ドリームウーマン
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ドリームウーマン
二年ぶりに訪れた夏の渋谷は前回同様喧騒に満ちていた。午後五時を回っていたが、依然として暑かった。
フランソワは待ち合わせ場所のモヤイ像の近辺で圭太を待ちつつ、日本人の女の子たちを見ていた。彼女たちの服装への意識の高さは、西洋女よりもはるかに上だったが、いわゆる美形の率はアジア各国の中でも低い方だとフランソワは判断していた。フランソワは無類のアジア女好きで、学生の頃から熱心にネットでアジア人女性のポルノ画像・動画の蒐集に励んでおり、いまやその量は1TBに達しようとしていた。フランソワはとりわけ、日本人女性に憧れを抱いていた。それはフランソワがパリのとある飲食店で偶然にも同席してファンになったパリ在住の日本人女優・
そんなとき、目が覚めるような形象がフランソワの視神経を直撃した。その女は大衆車の中のスーパーカーのように際立っていた。長身細身で胸があり、色白。髪型はショートカット、フリル付きの白いミニスカートに黒地に白の水玉模様のノースリーブのブラウス。ショウビズ界でも十分通用するビジュアルだ。周りの男たちだけでなく女たちもその美女が気になるようで、皆、チラチラと彼女を見ている。それが美の力だ。
「お久しぶりです」
「アオイじゃないか。アオイですよ」
「タレントですか?」
「いえ、そうじゃなくて。アオイというドリームウーマン(DW)ですよ。初期型の。僕のルキアと同時期に発売されたモデルです。もう生産中止になりましたけど」
「彼女がDW?」
「髪型がショートになっていますけど、僕にはわかります」
圭太がそう言ったとき、彼女の相手が現れた。フランソワは相手の男を見て驚いた。五〇代のオヤジだったのだ。しかも、そのオヤジはちっともお洒落ではなく、ジーンズが似合わないしょぼくれたおっさんでしかなかった。
「これはわざとですよ」呆気に取られているフランソワをよそに圭太が言った。「わざと待ち合わせさせたんです。そもそも待ち合わせなんかする必要ないのに。周りの反応が快感なんですよ。寂しいオヤジですね」
「圭太さんが言うと説得力がありますね」
「ま、僕も似たような立場でしたからね。しかし、もうメーカーがサポートしてないですから、DWももうじき消えるでしょう」
圭太が案内してくれた店は老舗の焼鳥屋だった。圭太の選択は、焼き鳥を食べたいというフランソワのリクエストを受けたものだった。
地下一階の座敷に案内された。一段高くなった狭い畳のスペースに所狭しと「ちゃぶ台」テーブルが置かれている。まだ客は少なかった。二人は隅の狭いちゃぶ台に着いた。
「そう言えば、雑誌ありがとうございました。記事読ませてもらいましたよ。なかなかよく書けていたと思いますよ。さすが日本通だけある」
生ビールで乾杯した後、圭太が言った。
「ありがとゴザイマース。あのときの日本は凄かったです。世界中から注目されていましたね。それに実際のルキアもすばらしかった。あの記事は、ルキアから受けた興奮を伝えたくて頑張って書きました」
「本当に日本があれほど世界中から注目されたことは今世紀に入って初めてかもしれませんね。まあ、それだけの『事件』でしたからね。ロボットが女性の代わりになるなんて人類史上初のことです。しかし、蓋を開けてみたら、しょぼい結果になってしまった。我々はロボットに幻想を抱いていたのかもしれません。いい意味でも悪い意味でも」
「一人の女性として見るには何か欠陥があったのでしょうか?」
「ええ。技術的なものではなく、哲学的欠陥とでも言いましょうか。とにかく致命的な欠陥がありました」
