特別な能力が目覚めちゃった

 また、あの感覚が襲ってきた。


 あれの気配がする。


 やはり、とても強い気配。気配を発する対象の方向と距離が、はっきりと分かる。


 あのとき、この気配をたどって歩いた先で、あれに出くわしたのだ。「気配を感じる」という経験はほとんど無いが、あの化け物の気配は、見た目通りに強烈だ。気配を感じた途端、反射的に足を止めて、気配の方向に振り向いてしまう。


 ――と、ひとつ不思議に思ったことがある。これほど強い気配なのだが、周りを歩く学生や通行人は、それに気づいた様子がない。何も変わった様子がなく、皆平然と歩き続けている。急に立ち止まり振り向いた僕が、明らかに周りから浮いている。


「気配」などという、曖昧で抽象的な感覚なので、感じ方に個人差があるのは当然だろう。しかし、この気配に気付かない人がいるなんて信じられないほどに、あまりにも明確な気配なのだ。それ故に、僕以外の誰も気がついていないこの状況に、違和感を覚えた。


 ……いや、これってもしかして、あれだろうか。うん、あれかもしれない。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない――というか、そうとしか考えられないだろう。こんな感覚自体初めてなのだ。経験がないのだ。それでいて、この感覚を得られているのが僕だけだということは――。


 ――僕だけが持っている、特別な能力が目覚めちゃったとか、そういう中二的な展開なのだ。


 そうなのだ。そうなのだろう。僕だけがあの化け物の気配を察知できる、選ばれた人間なのだ。もしかしたら、倒せちゃったりもするのかもしれない。戦うための能力も、同時に目覚めちゃってるのかもしれない。この町に訪れた最凶の危機を、僕の特殊能力によって見事に解決するのだ。僕こそがヒーローなのだ。主人公なのだ。僕があの気持ち悪い化け物を倒して、この町を救って、清水さんに惚れられる、ハッピーエンドの物語が今、始まろうとしているのだ。


「…………」


 ――なーんてことをね、考えたりしちゃうよね。


 こういう考えはいけない。自分の能力を過信した噛ませ犬が、敵に突っ込んでいって返り討ちにあうための前振りにしか見えない。たまたま僕が化け物の気配を感じられるというだけで、どうして戦う能力まで身についていると思ってしまうのだろう。一瞬でも中二病が発症してしまった自分に呆れてしまう。僕には化け物の気配が分かる。それだけであって、それ以上でも、以下でも無い。それでいて、その能力を持つのが僕だけとも限らないのだ。


 しかしまあ、僕があの化け物の気配を察知出来るのなら、その能力は効果的に使うべきだろう。具体的には、危険回避に使える。要は、その気配に近づかなければ、僕は化け物に出会うことは無い。他の誰よりも、この町で安全に暮らせることになる。気配が分かるからと言って、わざわざ戦いに行く必要は無いのだ。逃げればいい。


 この特殊能力っぽいものに頼って、僕は僕の身を守る。


 ――しかし、そうなると、どうしても、もう一度確認しておきたいことがある……。


 この気配が本当に、あの化け物のものなのか。百パーセントの保証があるものなのか。


 昨日はたまたま、この気配の先にあいつが居ただけで、本当は全く関係のない別の何かなのかもしれない。それを確認しておかないと、気配が無いからと油断している時にばったり出くわして、食い殺されてしまうかもしれない。それを防ぐためにも、もう一度、確認しておく必要がある。この気配をたどって、その先に、本当にあいつがいるのかどうかを。


 しかし、正直なところ、単純な好奇心という部分も大きい。結局のところ、自分に備わった特殊能力を試してみたいという、中二的な好奇心で危険を犯そうとしている。昨日は走って逃げ切れたから大丈夫だろうという、増長もある。それでもまあ、この気配の確認をしておくことは必要だろう。大丈夫だ、いざとなったら内ポケットに入れたナイフもある。


 ――よし、行こう。


 僕は少しビビりながら、同時にほんの少しだけワクワクしながら、歩き始めた。


 気配をたどって。細心の注意を払って。

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