仁
第1叶
|ここはどこだろう…もう、力が入らない…身体にコンクリートの冷たさが更に自分の身体を冷たくする。遠くから人々の歩く音がする。私は今の家から逃げてきた、両親を早くに亡くし、親切をたらい回しにされ、今の家にきた。だが、どこの誰だか分からない子をいきなり、受け取り、育てろと言われて快くはい、分かりましたなどと言う人間がいるだろうか。その家に居場所などなく出てきた。
「…このまま…死ぬの…かな」
薄れゆく意識の中、下駄のカラン…コロン…と言う音だけを聞いた。
「うっ…」
次に目を覚ました時は柔らかい布団の上だった。しっかりした布団に寝るのはいつぶりだろうか…。起き上がろうとしたが、酷く衰弱した身体は起き上がることすら出来なかった。再び、布団に身体を預ける。
「ここは…」
首を動かせる範囲で動かし、辺りを見渡してみるとここは和室だった。一角には帳があり、傍らには水が入っている桶、湯のみに瓶が数個。それだけしか確認出来なかった。ここは天国なのか、地獄なのか…はたまたまだ現実なのか。すると、スッと障子が引かれる音がした。
「おや、お目覚めですか?」
この家の主か、住居人だか分からない人が入ってきた。その人物を確認するべく首を動かすと…。
「大分、衰弱しておりましたのでお食事をご用意いたしました」
「!!!?」
そこには小さな狐がお盆を持ってちょこちょこと歩いてきていた。
「なっ…き、狐?!」
衰弱していた身体が驚きのあまり、跳ね起きる。やはり、私は既に死んだのか?それにしてみては身体はリアルに気だるく、空腹感もリアルだ。
「驚かれますよね、喋る狐は初めてですか?」
「う、うん」
随分、丁寧な口調だ。お盆を私の膝の上に置き、蓋を開く。
「お口に合うか…鶏肉と卵のお粥です」
ふわっと白い湯気と共に食欲をそそる香りが漂う。思わず、ゴクリと唾を飲み込む。
「火傷に気をつけてお召し上がり下さい」
小さな狐はレンゲを差してそう言った。私はレンゲを手に取り、お粥を少しすくって口に運ぶ。柔らかい卵と米が舌で溶ける。何もない胃に次々とお粥が入っていく。それほどまでに身体は食事を望んでいたらしい。
お粥を数分で平らげ、一息つく。
「ご馳走さま」
「見事に平らげましたねー」
小さな狐は嬉しそうに頬を染めた。生まれてこの方、こんな美味しいお粥は初めてだった。
「食事を済ましたのでお風呂に入ってきてはいかがですか?」
「風呂…?」
そう言われて初めて自分がいかに汚れているかを悟った。流石に不衛生のままでいる訳にもいかないだろう。頷き、布団から出ようとした時、障子が開いた。
「そんなみすぼらしい格好されててもこっちが困るしな」
「…喋る狐…パート2…」
今度は大きな狐が現れた。小さな狐とは対照的にズカズカと部屋に入ってきたかと思うと私をヒョイと担ぎ上げた。
「え?!ちょっ」
「
「客人じゃない」
小さな狐の注意も聞かず、私を担いで風呂場に直行する。客人じゃないって…どういうことだ、私は来たくてここに来た訳ではないのに…風呂場は丁度、私が寝ていた部屋の真反対にあった。そこに入ってから大きな狐…檎臥と呼ばれた狐に降ろされた。
「あんな所で倒れてた時はびびったぞ」
「あんな…所?」
「覚えてねーのか?路地だよ」
路地と言われて最近の記憶を思い起こす。私が倒れていたのは確かに路地だった。その時の記憶を思い出す度、嫌な思い出まで蘇る。
「思い出したみてーだな、あんな所に倒れられてちゃこっちが迷惑だ」
「…好きであそこに倒れた訳じゃない」
「あそこは人間界と人外界の…まあ出入り口みたいなとこなんだよ、邪魔だったついでにお前を拾ってきたんだ」
邪魔ついでに拾うか、普通…てか、やっぱりここは私が生きていた世界とはまるで別ものの世界と言う訳か…。あの世界じゃないだけマシだろう。
「とりあえず、風呂入るぞ」
「うん…って…あんたも入るの?」
「ここ最近、仕事ばっかで入る余裕すらなかったんだよ…ほれ、脱がすから手退けろ」
…ん?…いやいやいや!!!なに言ってんの、この狐!?脱がすって…いやそもそも私、女だけど!こいつオス?いや、明らかオスだよな…自分の中であれこれ、考えている間にもこの狐は結ばれている紐を解いていく。
「じ、自分で脱げるから!!」
「ったく、遠慮すんな、もたもたされるより俺が脱がした方が早いだろ」
「遠慮してない!!脱げるから!!自分で!!」
しばらく、そんなやり取りをしてからこの狐は動きを止めた。やっと諦めたのかなと思い、少しホッとした…が問題はこの先だった。浴衣?の裾を掴んだかと思ったら一気にガバッと上げられた。
「!!!???」
「…」
もう、思考が追い付かなかった。
「…お前、女か…」
所願屋敷へおいでませ 杏仁 @annindouhu07
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