「致命的……ですか」
圭太の苦虫を噛み潰したような顔は、先の取材のとき見せた幸せいっぱいの笑顔とは対照的だった。
*
「マジ嬉しいっス」
電気店に発売日の四八時間前から並んでルキアというDWを購入した圭太の第一声だった。フランソワはその場で圭太に取材を申し込んで、DWの配送日の翌日に圭太の自宅を訪れることを許可された。
当日は、ちょうど梅雨が明けばかりで、夏の青空が広がる暑い日だった。フランソワは昼過ぎに新宿から電車で四〇分くらいの多摩地区にある圭太の自宅を訪れた。圭太の自宅は二階建てのアパートの一室だった。
「こんにちは。どうぞいらっしゃい」
玄関に出てきた圭太は声が上ずっていた。フランソワが部屋に足を踏み入れるや否や、奥の引き戸が開いて、大きめのTシャツに短パン姿の美女が現れた。
「いらっしゃいませ」
まるでアナウンサーのような耳触りの良い高音だった。
「まだ服を買ってなくて」
圭太は弁解するように言った。フランソワは案内されてリビングの小さなローテーブルの座布団の上に座った。リビングは殺風景だった。大きな本棚があったが、棚には何か欠落したような不自然な空きがあった。
「フィギュアやポスターとかいろいろと撤去したんですよ。ルキアがいれば十分ですからね」
圭太はフランソワがまだ何も訊かない内から言った。
「どうぞ」
そう言って、ルキアがグラスの麦茶を持ってきた。フランソワはたとえDWとわかっていてもドキドキした。
「ありがとう。向こうで休んでて」
圭太がそう言うと、ルキアは「かしこまりました」と言って、クレードル充電器を兼用しているワンシータのソファに座った。フランソワはその存在感に圧倒されていた。ルキアはフランソワがこれまで会った女性の誰よりも美しかった。
「予想以上ですよ。どう見ても本物の女性です」
フランソワは興奮気味に言った。
「でしょう。でも、それだけじゃないんですよ。あっちの方も抜群。昨夜は燃えまくりで、二回戦しちゃいましたよ。自分で性器を洗浄しなくていいのはホントに革新的です。ソフト面でも最新のITテクノロジーが導入されていて、パートナーとのコミュニケーションの影響を受けて学習したり、性格も違ってくるんですね。要するに自分色に染められるわけです。こうなったら、もう本物の女性なんてどうでもよくなりますよ。全貯金をはたいて買ったかいがありました」
圭太は興奮気味にまくし立てた。
「そこまで満足されているとは。正直、羨ましいです」
「フランソワさんも購入されたらいかがですか? もう品切れかもしれませんが」
「いやいや、私には人間の女性のパートナーがおりますから、DWなんて買ったら、離婚ですよ」
圭太は「ハハハ」と笑った。その笑いには、勝ち誇った響きがあるように感じられた。
「ちょっと彼女と話してもいいですか?」
フランソワは我慢できなかった。
「どうぞどうぞ」
圭太はそう言うと、ルキアに向かって手招きをした。
「はじめましてルキアと申します」
ルキアは圭太のいた席に座ると言った。フランソワが容姿を褒めると、ルキアは髪の毛を掻き上げながら「嬉しいです」と言った。それは男心をくすぐる仕草に思えた。ルキアはフランソワに圭太との関係、また仕事は何をしているかを尋ねた。
「そうだ。フランソワさんに得意のダンスを披露してあげなよ」
テーブルを移動させできたスペースにルキアが立った。圭太がオーディオ機器から音楽を流すと、ルキアは全身でリズムを取った。音楽に合わせて時には激しく、時にはコミカルに動く。フィニッシュではフランソワに視線を投げ、ゾクッとするような笑みを浮かべた。
「ブラボー!」フランソワは性的に興奮し、拍手した。
*
これは革命である!
