維管束に流れる

カミハテ

維管束に流れる

現在1


 木造アパート二階。錆びついた204号室のドアの前でぼくは立ち尽くしていた。

 

 夕暮れの時間帯から少しばかり時間が経ち、辺りはひっそりとして暗い。耳を澄ませると、夏の虫の声が遠くから聞こえてきた。

 ぼくの震える両手は勝手に握りこぶしを作っていた。開くと、汗で不快に濡れている。204号室の部屋の主は、今ごろ生物部の部室でシュレーゲルアオガエルを無残にもバラバラにした犯人が誰なのか思案するのに忙しいだろう。


 彼はぼくのことを疑いもしない。ぼくはそんな彼を世界中の理不尽から守りたいと思う。


 そうだ、これはぼく一人のためではない。彼のためでもあるのだ…。


 自分がこれから行わんとしている行為、その理由にこじつけのような正当性をつけ、ぼくはこれから204号室に不法侵入する。明確な目的と、達成すべき使命を持って。

 鼓動する緊張感。ぼくは左の手首に右手親指をあてた。腕時計で一分を確認しながら、脈拍を数える。ぼくは鼻からゆっくりと息を吸い、普段よりはるかに早くなっている脈拍が正常な数値に戻るまでそうしていた。


88、89、90、91、92、93、94…………。


 やがてときは訪れた。ぼくはポケットから鍵を取り出し、204号室の鍵穴に挿した。重たい開錠の音が夜の静寂に落ち、揺れる音の余韻がぼくの鼓膜をそっと叩いた。


……


…………

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