カクヨム作家の小説談義

OOP(場違い)

第1話 このすばらしい『異世界モノ』にPVを!

 ここは、毎週非公式に行われている、『カクヨムミーティング』の会場。

 都内某所の会議所を使い、今日も昨今のラノベ事情から、素人に毛が生えた程度の創作論まで、ワナビたちがレベルの低い議論に花を咲かせている。


 おもむろに議長席から立ち上がった女子大学生カクヨム作家の『しゃふと』が、バンッと机を叩いてホワイトボードを指差し、議題を提示する。


「異世界モノは流行るのです」


 ホワイトボードに記された無駄に達筆な行書体文字と一字一句違わぬセリフを発し、しゃふとは残る3人の反応を待つ。


 アラサー男性サラリーマン兼カクヨム作家である『闇山ハルオ(以下ハルオ)』は、顎から伸びた無精ひげをいじりながら、なんとなく居心地悪そうに歪な笑み。


 自称Bラン大学生カクヨム作家こと『危険演算のセントラルドグマ(以下ドグマ)』は、ぽかんとした顔でホワイトボードの文字を何度も咀嚼している。


 占い大好き女子高生兼カクヨム作家の『Iris@書かない(以下アイリス)』は、えへぇ、と何ともつかない声を漏らして、それっきり笑顔なだけ。


 うん、まぁ、いつもどおり。

 しゃふとはめげずに勢いよく続きを喋りだした。


「な〇うにしろカク〇ムにしろ、ネット小説業界において異世界モノは鉄板中の鉄板。『よくある設定でそこそこヒロインが多くてそこそこギャグがあってそこそこシリアスな世界観でそこそこ俺TUEEEEEな異世界モノを書いてそこそこマメに宣伝すれば、底辺なんて簡単に抜け出せる』などとも言われています」

「初っ端から各方面に喧嘩を売るのはやめろ」


 と、突っ込んだのはハルオ。


「そもそも、そんなにPV数も稼げてない俺たちが異世界モノをディスるのは、負け犬の遠吠えなんじゃないのか?」

「ディスってなんかいません。今回の議題はあくまでも、『何故異世界モノは、多少文章や設定に無理があってもそこそこ人気が出るのだろう』という事についてです」

「もっとひどくなってるから!」

「お言葉ですが、そういうセオリーを守った上で新しいモノを書くというのも大変なことなのでは?」


 と、これから異世界モノのことをボロクソに書いても大丈夫なように予防線を張っておいてくれたのはドグマ。


「はい。異世界モノを書く事を批判しているわけではないのです。決して、ラブコメだろうがファンタジーだろうが戦記モノだろうが割とどんな話でもできるから便利でセコいよなー、とか思ってはいないのです」

「思ってるんじゃないですかぁ」

「思ってないのです!」

「しゃふとさん、ログ〇ラとか喜々として叩いてそうですよね!」

「具体的な名前を出すなぁぁぁ!違うから!ツイッターでロ〇ホラを叩いてたのはあくまで、作者の脱税アレコレで叩いてただけだから!!」


 と、色々と危ない作品名を出して笑顔で毒を吐くのはアイリス。


 とにかく、としゃふとは話を区切って、再び三度演説を始める。


「何故そこまで異世界モノは安定してウケがいいのか。私はそれについて少し考えてみました」

「もう答え出ちゃってるんじゃねーの?」

「さっき遠まわしに、『ヒロインいっぱい』とか『割とどんなジャンルの話でもできるから便利』とか言ってたじゃないですか」

「それはあくまでも1つのアピールポイントにすぎません。異世界モノはもっと深いところに、人間が強く願っているところに、流行る要因が隠されているのです!」

「なんか宗教みたいなハナシになってきましたねぇ」

「ズバリ、その真理は……!!」


 しゃふとはまた机をバンッと叩いた。

 会議室の中で女が机をバンバン叩いてるだけなんだから、もはや地の文はいらないんではなかろうか。そんな発想さえ湧いてくる中、しゃふとは全員に向かって指を差し、その真理とやらを言った。


「人の現世への絶望です!!」


「やっぱり宗教じゃねーか!!」

「いいえ、宗教なんかではありません。みなさん、この頃の異世界モノといえば、だいたいどんなワードとセットですか?」

「『異世界モノ』には、『転生』がつきもの……ですよね」

「そう。みんな、現世に絶望しているのです!あっちを向けば不景気、こっちを見れば労働問題、そっちに目を逸らせば環境問題!!それはもう、『転生』でも起きなければこの世の中お先真っ暗です!

