第2話 異世界と望まない能力
微かな痛みを背中に感じて、おれは目を覚ました。
目を開くと見えたのは、砕けて崩れ、空が見える白亜の天井だ。太陽の光が差し込んで目に眩しい。
「ここ、どこだ?」
まだ、寝起きだからか、意識が定まらない。頭に手を当てて、ゆっくりと上半身を起こした。そのまま周囲を見渡す。
一番最初に目に入ったのは、白い石像の群れ。同じ物はひとつとしてなく、部屋の四つ角がわからない位に立ち並んでいる。翼が生えた天使のような石像、槍を持ち鎧を着た石像など、精巧に作られた石像たちは今にも動き出しそうで、おれはおもわず息を詰めた。
見覚えのないものばかりで、ひどく動揺する。
ここはどこなのだろう? 最後の記憶を思い出す。
確か、おれは火葬場近くの庭園に居たはずだ。それから……腕を引っ張られて、地面に引き倒されて気絶した。 ……おれ、誘拐でもされたんだろうか? とふと考え、おれみたいなの誘拐して誰が得をするんだと思い直す。
とりあえず、ここがどこだか確認しなければ、とおれは寝かされていた台座のようなものから降りようとした。
そのとき、電子音が制服のポケットから聞こえた。おれはやっとそこでスマホの存在を思い出した。これはスマホのメールが来たときの音だ。
おれはポケットの中からスマホを取りだした。流れ作業で画面に明かりを灯す。
「なんだこれ?」
ひどい文字化けだ。トップ画面に出てくる時計の数字が知らない文字に置き換わっている。動いてはいるようだが、これでは何時なのかわからない。あと、とくに気になるのは、電池の容量の部分はゼロパーセントになっているはずなのに動いているということだ。
――どういうことだ? 疑問に思いつつも、おれは、とりあえずメールアプリを開くことにした。
名前 g/iod
件名 きみへ
はじめまして。わたしはg/iod。きみはとつぜんのことにおどろいているだろう。
きみはoのきまぐれにより、oのいけにえとして、このせかいにしょうかんされた。だが、oがきみをおもちゃにするまえに、わたしがoがてだしできないところへ、いどうさせた。みじかいじかんでは、これがせいいっぱいで、きみにはもうしわけない。
このせかいはきみにとっては『いせかい』になるだろう。oに、いけにえのらくいんとぎふとをあたえられたため、きみはもう、もとのせかいにはかえれない。わたしもきみにぎふとをおくる。ねがわくば、きみがこのせかいでしあわせをみつけることをいのっている。
……なんだこれ? ひらがなばっかりだし、文字化けもあるし、読みにくいけど、生け贄? 異世界? 帰れないって……そんな馬鹿な。信じられない。
目の前が暗くなって、鼓動が跳ねる。けど、本能が、これは冗談やいたずら、嘘のたぐいではないと言っている。
おれが震える指でメールアプリを閉じた。
「……あーもう、どうすればいいんだよ」
その場で膝を抱えうずくまる。
oっていったい何者なんだよ。だいたい、g/iodさんももう少し詳しいこと書いてくれればいいのに。こんなとこで放置されても、どうしたらいいかわかんないじゃんか。大体、生け贄なんて……おれほんとに大丈夫なの? そんなことを思っていると、またスマホからお知らせの音が鳴った。
のろのろと顔をあげて、画面を見る。
『新しいアプリをインストールしました』の文字が画面上に出る。
……アプリをインストールした覚えなんてないけど、とりあえず見てみることにする。
アプリは4種類、インストールされていた。
インストールされたアプリの項目は、『マップ』『鑑定』『ステータス』『形状変化』の計四つだった。
「なんだよ。これ」
まるで、TVゲームやネットゲームの中みたいじゃないか。
頭がまだいろいろと追いついていないが、とりあえずアプリを軽く確認しよう。
おれは、億劫に指先でスマホをいじりだす。
