陽に焦がれる
黄鱗きいろ
出会い
目を開くとまるい月が見えた。
全身が冷たい。右手を持ち上げて目の前に持ってくると、顔にぽたぽたと水滴が落ちてくる。腕にまとわりつくのは黒いドレス。少女は死に装束を着たまま、水面にぷかぷかと浮かんでいることに気がついた。
銀色の大蛇が――否、巨大な龍が水面を波立たせ、するすると近づいてくる。龍はなめらかな動きで少女の目の前に滑り寄ると、勢いよく鎌首をもたげた。
濡れそぼるたてがみが水を弾き、徐々に持ち上がり、口の両側から伸びる長い髭が、銀色の月光を受けて煌めく。盲いているのだろう。そのまなこは白く濁っていた。
水面に仰向けに浮かびながら、少女は問う。
「アナタは神さま、ですか? 私を食べにきたんですか?」
「否。そなたは我の花嫁だ」
巨龍は知性溢れる声色でそう断言した。
「私、死んだのに、死にきれなかったのですね……」
少女は水面で上体を起こした。不思議と水面は少女の体を沈ませることはなく、まるでそこに透明な板があるように彼女の体を持ち上げた。
「否。そなたは既に死んだ。死んで我の花嫁となったのだ」
巨龍はもたげた首をそろりと下ろし、少女の目の前に顔を近づけた。
「そなたは我の花嫁だ。そなたがどう思おうと、我はそなたを愛する。もう逃げられはせんぞ」
巨龍は静かに繰り返す。白く濁ったまなこで見つめられる。――それだけで少女は全てを諦めた。
水面に膝をつき、少女はひれ伏した。言うべき言葉は不思議と脳裏に浮かんできた。
「この体朽ちるまで、御身を愛することを誓いましょう」
額が水面につくほどに頭を垂れ、栗色の髪が一房落ちてきて水に浸かった。
「顔を上げよ」
少女は顔を上げた。巨龍の顔は少女の目の前まで迫っていた。少女は身をこわばらせ、巨龍を凝視する。
巨龍は少女の額にかすかに触れ、離れた。口づけされたのだ、と数秒遅れて少女は気付く。
「そなた、名は」
年老いた龍は囁くように問うた。少女は目を伏せながら答えた。
「ルチアナ、と申します」
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