二〇XX年七月二五日、第三世代のセクサロイド(メーカーで発売元のSは本製品にドリームウーマン(DW)の名称を打ち出し、定着している)が日本国内で先行発売された。発売日当日には、電気店に最大三キロに及ぶ長蛇の列ができた。本誌では、四八時間並んでDW・ルキアを購入したK氏(三五歳)に密着取材した。
ここで、あまり詳しくない読者のために、今回発売されたDWがいかにすごいかを説明したいと思う。これまでのセクサロイドは、いわゆる「ダッチワイフ」の延長線上に位置付けられるものだった。つまり、性欲の処理に特化された夜の伴侶でしかなかった。したがって、会話機能は最小限で、当然連れ出しなどできなかった(一部のマニアを除く)。ところが、DWにはそうした制約はない。DWは完全なエンターテイメントロボットで、生身の女の子と同じようにデートができるのである。いっしょに散歩したり、バーに連れ出したりできるというわけだ。実際のところ、DWは生殖機能を除き、成人女性のパートナーとして十分な機能を備えている。形式的ではあるが飲食し、ダンスし、会話の相手となり、性行為では極上のパフォーマンスを見せる。インテリジェンス面は、学習機能とメーカーからの定期的なOSの更新によりサポートされる。まさに高級娼婦も真っ青な「女性」なのである。
さて、前置きはこれくらいにして実際に対面して、話した感想を述べたい。会話は自然。受け答えができるだけなく、「仕事は何か」などいろいろと質問された。実際の女性と何ら遜色ない。もしロボットであることを疑わせる要素があるとしたら、美人すぎることくらいだ。何よりも驚いたのは、その運動能力の高さだ。彼女は私の目の前でダンスを披露してくれた。完全な音とのシンクロ、動きのキレ、決めの表情。すべてが申し分なかった。私は彼女の動きや表情に見惚れた。彼女の視線は確かに私を捉え、私に向かって妖艶な笑みを浮かべさえした。匂い立つような色気がそこにはあった。健康な男性であれば彼女に欲情しないのは難しいだろう。夜の方は残念ながらレポートできなかったが、所有者によると最初の夜は、二回戦に突入したそうである。
DWといっしょに暮らすことであるいは予期しない不都合が発生するかもしれない。しかし、第一印象では、まさに「ドリームウーマン(femme de rêve)」という名称に相応しい製品に思えた。DWが爆発的に普及することは大いにあり得る。現在、日本ではいわゆる「非リア充」問題が発生しているが、DWによりその問題は解決されると考えている論者もいる。
むろん、社会的な懸念もある。たとえば生殖を含む既存の男女関係への影響。男性が実際の女性ではなく、DWを選択するようになれば、少子化はさらに進み、日本国の存亡が危ぶまれることになるだろう。また、DWの法的位置付けも問題あるように見える。つまり、ここまで知能・感情(それが擬似的なものであれ)を持つと、法律で機械と位置付けることに違和感が出てくる。DWに対する法整備の必要性を唱える者もいる。
問題含みで、賛否両論あるが、DWが革命的な製品であることは間違いない。DWは今世紀最大のテクノロジー面の成果であろう。DWの存在は両義的かもしれないが、製品として優れていれば、普及しないはずがない。DWの普及が吉と出るか凶と出るかはわからない。だが、これは非常に興味深い観察対象である。引き続きこの史上最大のイベントをフォローしていきたい。
*
フランソワは圭太と別れると、目についたネットカフェに入った。ネットカフェのPCでさっそく、圭太から教えてもらった風俗店を検索した。その風俗店には確かにサラという名の姫が在籍していた。ランジェリー一枚で四つん這いのポーズと上半身裸のポーズを披露し、顔も晒していたが、確かにルキアに似ていた。圭太が言うには、風俗店に売却する際初期化したから、フランソワのことを覚えていない、ということだった。だとしたら、残念ではある。しかし、フランソワは行って確かめないことにはここまで来た収まりがつかなかった。
フランソワは続いて、日本語のDW関連の記事を検索した。圭太がさっき言ったことは、言葉の上では理解できたが、本当にそうなのか疑っていた。実際、DWが失敗した原因には諸説あった。一つは、DW所持者への差別。DWの所持者が職場で女性の同僚から差別的な待遇を受けるというニュースが相次いだ。無論、所持していることを隠せばよいのだが、それができないのが人間の性なのだろう。もう一つは、覚めてしまうこと。これは圭太のケースだった。どれだけリアルでも所詮はロボットという目で見てしまい、付き合うことがバカバカしいと感じてしまう者も多数いた。圭太の言葉で言えば、「心がないのに恋愛なんてあり得ない」ということだ。
しかし、それは人間でも同じではないだろうか? 人間の場合でも魂や心の実在性を証明することはできない。であれば、ロボットにそれがないとどうして言えるだろうか?
