あの日、あの事件。

水楢 葉那

何が起きたのか。

初夏の北海道は、まだまだ涼しい。

だんだんと緑が濃くなり、あちこちで新たな命が芽生える。


そんな清々しい、晴れた日に、ある家では休日だというのに、バタバタと忙しそうに家の中と外を行き来している人の姿があった。

その家に住むのは、まだそこへ引っ越してきて間も無い一つの家族であった。


その家族は、夫婦と、娘と息子、愛犬の4人と1匹家族だった。

その日は、雲ひとつない天気だったので、母親は庭で洗濯物を干していた。

父親と愛犬は、子供2人が遊んでいる様子を眺めていた。


母親が洗濯物を干し終わり、家に入ろうとした時、犬小屋に向かってヨロヨロと歩いて行くものを見た。

それは、大きめの猫くらいのサイズだが、猫ではない。

全身の毛は、所々抜け、ガリガリに痩せ細り、みすぼらしい後ろ姿。

明らかに、何か病気を患っているようだった。

あれはなんだ。

母親が目をよく凝らして見てみると、それは狸だった。

その姿から見て、疥癬病という皮膚病を患っているようだ。

野生動物を触るということ事態が避けるべき事だが、疥癬病は、人間はもちろん、犬も感染するので、それを患っていると思われるものに触れてはいけない。

愛犬の通う獣医のところで、そんな話を聞いた事があった。

母親は、狸が犬小屋に入らないように、ただそれを見ているしかなかった。

母親は、父親にその狸のことを話すと、父親はその狸を見に行った。


なんとも可哀想な姿。

何かしてあげられないものか。


そう考えながら、少し離れた所から父親は狸を見守っていた。

その時、狸が姿を消した。

古い物置小屋の床下に隠れたのだ。

きっと、そこを死に場所に決めたのだろう。

何故か、生き物の大半は何者の目にもつかない、暗くて狭い場所で、たった一人でひっそりと死ぬ事を願うのだ。


そうだ。

床下に食べ物を入れてやろう。

普段はやってはいけないが、弱った狸になら…。


そう考えた父親は、母親に相談して、魚肉ソーセージを床下の入り口にそっと置いた。




翌日、その家族の元にある男の人がやって来た。

その人は、別の用事で訪ねてきたのだが、その狸の話を聞いて、狸がどうなったのかが気になって仕方がなくなった。

そこで、その人は物置小屋に入り、床をはがした。

すると、そこには狸ではなく、狐の死骸があった。

それは間違いなく狐であったし、新しいものであった。



ー死にそうな狸が入って行ったところには、次の日狐の死骸がー

そこには、狐の死骸以外の物は、何も無かった。

あとは、口のつけられていない魚肉ソーセージが入り口に転がっていただけだった。

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あの日、あの事件。 水楢 葉那 @peloni

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