移住の船

梯子田ころ

移住の船

「それでは、本会は賛成多数により、本案を可決とします。」

「構わないでしょう」

「異議なし」

「以上で本会を閉会とします。私は退出しますが、皆様は少し待機していてください。」

議長席に座っていた男が、すっと立ち上がり、紳士的に退出していった。

一瞬、場の空気が緩まる。

「彼、アンドロイドでしょうかね?」

「で、しょう?議長が天然生命だったら、それはそれでこの会の中立性に問題がありますよ」

「そういえば、この会が前回に開かれたのは、100年以上前らしいですよ」

おぉという唸りが巻き起こる。

「すごいですねえ・・・。」

「祖父が言ってました。本当にあるのか不思議だったって」

「ま、開かれなかったと言うことは、つまりは無かったということでしょうね」

「それもそうですねえ・・・」

一瞬、沈黙が訪れる。

「本当に、我々がこんな決定を下して、良かったんでしょうかね?」

「いいんですよ。どのみち、この会にできるのは求められていることの承認です。それ以上でも、それ以下でもないのでしょう」

「その言葉、便利ですよね・・・」

「はい?」

「いや、なんでも・・・」



それから、何十年もたった。



「俺らのところにはいつくるんだろうな?」

「なにが?」

「いや、ひとつしかないだろう?」

「ええ、わかんないよお」

「・・・ほんとうに?」

「嘘。考えないようにしてただけ」

サチは悲しそうに笑った。

「「あの船に、いつの日か・・・」」

俺らは同時に言って、その希望を噛みしめる。

いつものことだ。


何十年も昔、人類はこの地球を捨てる覚悟をした。

もう、地球は限界だった。

環境破壊はおそろしいスピードで進み、もはや人類は自然環境下で住めなくなった。

けれど、人類は都市コロニーという巨大な人工居住地をつくり、外の世界と決別することでそれを乗り越えた。

そこで人類は、この世の殆どの生産行為、管理行為、統治行為・・・全てを機械に委ね、安泰の生活を送った。ついに人類は楽園をつくりあげたわけだが・・・。

結局、機械が出した判断は、地球脱出が人類生存の最後の選択肢であるということだった。

ちょうど、機械が宇宙に展開させていた探索ユニットが地球に極めて近い場所を発見したと発表。地球が持つ(機械が独自に開発してきた)技術力で人類は自然環境下の楽園をそこに作り上げられるということだった。

人類の最高意思決定機関である『人類評議会』は、順次新しい地球に向けて移住を開始すると決定し、移住者には俗に『招待状』と呼ばれることになる『移住命令』が下ることになった。

数十年をかけて全人類を移住させる計画だ。



サチは女の子で、俺の恋人だ。

恋人だ、というと少し語弊がある。

俺の奥さんだ、古い家族観からいえば。

といっても、俺たちはまだ十代で、親の家に暮らしている。

「ふう・・・。このコロニーも、だいぶ人が減ったね?」

サチが言った。

「そうだな・・・。もう大分いなくなった。初等教育センターで知り合った連中は、みんな行ったな」

「私たち二人を除いて、ね」

「その通りだ」

俺たちはそういって、手をしっかりと繋いだ。

移住船の離陸がよく見える、この丘から。



「なんで私たちには招待状、来ないんだろう?」

「親の仕事だろ、確実に」

「ああ、そういうことなのかな?」

「それ以外に何がある?」

俺たちの親は、仕事をしている。

楽園のシステムの維持のために、必要な仕事だ。

その仕事のせいで、未だに移住できずにいる。

「私たちはどうする?」

「え?」

「仕事のこと。仕事、するの?」

「ああ。仕事・・・したくないけどな」

「ふうん・・・」

「お前、どうしたんだ?イキナリ」

「いや、別に・・・」

きらきらと、人工の星たちが輝いている。



・・・次の日のことだった。

また俺たちは、丘から移住船を見下ろし、眺めていた。

「きちゃったの」

サチは言う。

「え?」

「来ちゃったの」

「なにが?」

「・・・招待状」

「は・・・い?」

「うん」

「まじかよ・・・」

「ほんとう。ごめんなさい」

「俺のところには・・・きていない」

「うん・・・。」

「来週の移住船か」

「そう」

「どこだって?移住地は」

「うんと・・・東部州」

「東部か・・・覚えとくよ。俺たち、お別れってことだな」

「まだ、わかんないじゃん」

「そうだよ、絶対」

「決めつけないで」

「いいや、決まってる」

「・・・かもね」

「だろう? 頑張れよ、移住地でもさ」

「うん、頑張る」

「俺に、何か言っておくこととかあるか?」

サチの方を見てみる。

サチはなんだかぷるぷる震えている。

「馬鹿」

パチーンと俺は殴られた。



サチは、確実にその次の週の移住船で飛び立っていった。

俺は丘から、その移住船が見えなくなるまで眺めていた。

俺の番は、もう少し後になりそうだった。

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