『マップ』は文字通りこの周辺のマップが見れるアプリのようだ。初期の状態ではおれがいる部屋らしきところしかマップに映ってない。とりあえず、今は他のアプリのことを優先して、後で詳しく確認しよう。
次は『鑑定』。起動するとスマホがカメラモードになった。適当にこの部屋の写真を一枚撮ってみる。――すると文字が画面に出てきた。鑑定結果ということだろうか? おれは文字を読んだ。
【最果ての遺跡】
東の辺境に位置する、もっとも神聖なる場所。
カルラ大森林の奥地に存在するが、周囲は結界で守られており、許されたものしか入ることが出来ない。
元はこの世界を生み出した原初の神を祭る神殿だった。
なるほど。ここは【最果ての遺跡】っていうのか。カメラで写したこの部屋を鑑定したわけだな。ということは……。
おれは次に近くに生えている雑草をズームしてカメラのシャッターをきった。また画面に文字が現れる。
【リーア草】
頑丈で細い葉が特徴的な植物。
乾燥、湿気、共に強く、世界に渡り広く分布している。
毒性は無く、食べることも可能だが、苦く、栄養価は低い。
……やっぱり。個々をズームして撮影すると、注目して撮った被写体を鑑定するのか。
まあ、使い方はなんとなくわかった。次のアプリを試そう。
――次は『ステータス』か。おれは指先でステータスをタップする。すると一秒も無いうちに文字が現れた。
名前:斉藤 一
性別:男性
年齢:16歳
種族:人間
レベル:1
所有ギフト:ハイサクリファイス oの烙印 g/iodの加護
所有スキル:なし
レベルって……。――ほんとにゲームの世界みたいだ。おれは思わず途方に暮れる。この調子なら、この世界はゲームの中のように、モンスターが出るんだろうか? その想像に思わず身震いする。
……考えるのはあとにしよう。よく見ると、どうやら所持ギフトのところがタップできそうだ。ギフト……贈り物とか才能とかの意味で使われる言葉だ。なんか項目名からして嫌な予感がするけど、見ないわけにはいかない。わかっていることが少なすぎるのだ。おれは意を決して項目を指で押してみた。
【ハイサクリファイス】
もっともいと高き原初の神ともっとも罪深き原罪の神の正当たる生け贄であり、神々の依り代。
その肉、その血、その魂は、すべての存在を魅せる。
魅了効果(大)依り代能力(大)
【oの烙印】
いつかの楽園であった世界に、ありとあらゆる負をばらまいた原罪の神が施した、生け贄たる者の烙印。
状態異常効果(無効)負属性のスキル習得率増加 負の感情増加(中)
【g/iodの祝福】
この世界を作り出した原初の神の祝福。
不老効果(大)正属性のスキル習得率増加 正の感情増加(中)
ざっと血の気が引いていく。……どれも効果がヤバい。
一見とても強力で良い効果が多いように見えるけど。よく考えるとどれもデメリットがデカすぎる。
たとえば魅了効果(大)。これ、たぶん発動条件にもよるけれど、相当ヤバい。【ハイサクリファイス】の説明からみて、すべての存在が対象だから、きっと相手が老若男女問わず、たとえ人外だろうと魅了するってことだろう。
――良い意味で魅了するなら、まだ良い。でも悪い意味で魅了なんかしたら……想像するのが怖い。
相手が人に近かったら貞操の意味で喰われてもおかしくないし、人外だと物理的にディナーにされたっておかしくない。
他の効果もひどい。状態異常効果(無効)と不老効果(大)。これなんか、完全に人としての括りから外れてるじゃないか。
老いがなく、病気することも無い、そんなの人間って言えるのか?
こんな壊れた効果じゃ、普通に人の中で生きてくなんて、とても無理だ。
どうしよう……。あまりの事態におれは呆然とするしか無かった。
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