明晰夢と少女

こばとさん


 ガランタミンの錠剤を、舌の上に置く。

 ペットボトルを口に当て、ごくり、と、水と一緒に喉の奥に流し込んだ。

 淡い橙色がぼんやりと照らす薄暗いワンルーム、深夜三時。

 カーテンの隙間、ベランダ越しに暗い街並みを見下ろしてから。

 明かりを消して、ベッドに戻った。


 眠りに落ちるのを妨げるかのような、脳への刺激。

 バチ、バチと、神経が切れてしまうかのような感覚。

 不安や恐怖を感じないように、落ち着いて呼吸をする。

 何も考えず、鼓動を意識せず。

 それを乗り越えると、記憶が飛んだかのような、

 

 闇──


 眠りに落ちる。

 

 どれくらい時間が経ったのか分からないし、意識したくもない。

 広がるのは、灰色の草原。

 幼い頃に見た情景か、映画のワンシーンか。

 それはどうでも良い。

 とにかく──これは自分が見ている、夢なのだと、明確に意識した。


 周囲が色を持ち、きれいな空と、果てなく広がる光景。

 風の音が響き始める。


 ひゅう、ひゅう。


 声は出せない。

 それでも、意識して、何かを、呼んだ。

 

 ──自分の隣に、ひとりの少女。


 年齢はわからない。

 初恋の子か、テレビでよく見かける美少女か。

 わからない。


 ほほえみ、愛らしい。


 長い黒髪。顔は見えない。

 自分より背が低いこと、ふわりとした服を着ていることしかわからない。

 それでも。


 きゅっと。


 自分の手を優しく握ってくれ。

 その温かさだけで、多幸感を、覚えた。

 

 会話もなく。

 ただゆっくりと、手をつないだまま歩く。

 草原を、見知った都会の道を。

 階段状の狭い路地を、絵本のような色合いの街を。

 飽きることはなく、なんとなく空を舞い、浮遊感を十分に味わう。


 ふわり、ふわり。

 

 やがて。

 迎えるのは、別れの場面。

 すっと手を放し、正面に立つ少女。

 相変わらず顔は見えないけれど、何となく微笑んでいるような気がして。


 また、会おうね、と。


 それは少女が言った言葉か、それとも自分が言ったのか。

 すうっと、背中に冷たく、それでも穏やかな風が当たる感覚。

 それはまるで。

 穏やかな気持ちで見ていた映画が終わりを迎えるときのような──


 


 自分の部屋の白い天井が、視界に飛び込んできた。



 ゆっくりと、余韻を楽しむかのように。

 身体を起こした。

 壁の時計は、六時を指している。

 カーテンの隙間から差し込む淡い朝日。

 わずかに明るくなり始めた自分の部屋が。


 とても心地のよい場所に、思えた。

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