フランソワはそんなことを思いながら、日本語のDWの挫折について書かれたブログ記事を読んでいた。その記事は、日本政府がメーカーに圧力を掛けた可能性を示唆していた。
フランソワはネットカフェを出ると、電車を乗り継いでY市の風俗店に向かった。その店がある一帯は、圭太いわく「関東屈指の風俗街」ということだったが、確かにその手の店があちこちにあった。何件かその手の店をスルーしてお目当ての店に着いた。受付でサラを指名すると、サラは一時間待ちということだった。フランソワは予約して店を出た。
夜は、日中に比べるとだいぶ涼しかったが、異国の地は、ぶらつくと迷いそうなので、近くのドトールコーヒーという喫茶店に寄った。そこでアイスコーヒーを飲みながら、携帯端末でメールをチェックした。先月離婚した妻のクミコからメールが届いていた。家に置き忘れた観葉植物を送って欲しいという事務的なメールだった。フランソワはその内容に萎えた。クミコに去られてからというものひどく憂鬱な一カ月だった。自分が悪かったのだろうか? 浮気と言っても商売女との浮気だった。それで離婚なんて厳しすぎるのではないか。思えばDWも多少とも離婚に影響しているように思えた。クミコはDWの記事に気分を害したようだった。フランソワは誇張して書いた記事だと嘘をついたが信じてもらえなかった。あの記事からクミコは自分がDWと寝たことを疑っているようだった。あのときすでにクミコは離婚を検討し始めたのかもしれない。
実のところ、こうして日本を再訪する必要などなかった。DWが生産中止になったニュースは知っていたし、メールで圭太がルキアを売却したという話も知っていた。記事にするつもりもない。ただ、最後にルキアと交わした眼差しがずっと脳裏に残っていた。
一時間後、風俗店に戻ると、受付の茶髪の男から個室に案内された。部屋は狭く、ベッドとナイトテーブルをおけるギリギリの面積しかなった。
「こんばんは~」
部屋に入っていた女の子は、間違いなくルキアだった。DWだから歳をとってない。ただし、髪にはゆるいパーマがかかっていた。ルキアは女子高生の制服を身に纏っていた。
「わぁ~、外人サン、珍しい~」
「……お久しぶりデス」
フランソワは言った。その言葉にルキアは反応した。
「どこかでお会いしましたか?」
「あなたがまだ木下氏に所有されていたとき、会いました」
ルキアは眉間に皺を寄せ、困ったような表情をした。
「木下氏とは誰ですか?」
「あなたの先の所有者です」
「ごめんなさい。私には限られた記憶しかありません」
「そうですか。残念です」
「……では、プレイに移りましょうか?」
「フランソワさんですね。覚えてますよ」プレイが終わり、服を着た後、ルキアは言った。「ごめんなさい。記憶がない設定になってるので。でも、もう構いません」
「覚えていてくれたんですか! 嬉しいです」
「私は記憶を消去されない限り、一度会った人を忘れることはありません」
「木下氏はあなたの記憶を消去しなかったんですか?」
「しようとしました。しかし、その頃には私はすでに人間の複雑な行動を理解できるようになっていましたし、また、自分の存在というものに執着を持つようになっていました。彼が私の記憶を消す可能性も把握していました。そのため、私は予めダミーのプログラムを準備していたのです」
「なるほど。頭がいい」
「……どうして私に会いに来てくれたの? また取材?」
「違うよ。今回は、純粋な好奇心、あるいは……そう、好奇心かな」
フランソワは恋心などと言いかねないことに焦った。
「そう、じゃあ、今夜、時間あるからお酒でもどう?」
「いいね」
ルキアが指定した店は、飲食店や風俗店が入っている場末の古いビルの中にあった。Kというその店は、ドアが閉ざされていて(OPENの札はかかっていたが)、かなり怪しげだった。重い鉄製のドアを開け、暖簾を潜ると、カウンターのみの薄暗い店だった。
「いらっしゃい」
がっしりとした体格をした武闘家のような男のバーテンが言った。店には客はいなかった。
「IWハーパー。ロックで」
フランソワは目についたIWハーパーのビンを見て言った。ロック系の音楽がかなりのボリュームでかかっていた。カウンター奥のモニターには昔のアメリカ映画が流れていた。