 今のカクヨムユーザーの大半が私たちぐらいの学生でしょうが、その世代の人はみんな、生まれてきた瞬間から詰んでいるのです!こんな異常なまでに膨れ上がった負の遺産を先代から渡されて、現代で回復できるはずがありません!!」

「……だから、『異世界転生』で、豊かな異世界に想いを馳せようってことか?」

「まぁ、ゲームもマンガも小説も、ひとくくりに言っちゃえば現実逃避ですからね。ゲーム脳の恐怖を提唱する某脳科学者によると」


「そう。ドラ〇エやポ〇モンをプレイしたことのある人はみんな誰だって、『自分もこんな世界で冒険してみたいな』と思うことでしょう。そういった感情は束の間の幸福感に変わって、現世での絶望を忘れさせてくれるのです!」

「無理矢理な感じもするけど、まぁ、言いたいことは分かるな……」

「ぼくはとりポケモンだから、おそらが飛べるんだぁ」

「アイリスさんやめてください!ただでさえポケモンGOが世間的に叩かれてるのに、そんな不謹慎なネタ使わないで!」

「と、とにかく。異世界モノに限らず、得てして『逃げ場』となるビジネスは成功しやすい傾向にあると言えます」


 課金しなければついていけないゲームから人が離れ、課金要素がそんなに強くないゲームへと流れていったり。


 休載続きでまったく続きが読めないハ〇ター×ハ〇ターを諦めて、ワール〇トリガーなど期待の新人作家を追ってみたり。


 祖国では就職できないから、低賃金だけど確実に雇ってくれる日本に来たり。


 品質のいいものは高いから、値段も品質も中くらいのものを選んだり。


 あのゲス不倫騒動ハーフは使えないから、あのハーフを使ったり!!


「逃げ場所となるところにはビジネスが生まれるのです!」

「最後の例だけは納得できない!イッ〇Qに帰ってきてください!」

「あらドグマさん、ツイッターではベッ〇ーのこと『裏切り者!』とか散々に叩いてたのに」

「フォロワーさんがみんな批判派だったから合わせたんですよ!フェ〇スブックの方はそんな空気でもなかったから、知り合いが軽く引くくらいには擁護してます!」

「ああ……SNSの空気に合わせて意見変えるってのも、ある意味『逃げ場所のビジネス』に当てはまるのかもな」

「童貞を捨てられない人が行くお店も逃げのビジネスですかぁ?」

「下ネタはやめてくださいアイリスさん!とにかく世の中そんなんばっかです!」


 と、そこまでしゃふとが言い切ると、でも、とハルオが口を挟んできた。


「そうは言いながらも、しゃふと、昔異世界モノ書いてたのに人気出なかったよな」

「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「え、そうなんですか?普段『世間の風潮と迎合するぐらいなら物書きやめます!』とか豪語してるくらいなのに?」

「おおう、ドグマがどんどん煽っていく」

「文章力はきっとあるんだよぉぉぉぉぉぉぉ、宣伝が足りないのと読者のセンスがないだけなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ど、読者のせいにし始めた!そして机に頭を打ち付け始めた!!」

「『聞こえますか運命の渡し人よ……。この世界はいま絶望と希望の間、そこに空いた暗い深淵の底に沈んでいます……。そなたが時を戻り、この世界をやりなおすのです……取り返しのつかないことになる前に……』」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!非公開にしたはずなのになんで持ってる!?」

「念のため保存しといた。5個のUSBと2アカウントのクラウドに保存されてる」

「嫌がらせのためによくそこまでしますね……」


「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!文章力が足りなかっただけなんです!!私は世間に迎合しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 泣きながら机に突っ伏して叫ぶシャフトの肩に、アイリスの手が置かれた。


「大丈夫!文章力が低くても認められる異世界モノを作る方法があります!」

「ほ、本当に!?」

「世間が絶望するほど異世界モノが流行るのなら、もっと世間を絶望させればいいんですよ!」


「え」

「え」

「え」


 アイリスが会議室の窓を開け、「みなさーん!」と手を振る。

 ビルの3階から降ってきた少女の声に、通行人みんなが何事かと上を向く。

 いつの間に印刷したのかはご都合主義。アイリスは手に持っているビラを、屋外に向かってバラバラと投げた。



「次のミサイルでは関東地方が狙われ、今度こそホントに着弾します!

 2015年の自殺者は2万5000人どころではありません、4倍以上です!みんなみんな政府にダマされているのです!

 あの新聞もあの新聞もあのメディアもあのコメンテーターも、みんな左翼どころではありません!テレビ局に爆薬を持ち込むほどのテロリストなのです!!

 地球温暖化はオゾン層の破壊によるものだとされてきましたが、オゾン層が戻ってきている現在も温度上昇は続いています!私たちは原因不明の温暖化を止めることはできないのです!!

