009
少し車を走らせて、ガソリンスタンドに入ったときのことだ。
ぼくは小銭しか持ってなかったもんだから、アカリから千円札をいくらか借りて少しばかり給油してたんだ。
「これから、どうしますか?」
助手席に座っているアカリが、おそるおそるというように聞くもんだから、ぼくは「どうようか」なんて言いながら、少し悩むふりをして、給油を終えて席に乗り込んでから「じゃあ、ショッピングモールまで案内してくれよ」と答えた。
アカリのやつがぼくの言葉を聞いてわけがわかんないな、なんて顔をしていたもんだから、ぼくは言葉を付け加えることにしたんだ。
「服を変えたいんだよ」
なんだか、状況の異常性の中でぼくのその言葉は当たり前のことすぎて、これまたひとつ、ちぐはぐが増えたような気分になったな。
そういうわけで、ぼくとアカリはショッピングモールに行き着いたわけだった。
でもぼくはファッションってのがてんでわかんないものだから、アカリに少しばかりアドバイスを貰うことにしたんだ。
人のいないショッピングモールってのはホラーゲームのステージのような不気味さがあったんだけど、それはそれで独特な雰囲気なもんで、ぼくは楽しめたな。
何より、食事が手軽なのがいい。ショッピングモールってのは既製品のようなものがいろいろと置いてあったりするもんだからさ。
ホラーゲームの話をしたから、缶詰なんかが連想されやすいかもしれないけど、そういう話じゃない。
パンや弁当、惣菜だけじゃなくて、ミスドのドーナツなんかもそのまんま並んでたりするんだよ。
こんなことなら、これまでも最初からコンビニよりもショッピングモールを優先していくべきだったな。
"アカリのアドバイスを受けて"なんて言ったけれど、ほとんどアカリから受けた指示通りに買ったようなものだった。
アカリに勧められたとおりの服を着て、アカリに勧められた他の何着かを予備でショッパーに詰めて、両手に下げながら歩いていたときのことだ。
ありがちな話なんだけど、どうやらそのショッピングモールの最上階が映画館になっているらしいんだよ。
ぼくは映画ってのはそれこそDVDで済ましちゃうような人間でさ、あまり映画館というものに馴染みはなかったんだけど、どうもこの日は満更でもない気分だったんだな。
だから、なんとなく「映画でも観ないか?」なんてアカリを誘ってみたんだ。
アカリは「ホラー以外ならいいですよ」って言って、ぼくより先に上りのエスカレーターに乗り込んだ。
なかなかどうして、アカリも乗り気らしかった。
ぼくはこれが普通の世界ならただのデートだな、なんて思いながら後を追ったよ。
もっとも、普通の世界じゃぼくらは出会ってすらいないだろうけどさ。
映画館の上映スケジュールも電車の時刻表同様ひとりでに機能しているらしく、夏休みの終わりの頃だったから、ポケモンや仮面ライダーのような子供向けの映画も多く並んでいたんだけど、ぼくらはその中から、有名な洋画シリーズの新作を観ることにしたんだ。
ありがちな選択だろ。何にありがちか、なんてわかりゃしないけど。
ぼくは洋画ってのは字幕で観るタイプの人間なんだけど、アカリは吹き替えで観るタイプらしくてね。
ちょっとばかし喧嘩めいたディベートのようなものが繰り広げられたんだけど、最終的にじゃんけんでぼくが勝って、字幕で観ることになった。
誰もいない劇場のど真ん中の席にふたりで腰かけて、適当に取ってきたポップコーンを食べながら観る映画ってのは悪いもんじゃなかったな。
映画も悪くはなかったよ。とてもありがちな、ありふれた名作ってやつだった。
どうも映画ってのはどれも似たようなものに見えて仕方がないな。
本質はずっと似たような話を繰り返し続けていて、表面をとっかえひっかえしているようなものだよ。
同じようなレシピをひたすらに調味料をとっかえひっかえしながら作り続けてているような、そんなルーチンの円環を感じてしまうんだよな。
まぁ、そんな話は映画に限ったことじゃないんだろうし、とっかえひっかえしているところの、調味料ってのが何よりもばかにできないんだろうけどさ。
大抵の物事ってのは、考えれば考えるほどばかげている気がして、仕方がないんだな。
そんなもんだから、映画を見終わった後に交わした感想なんてのは「映像の迫力がすごかったな」だとか「ラストの盛り上がりはすごがったな」だとか。
そんな、同じジャンルならどんな映画にでも言えてしまいそうなものばかりだった。
いや、別にこれは悪いことじゃないんだと思うよ。少なくとも映画の感想という話題で盛り上がれるのは確かなんだから。
初デートの行き先に迷ってるってんならぼくは真っ先に映画をおすすめするね。
なんせ、映画を観ている間は話さなくたって楽しいものだし、感想だってどっかで聞いたような言葉を並べ立てるだけでいいんだから。
実際、そんなことをしているだけでもそこそこ楽しい時間というものはできてしまうんだから、人間ってのは単純極まりないんだろうな。
やっぱり、こんな世界に頭のネジがちゃんとはまりきってるやつなんて誰一人としていないのさ。
ほら、きみにだって、心当たりくらいあるだろ?
ぼくには吐いて捨てるほど、あるさ。
いや、そんなことを吐いて捨てちまうようだから、あるんだな。
◆
その晩、ぼくらはショッピングモールの奥にあったニトリのベッドで夜を明かした。
誰だって寝てみたい場所なんじゃないだろうか。こんなの、透明人間にでもならないとできやしないな。
なんならホテルや旅館の類いを探し回ってもよかったんだけど何故かぼくからもアカリからもその提案が飛び出すことはなかった。
というのもね、ぼくは。あくまでぼくは、なんだけど。
そんな奇妙な寝床で過ごすような、ちょっとした違和感で少しばかりすんなりとは眠れないような。そんな夜もどこか好きで仕方なかったんだよ。
なんで好きだったかだとか、そんなことはやっぱりうまく言えやしないんだけどさ、ぼくはうまく眠れなくて二人でipodのイヤホンを分け合うような、そんな夜も好きだったんだ。
きみに伝わる気はしないけど、そもそもぼくはきみに伝える気すらないのかもしれないな。
ある種の思い出や心情ってのは、他人に伝えることももったいなくなるときがあるんだ。
減っちゃうわけがないのに、減ってしまうような不安を感じるんだな。
ぼくは少しだけ、ほんの少しだけど、アカリもぼくと同じような気持ちを抱いていてくれたらいいな、なんて思ったんだ。
はたして彼女がどうして寝床に関して文句のひとつも言わなかったのか、ぼくの知るところではないんだけどさ。
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