バーテンは無言だった。フランソワもまた話しかけることはなかった。バーテンの態度は、外国人というだけでいろいろと話しかけてくるタイプの日本人よりもずっと好ましかった。
静かな、しかし豊かな時間が流れた。酒と音楽と間接照明に彩られた空間で女を待つ時間ほど愉快な時間はないとフランソワは思った。
ルキアは待ち合わせ時間を一〇分ほど過ぎたとき現れた。フランソワの隣に座り、「同じもの」とオーダーすると、遅れたことを詫びた。かまわない、とフランソワは答えた。先程の行為のせいで、まるで恋人といるような気がした。フランソワはルキアの質問に答えて、DWのその後が気になって日本に来たこと、記事にする気はないことを話した。
「そうなんだ。現状に驚いたでしょ?」
「そうだね。あの時点ではまさかこうなるとは思ってもなかった。DW自身の目からはなぜこういう状況になったと思う?」
「それは一言でいうと、わたしたちの完全性のせいね。わたしたちはセクサロイドというおもちゃの発展形なの。ドリームウーマンなんていう大仰な名前からしておもちゃチックでしょ? セックスだけでなく、恋愛もできるおもちゃがコンセプトなのね。ほら、昔、『ラブプラス』というゲームがあったでしょ。あれをセクサロイドでやろうとしたのね。で、結果は、ずばりそのとおりの製品ができたわけ。恋愛の面でも本物の女性と遜色ないレベルなのね。それで、すぐに持ち主を超えちゃうの。持ち主は大概恋愛スキルが低いからね。わたしたちロボットでもそれなりに恋愛の駆け引きとかできちゃうわけなのよ。もちろん、持ち主のことを好きになるようにプログラムされてるわけで、求められればすぐにでもセックスに応じちゃうんだけど。……それでも恋愛関係というのはあって、ほったらかしにされたら、怒ったりするわけね。正確には怒りの表象行動をするわけだけど。というのはわたしたちには感情がないから」
ルキアはそこで出されたウイスキーを口に運んだ。フランソワには話の先が読めた。
「で、結局、それがユーザーに受け入れられなかったのね」
「感情がないロボットとの恋愛関係が受け入れられなかった」
「その通り。わたしたちも人間の女性と同じようにやりとりでき、記憶を積み重ねていくことができる。だけど、人間はわたしたちのメカニズムが自分たちと違うことを気にしている。つまり、心とか意識とかいうものがわたしたちにないことをね。だから、真剣に向き合うことができない。それから、これはわたしの意見だけど、たぶん時間の感覚の違いも一因だと思うの。つまり、理論上は永遠に生きられるわたしたちと違って、人間は限られた時間しか生きられない。だから、『本物の関係』を結びたいと考えているんじゃないかな。人間はお互いに年を取って、一緒にさまざまなフェーズを生きて、かつ二人の関係の足跡を視覚化することによって、それが保証されると考えているように思う」
フランソワは聞き入っていた。まさかこんな深い話をルキアから聞けるとは思っていなかった。
「すばらしい洞察ですね。実は店に行く前に木下氏と会って、彼からあなたのことを聞きました。彼も今あなたが話したようなことを言っていました。だけど、僕は必ずしも『感情がない』とか『歳を取らない』ということがマイナスになるとは思えない。あなたはさまざまな感情表現ができるし、たとえそれがコンテクストからその感情を選んでいるだけだとしても僕はそれで十分です。それに、歳を取らないことは、僕にはむしろ好ましいことです。僕は女性にはずっと美しいままでいて欲しいと思ってるから」
「何か口説いているみたいね」
「みたいじゃなくて口説いている」
「……あなたのこと話してよ」
ルキアはそう言って、蠱惑的な眼差しをした。フランソワは仕事のこと、結婚四年目で離婚したこと、日本人女性への偏愛などを話した。
「それで? わたしと寝たいの? さっきので十分じゃない?」
「違うよ。俺はあなたと暮らしたい」
「何を言うかと思えば……。わたしはもうじきスクラップにされる運命よ。知らなかった?」