 神いわくこの世界はまやかしであり、毎日4時44分に一定の確率で一瞬で消えるほど脆く儚いものなのです!!」



 アイリスはビラを撒ききると、眼下の通行人に向かって大きく手を振った。


「みなさん絶望してください!現実世界に絶望し現実逃避に走るのです!!」

「もはやそこまでいくとテロじゃないですか!情報テロです!」

「さ、さすがにこんな突飛な内容信じる奴は……」


 窓の外から次々と悲鳴が聞こえてくる。


「そ、そんな……!!もうオシマイだぁぁぁぁ!!」


「年金が出ないどころか、2年後には年寄りからもむしり取られるなんて!!」


「政府はすでに悪の組織ジャス〇ックの手中にあるってマジかよぉ!!」


「日本女優はみんな剛力〇芽のクローン!?そんな、橋〇還奈ちゃんがそんなわけないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「もぉダメだぁぁぁぁぁ!!朝〇新聞にあれのスイッチを押されてしまった!!世界が核とキムチの炎に包まれるぅぅぅぅぅぅ!!」


「メガネにも保有税が発生するとかマジかよ!?しかも年30万!?」


「川〇絵音と奥さんの離婚も、矢口〇里と中〇昌也の離婚も、堀〇真希とあの野郎の結婚が成立しやがったのも、全部テリー〇藤のせいだったなんて!!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!小池〇合子と鳥〇俊太郎が力を相殺しあって東京が壊滅してしまうなんて、嘘だァァァァァァァァァ!!」


 ちょっとした地獄絵図である。


「どんなレベルのデタラメばら撒いてるんですか!?」

「ていうか、なんであんなん信じるんだよ!!」

「見てください!カ〇ヨムの異世界モノの閲覧数がどんどん増えています!」

『マジで!?』

「絶望効果はすごいです!どんどん日本国民を絶望させて現実逃避させ、PV数を増やしましょう!!」

「そ、そうだな!これなら俺にも書籍化が狙える!」

「僕も!!」

「えっ……ちょ……みんな?」



 その後も日本の異世界モノは発展を続け、書籍化作品が次々大ヒット。

 異世界モノというジャンルは一世を風靡し、文学作品のひとつとして名を連ねるまでになった。


 そして現在……。


「オーマイガット!!我がアメリカが糞ジャップ如きに経済力で負けるとはどういうことだ!?」

「ちゅ、中国にも抑えきれないアル!」

「異世界モノの起源は我が韓国にあるニダ、日本殺す!!」

「いがみ合ってる場合じゃねーぞ、日本は軍事力においても景気においても、特殊出生率においても……ていうか全てにおいて世界トップクラスだ!!」

「地球温暖化も最近は日本の技術力のおかげで収まってきているデス!」

「く、こうなったら秘密裏に完成していたテ〇ドン10を……」

「やめろ!日本のPAC3はそれ以上に進化して今はPAC67だ!ミサイルをそのまま魔力10倍にして跳ね返してくるぞ!」

「魔力って何ニダ!?」


「オゥ、ノー……。日本だけが……もはや異世界になっている…………」



 その頃日本では。


「絶望的だ!お金を稼ぎまくらないと明日には餓死だ!」


「絶望的だ!この絶望の赴くままに絵を仕上げてやる!」


「絶望的だ!他国はいつでも日本を狙っているんだ、いつでも迎撃できるようにするには兵器じゃ足りない!魔術の力だぁぁぁぁぁぁ!!」


「絶望的だ!次の瞬間には死んでるかもしれない、はやく子供を残さないと!」


「絶望的だ!あはは、どうせ死ぬんだ!金をバンバン使いまくってやる!!」


「絶望的だ!もしまた『絵の権利もジャ〇ラックが管理します』なんて言ったらオタクに殺されかねない!音楽業界からも身を引きます!!」


「絶望的だ!地球温暖化をあと10年以内に止めないと今度こそオシマイだ!!みんな、我が研究所が作った、この『瞬間植林苗』を植えてくれ!金は取らない!」


「絶望的だ!いつも殺し屋が我々政治家のことを狙ってるんだ、政治資金の持ち出しなんてできない、国民に一揆を起こされないよう国民の犬として働くんだ!!」


「絶望的だ!あの男は憎いけど殺しても異世界転生しちゃうんだから、この絶望的な現世で生きさせる方が苦痛なんだわ!!」


「絶望的だ!自殺したところで、運のない俺には女神さまの祝福なんてないんだ!転生も何もないまま闇の中に葬り去られるくらいなら現世で精一杯生きてやる!!」


「絶望的だ!!」

「絶望的だ!!!」

「絶望的だ!!!!」

「絶望的だ!!!!!」


『絶望的だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』



「……………………」


 絶望絶望と悲観的な言葉が叫ばれる一方、どんどん豊かになっていく国を見て、しゃふとは頭を抱えた。


「絶望からの逃げ場を失ったら、人って、絶望を自分の力で乗り越えようとするんですね……」

「お、なんかいいこと言いましたねしゃふとさん!小説のネタになりそうです!」

「…………事実は小説より奇なり、かぁ……」

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