どうかこの恋を笑ってくれ

深見いろは

前日譚として

 あのひとのことを好きだと確信したのはいつだっただろうか。


 初めてあのひとのことを知ったのは、私の希望するA研究室に、友人が高校時代から懇意にしている先輩がいるという話を耳にした時であった。そのときは友人の交友関係の広さに感想を述べただけで、あのひとに関しては顔も知らなかった。むしろ、遼河りょうがさんという、A研究室所属で私の一つ上の先輩によくしてもらっていて、あのひとのことは思考の引き出しのどこかにしまい込んでいた。当時、A研究室は時間拘束がほぼないとか、B研究室は泊まり込みが横行しているとか、そういう噂の真偽を確かめることと(今では元がつく)恋人との冷え切った関係にけりをつけることに精一杯だったのだ。毎日の腹の探り合いにどこか殺伐とした空気を感じつつ、恋人とのなんらときめかない逢瀬を繰り返していた。

 バレンタインの直前にようやく恋人との関係に終わりをつけ、自動車教習所通いを始めたり、研究室配属の駆け引きを静観したりしていた。冷めていたとはいえ、心の整理はそう簡単につかなかった私は、忙しさでうまく忘れられやしないだろうかとやっきになっていたのかもしれない。その数日前に遼河さんの学年の研究発表があり、強制参加で聞きにいった。後日聞いたところ、最期のグループだったこともあり、全体的にだらけた空気になっていたのをいいことに彼はサボっていたらしい。

 ひなまつりのころ、研究室配属の希望調査が始まった。大学の研究室の配属希望は、貼りだされた研究室名一覧表に名前を書いていく形式で、誰がどこの研究室に行こうとしてるかが丸わかりだった。事前に小耳にはさんだ情報通りに記名する人もいれば、その逆もあり、初日の1時間後にはあらかたの学生が記名を終えていた。私は入学当初から気になっていると公言していたA研究室の欄に記入し、周囲が納得したかのような顔をしていたのをよく覚えている。

 私自身の希望が無事叶い、入学式の二日後に研究室の同学年の顔合わせが行われた。新しいことの始まる高揚感と、すっと背中が寒くなるような感覚とがないまぜになっていて、ひどく心が浮ついていた。新学期は毎度のことだが何かしら用事が多く、追われていればあっという間に初めてのゼミを迎えた。そこで、ようやく、私はあのひとと顔を合わせることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうかこの恋を笑ってくれ 深見いろは @miromiro316

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る