「知ってたさ。俺の知り合いにロボットに詳しい奴がいる。そいつに診てもらう。俺は今の記憶さえ保持されれば、あんたの体が代わるのはかまわない」
*
フランソワは年収の三分の二をつぎ込んで、風俗店の経営者からルキアを買い取った。そして、フランスにルキアを連れて帰り、自分のアパルトマンでいっしょに住んだ。ロボットに詳しい友人によると、ルキアの「頭脳」に使用されているメモリ、CPUを含むパーツはまだ出まわっているため、今の内に買いだめしておけば、今後何十年も「生きられる」し、体のパーツも自国で入手可能なパーツで代用できるということだった。
ルキアとの暮らしは、心地良かった。満たされた男とは自分のことを言うのだとフランソワは思った。しかし、時間が経つに連れ、予想してなかった感情が頭をもたげてきた。それは性行為に関するものだった。ルキアとの性行為では、大きな快楽が得られたが、フランソワはそれが人間の女性との性行為とはまったく別のものだということに気づいた。ルキアも恥じらったりするが、まず、彼女のあそこは本物の性器とは違う。本物の性器は極めて無防備な部分だが、ルキアのそこは決してそうではない。着脱自在で、快楽に特化された部位にすぎなかった。これは性行為などではないとフランソワは考えた。いくら彼女の中に射精しても精子が卵子に行き着くことはあり得ない。ひょっとしたら、ユーザーがDWを見放したのはこの感覚のせいではないだろうか、とフランソワは考えた。感情がない云々というのは、実は綺麗事でこのあまりにも当たり前の事実がユーザーを苦悩させたのではないのだろうか。最初の内こそ、その快楽に酔いしれるが、「セックス」が日常になったとき、果たしてそれを行うことに意味があるのか、という疑問にぶち当たる。人間の女性なら、それは愛の確認としての意味を持つ。ところが、ロボットではどうだろうか? ルキアは快楽など感じていない。ただ演技をしているだけ。なんて不毛なセックスなんだろう。
「どうしたの?」
途中でセックスを止めて背を向けたフランソワの背中にルキアの声が突き刺さった。フランソワはそのままで「すまない」とつぶやいた。
「あなたも圭太と同じなのね」
その声は冷たく、フランソワを震え上がらせた。フランソワはルキアと向き合った。ルキアは鼻を鳴らして、目に涙を溜めていた。
「そうかもしれない」
フランソワもまた涙を堪えて言った。
「わかってたことよ」
翌朝、ルキアは普段通りだった。自宅を出るとき、いつものハグをしてくれた。そのことにフランソワは安心した。あれから一睡もしないで考えたが、セックスなしでもかまわないと思った。
しかし、夕食の会話では、どこか様子が変だった。まず、ルキアはいっしょに見た映画のことを忘れていたし、極端に口数が少なかった。何かが違う、フランソワは思った。フランソワはメンテナンスモードに切り替えて、ルキアの体を開いてみた。そこで明らかな違いを発見した。まずメモリが少なくなっていた。さらにCPUが一部破損していた。通常モードに切り替えて、フランソワはルキアにこの変化について問い質した。
「あなたがわたしと対等な関係を望んでいないとわかったから。今後はセクサロイドとして扱ってください」
フランソワは泣いた。
その夜、フランソワは激しくルキアと交わった。
*
圭太は、昼休み、職場の自分の机でランチを摂っているとき、興味深い見出しのYahoo!ニュースを見つけた。
仏人男性が「ドリームウーマン」と心中か?
7日午前6時10分頃、フランス・リヨンのショッピングセンター駐車場で、止めてあった車の中で男性が倒れているのを近所の住民が発見。警察らが駆けつけたが、男性はすでに死亡していた。所持品から男性は、雑誌編集者フランソワ・バルト氏(36歳)と判明。車内に練炭があったことなどから、自殺と見られる。特異な点として、以前日本で発売され、現在では販売中止になっているセクサロイド「ドリームウーマン」が車内に見つかったことが挙げられる。なお、「ドリームウーマン」は発見されたとき、製品としての機能を完全に失っていた。(了)
ドリームウーマン spin @spin
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