貴女のための魂狩り・堕天使と悪魔のワルツ

シムーンだぶるおー

第1話 天使は悪魔のために人を狩る

 サラ=アスモダイは驚愕の眼差しでスレイ=マスティマをまじまじと見ていた。彼女の衣装も顔も、朱色に染まっていたからだ。それで、サラは彼女が何をしていたのかを悟る。

「また……人を殺したの?」

「……? そうだよ」

 それがなんだと言わんばかりのスレイの言葉に、サラは愕然とした。いつものこととはいえ、彼女には罪悪感がまるでないかのようだ。天使だったころの彼女は、あんなにも人間のことを大切にしていたはずなのに……

「どうしてなの……」

「決まっているじゃない。こうするためだよ」

 そういうと、彼女はスレイににじり寄ってくる。サラは逃げようとするが、本気で逃げようとすれば、彼女がどのような行動をするか。それをサラはスレイに身体に刻みつけられた。その経験が、彼女の動作を緩慢にする。

「……んんっ……あふ……ダメ、止め……」

 スレイはサラの唇を強引に奪った。それだけでは飽きたらず、サラの唇の中へと、舌を強引に押し込んでくる。

 いやいやと、顔を背けるようにしてなんとかキスを止めさせようとするが、スレイが聞き入れる様子はまるでない。

「逃げないでよ、まだ魂を全部君に渡し終わってない」

「……んんっ……」

 スレイはそういうと、キスを再開した。次第にサラの意識がキスの快感で朦朧もうろうとしていく。舌で口内を撹拌かくはんされて、サラの口がだらしなく開いていく。二人の混ざり合った唾液が糸を引いて垂れていくのを、止めることが出来ない。

 サラは、己が次第にスレイの意図通りに人間の魂も貪りだしたのを自覚していくが、かといってもう自分の意志では止められない。

 ここで拒めばどうなるか。身を持って教えられた。人間の魂を黙って貪りさえすれば、スレイはサラに手荒なことはしないことも。自分がスレイを止められないふがいさで涙を流していることに、サラ自身は気づかなかった。

「……どうして?」

「なにが?」

「ワタシたち、天使と悪魔じゃない」

「私は、もう堕天使だよ。初めて人を殺したときから」

「それに、女同士でしょう?」

「だから?」

 スレイは、だからどうしたと言わんばかりの態度だった。いや、本気で疑問に思っているのかもしれない。そんなことが、人を殺して得た魂をサラに与える、この行為を止める理由になるのかと。

「もう、人を殺すのは止めて。お願い……」

「嫌だよ」

 サラの言葉は、スレイには決して届かない。その理由は明白だった。

「私が魂を与えなければ、君はいつか死んでしまう。君は人の魂を狩ろうとしないからね。」

 サラは項垂うなだれる。その言葉は真実だった。かといって、彼女は自分で自分を殺すことも出来ない。悪魔には悪魔としての役割があるから、自分で命を絶つ行為は許可されていない。だから、せめて衰弱死したかったのに。

「お願い……私を殺して……もう人を殺してまで生き延びるのは……」

「嫌だ」

 スレイはハッキリとサラの言葉を遮る。たしかにスレイがサラを殺す事自体は出来るだろう。堕天使になっても元は天使のスレイなら、悪魔のサラを殺すことは禁じられていない。だが……

「私は、君さえ生きていればいい」

 スレイはそう言い放つと、サラから距離を取る。サラは遅ればせながら彼女の意図に気づいたものの、もう止めることは出来ない場所に彼女はいる。

「まだ君には魂が足りないようだ。この方法だと、どうしても効率が悪くなるから。また魂を狩ってくるよ……君のために」

 その言葉とともに、彼女はまたヴァルハラへと向かって飛び立った。天使のころは純白だった、今は漆黒の三対六翼の堕天使の証たる翼を広げて。人の魂を狩りとって魂をサラに供給するために。サラを生き延びさせる。ただ、それだけのために。

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