第5話 新組織と矢倉周人


◇新組織


 いまや様々な分野で、あらゆる複合的な問題が発生し、それがどの官庁に属するものか即座には判断の付かないものもできてきた。世界の動きに対応し、変化のスピードについていくためには、省庁の垣根にとらわれず、発生した問題を瞬時に解決し、あるいは将来の課題を未然に発見し解決しなければいけない。

 

 例えば要人警護の分野でも、いまやその要請が多様で多彩化し、警察だけでは無理が生じてきたこと。

それぞれの組織で警備するには不都合なことや無駄な事が出てきたこと。また実際にこれまでも数件、組織をまたがる警護や護衛のプロジェクトチームが組まれた経験があること。

 それならいっそ、特殊な警護や複合的総合的な警護を一括化しよう、という理由である。


 警護の分野では、これまでの警察庁や都の警視庁などの要人警護課は今後も必要なかぎり残るが縮小される。だが、警護対象者の貢献分野が特定できない人間や何らかの枠外の警備・護衛の必要性ができた時に限り、この新しくできた新複合特殊課題解決組織が行う。どこの省庁や自治体にも属さないが、どこの省庁・自治体にも属する課題を解決することになる、と。


 「つまりは国家版『何でもやる課』『すぐやる課』だな」

 庁内内部人事配置説明会を開いた国家公務員全省庁合同人事課課長は、こともなくそう言った。……と、まことしやかに流れた。


 組織は肥大化する、とは誰かの言葉だ。

そして、官僚組織は自律不可能に肥大化する。

スリム化をはかるために新しい組織が作られると、結局、念のためといって残された組織はやはりそのまま残り、新たにできた組織が新たにできた仕事を担うことになる。仕事は増える。

 そして特殊問題解決だ、新複合問題解決だいってできた新しい官僚組織は、結局新しい仕事を作ることになる、のか?



◇矢倉周人


  矢倉周人が属することになった新しい組織は、行政大改革再編の一環として新設された。

 新複合特殊課題解決隊。

 なんじゃそれ?


 官公庁始まって以来の大交流人事だ、と言われて周人は出向いた。

 今回できた機関は、全官公庁から人員が集まってできた組織だ。周人は以前は保安庁に所属していた。

 他にも防衛と外務省が統合してできた平和安全保障省(通称は平安省)に所属していた者、宮内庁警護課出身のものもいる。子ども省から来た者もいる。かててくわえて、何やら中途採用のメンバーもいる。その採用も、それぞれの省庁が改革の途中でアピールの為にそれぞれの枠で独自に中途採用をした者や、この新しい組織が採用したものもいる、

 

 さて、特殊問題解決隊、新複合課題解決班などいろんな言い方をしているが、それがどういうことだがよく分からない。だが訓練期間が一年以上あるのだし隊というからには武官だろうと周人は思っていた。だが初日に驚いた。

 集まった人員は、まったくバラバラだったのだ。見た目が全く違う。

特に、首都のグループは。

 

 まず体格があやしい。

 これまで警護や警察、自衛隊など武官といえば、身体が丈夫で頑強、と相場が決まっていた。ラグビーやアメリカンフットボール、格闘技などの激しいスポーツの経験があったり、柔道や剣道など武道の経験や訓練を経ている。だから必然的に身長が高く、肩幅もあり、見た目がっしりとした人間がなる。

 

 しかし集まった人員は、そういう者ばかりではなかった。

 確かに何名かは、いかにも警察、SPと分かる雰囲気の人間だ。だがそういうメンバーに限って、訓練が始まって数日後から、元の機関の警察や防衛部門に戻されていった。

「これほどの優秀な人材には、訓練はいりません。どうぞラインにお戻しください」との言葉が添えられて。そういう噂だった。

 

 ていのいい断わり文にも思えるが、残ったメンバーの多勢を見ると、あながち本当なのかもしれないと思える。

 残ったメンバーには、というか周人のグループには特に、身長や体格もお粗末におもえるものもかなりいる。ひょろひょろとした体つきの人間や、あきらかに武道のたしなみのない人間だ。そして訓練しても、その体力や体格は変わりそうにもない。


 周人が書いた書類には、スポーツや武道の経験欄が大きく取ってあった。それでも周人には足りないくらいだった。しかし彼らは、あそこを空白にして、……空白だったとしか思えない、どうやってここに配置されたのだろう? 

 申請用に書かされた書類に、は他にも首をかしげることがあった。趣味の欄もやたら大きく取ってあって、周人はこれに無理やり思い出して入れた一行程度しか書けなかった。趣味と特技で、どうしてこれほどの記述欄が必要だと言うのだろう。

 

 しかし到着の初日から知り合い、仲良くなった円城寺文也は、あの趣味の欄が足りかったという。その代わりスポーツの欄は1行しかないと、周人に明かしていた。

 

