赤毛の語り部
雨夜灯火
1 Chère hiro 親愛なるイロへ
その男を部屋に招き入れることにしたのは、射貫くような目線が恐かったからだ。
あと、僕が招き入れない限りずっとその場で立ち尽くしていそうだったというのもある。
酷い嵐の夜、帰りの遅い妹を迎えに行ってやろうと出掛けようとした矢先、戸口にその男が立っていたのだ。扉を開いた僕は思わず立ち止まってしまった。外人らしい白い肌のその男は、百九十センチ近い長身の強面で、黒いコートに黒い帽子の出で立ちだった。年は三十歳くらいだろうか。大雨にもかかわらず傘を忘れてしまったらしく、ずぶ濡れだった。それだけなら、僕は少々訝しく思いつつも、アパートの階段を下りていったことだろう。けれど、ここは二階の角部屋だ。その真ん前に立っているなんて、わが家に用事があるとしか考えられなかった。
何より、その男は確かに僕を見ていた。緑の目でじっと僕を見下ろしていたのだ。威圧感のある視線に、僕は一歩も動けなくなってしまった。
「中、入ります?」
恐る恐る声を掛けると、男は黙ったまま頷いた。
そういうことで、僕は初対面の知らない男にコーヒーを入れてタオルを貸しているわけである。男がどっかりと椅子に腰掛けて、黒い帽子を取った時、オレンジがかった赤毛が現れて少し驚いた。ヨーロッパ人だろうか、それともアメリカ人だろうか。英語圏ならば、学校で学んだ範囲で何とか話が通じるかもしれないけれど、ドイツ語やフランス語なんて言われたらお手上げだ。不安な気持ちになりながら、僕がテーブルの向かいに腰を下ろしたところで、男が口を開いた。
「オレが、最悪の語り部だってことはよーくわかってる。けど、最高の語り部になるだろうやつはもういない。だから、……仕方ないからオレが話す」
意外なことに発せられた言語は日本語だった。外国人特有のアクセントではあるものの、おおかた自然だ。コミニュケーションの心配はしなくてもいいとわかって、僕としては万々歳だ。しかし、言っていることの意味はよくわからない。
語り部だって? 一体何のことだかさっぱりで、全く検討がつかない。首を傾げるけれど、目の前の男はそれに構ってはくれないようだ。なんと自分勝手な奴だろう。
「ある男の話だ」
そうして男は、煙草を吸いながらおもむろに語り始めた。
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