 円城寺文也は、見るからに育ちのいい頭の好さそうな男だった。

 スタイルはいいし、適度に流行を取り入れた質のいい服を着ている。彼が乱れた髪をしているのを見たことがない。

「だってさあ。ボクは身体を動かすことって嫌なんだよね。自分のカバンより重たいものって、持ちたくないし。自宅から駅までの800メートル以上の距離は歩きたくないし」

「学校はどうしたんだ。中学も高校も、駅の近くだったのか?」

「中学までは車で送り迎え。高校は中学と並んであったから、中学の正門前で妹と一緒に降ろしてもらって100メートル歩いた。大学は駅が近かった」

 確かに東大は、三つの駅のどこからも歩いて数分もかからない。


「一体どういう坊ちゃんなんだ」

「うん。確かに資産は多いね」

円城寺文也はけろりとして言った。

「僕がここに配備されたのは、ホテルに泊らせることのできない外国の客人が来た時に、宿泊させることができる家が都内に一つ二つは必要だからさ」

周人の驚きを無視して、彼は続けた。


「うちだったら、警備スタッフも含めて宿泊できる部屋がいくつかあるし、都内だし。お客様が飽きた時には散歩できる庭もあるし」

 そんな家が都内に存在することすら知らなかった周人は、ため息をついたものだ。彼が欄に書いたスポーツは水泳だ。確かに水泳は何も持たない。


 他にも、萩原白秋という、詩人から名前をとったという者がいた。

 彼はややくせ毛らしい髪を毎朝一生懸命撫でつけているようだが、それでも夕方になると耳の横がはねてくる。愛嬌のある髪だ。

 だが、彼は人と話す時に顔を見ない。別に暗い性格ではないだろうが、目が合おうとするとサッと逸らす。目を逸らしたまま、話す言葉は豊富だ。正確には目を合わせないと饒舌で、目を合わすと寡黙になる。詩人と言うよりは、対人恐怖症のセールスマンみたいだ。


 「おい、オレの目を見て話せよ」

会話中に一度そう言ったことがある。

「疲れるんだよ。目を見ると情報量が多すぎてさ」

訳の分からない理由を、白秋はやはり周人の目を見ずに答えた。

 訓練で同じグループに配属されたので、会話をしない訳にはいかない。だが、まるで観察されているように見つめられて、何気に見返すと目をそらされるのは、少しヘンな気分だ。でも人間はいいヤツだから、ケンカにならない。彼はスポーツの欄に「卓球」と書いたらしい。どれくらいの腕かは知らない。「温泉でやったことあるから、書いた」そう言っていた。

 

 それから大内さくら。

 名前は女だが実際は男だ。男なのに、おネエ言葉を話す。で、態度や洋服の具合が女性的だ。

 どういう料簡で、両親は男の子にこんな名前を付けたのか分からない。おかげで名前に負けずに、すくすくと育ったというわけだ。

「女ばかりの四人姉妹のあとに生まれた末っ子長男よ。お姉ちゃん達に囲まれているうちに、もすっかり女子に育ってしまったわけ」

 周人の疑問に、聞かれもしないのに答えてくれた。

「両親はほんとは期待していて、こんどこそって男の子の名前を用意していたんだけどね。お姉ちゃんたちが、お花の名前をつけないのは不公平だって、ダダこねてこの名前になったらしいの。もう4人もいる娘たちに、男親は反対なんてできないのよね」

 

 そうやって、桔梗、芙蓉、花蓮、牡丹のあとに、さくらになったらしい。彼だけひらがなの名前になったのは、小さい娘たちがまだ漢字をかけなかったからだ。彼女たちは、自分の名前の漢字が書けずにひらがなで書いていた。こうして彼に、4人の娘たちが唯一知っていた花の名前が付けられたらしい。

 日焼けするのはイヤだし汗臭くなるから屋外スポーツは嫌いだという。「ダンス」とスポーツ欄には書いたらしい。

 この三人は、周人と同じ訓練グループで、宿舎も同じにされた。周人と文也、さくらと白秋が同じ部屋だ。

 

 周人の訓練グループには女性が二人いて、鬼頭蓉子と吹浦サトコという。

 鬼頭蓉子は、訓練に入ってから直ぐに大内さくらと仲良くなったらしく、彼の美容アドバイスであっという間に美人になった。

 有名な判事の娘で、入って来た時はひっつめ髪の優等生風の女性だった。それが、小学生のころからかけていたらしいメガネが顔から外れてコンタクトになり、お化粧も上手くなり、着る服も洗練されてきた。たまに掛けるメガネは、今やおしゃれ用の伊達に替わった。

 

 休みの日は、さくらと一緒に一日外出している。ショッピングやエステらしい。判事も自分の娘の変貌に戸惑うことだろう。但し、口の悪さだけは最初から変わらない。毎日、冷静に公平にと努めながら悪党と格闘している父親が自宅でどのように過ごしているかが偲ばれる口の悪さだ。

 彼女は唯一、まともなスポーツ欄記入があった。「トランポリン」

 

 一方の吹浦サトコは、どこかしらアルプスの少女ハイジを思わせる雰囲気を漂わせている。まるで、何年も人里離れた場所で生きて、テレビも見ずに育って、本だけを読んで世界と社会を学んだみたいな。行動のテンポも普通の人間とリズムというか、拍子が違うようだ。

 一度も染めたことのない黒い髪の後ろのすそをパツンと切っている。前髪は時たま自分で切っているらしく、これも少し不揃い気味な長さだ。しかしそれがいとも自然に見える。

 得意の武道・スポーツ欄には「走ること」と書いたらしい。故郷の野山を走っていたのか。


 こんな者が集まって、同じグループとして訓練をするのだ。

 初日にグループ分けされ、訓練中の宿舎もおなじ場所に突っ込まれた。都内にあるかつての自衛隊幹部大学校が移転したあとを改造してできたらしい宿舎兼訓練所だ。

 門の看板には『統合特殊新課題解隊訓練所兼待機所』と掲げられていた。



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