ラスボス倒したら僕がラスボスになってたんだけど

葵 龍之介

第1話 xo魔梨亜oxと、風のない街


ボウケンクエスト -平野-




 赤、青、緑。

 三色の混ざり合う光線が、僕の目の前を通り過ぎていく。



 ドォォォォォン!!!!



 的が派手に壊される。

 その小爆発で、辺りがすこし煙たくなった。

 紫色の光を纏った魔法銃を抱えて、「xo魔梨亜ox」がこっちに走ってくる。



「ねえねえ、ナツメグ。今の見てた?? 見てた??」



 彼女の赤く長い髪がわしゃわしゃと、走るのに合わせて揺れる。

 僕は的の方ではなく、彼女の短めの灰色のプリーツスカートとニーハイが織り成す絶対領域の方をずっと見ていた。

 しょうがないことだろう。



「見てたかって聞いてるの!! このサーバー最強の、魔梨亜様の実力を!!」



 xo魔梨亜oxは、背は小さめで、華奢な女の子。

 紺のブレザーを着ている。

 僕と同じ高校二年生。

 僕は今、彼女の射撃訓練に数時間くらい付き合わされているところだ。



「見てた、見てたよ。でも、的に当たるまでどんだけかかってんだ」


「この距離で、的に当たるってすごくない?? ……すごくない??」


「それは確かに、そうだね……」



 xo魔梨亜oxは、このサーバーで最強のスナイパーになりたいらしい。

 このゲームは、プレイヤー自身にある「命中」というステータスと、装備している武器についている「命中」ステータスの合算で総合的な命中力が決まる。


 ……つまり、このような訓練をしてもしなくても、ゲーム上、命中力は変わらないのである。


 しかしストイックすぎる彼女は、遠いところに的を立てて、わざわざ射撃訓練をやっているのだ。

 命中力を少しでも上げようと。



「ナツメグはいつも感動が薄いね……。この距離をモノにしたら、本当にもうこの魔梨亜様に追い付けるやつはいなくなるんじゃない?? 魔梨亜、こんなに強くてこんなに可愛くて、大丈夫かな?? 大丈夫??」



 xo魔梨亜oxはそう言って、僕の近くにやってくる。

 彼女は自分で言う通り、結構可愛らしい顔をしている。

 しかし、『自分最強、自分可愛い』などの発言を平気でしまくるので、ゲーム内掲示板などで晒され、その意味で有名人となっていた。



「でも僕が思うに、サーバー最強になりたいんだったら、その遠距離型の魔法銃じゃなくてもっと近接戦闘用のさ、剣とかそういうの使えばいいんじゃないの? 剣は対人戦で優遇されてるし」


「うーん……。それは違うんだよ。違う。誰でも小さい時は魔法使いとガンマンになりたかったじゃん?? その両方のカッコいいとこ取りしたい!!」



 誰でも魔法使いとガンマンになりたかった……?

 彼女はどんな環境で幼少期を過ごしたんだろう。

 ……僕は別になりたくなかったけど。


 xo魔梨亜oxが片膝をついて、向こうの山の方に標準を合わせる。

 彼女はウインクした。



「そのウインク、何なの?」


「ウインク……?? ああ、これ狙ってるだけ!! このスコープを覗く時、片目つぶると見やすいんだよね。……言われてみたら、確かにウインクしてる!! 私可愛いかな?? ナツメグがそう言ってくれるなら嬉しいな!! 一生魔法銃使い続けよ!!」


「……何か勝手に盛りあがってるけど……。可愛いとは別に言ってないような……」



 ウインクしながら遠くの山に標準を合わせる彼女。

 彼女のスカート丈とニーハイの絶対領域が強調される。


 ちなみに、この世界は風が吹かない。

 もしここで強い風が吹いてくれたら……と思う。

 僕は風のある世界の方が好きだ。



「ナツメグ、見てる?? このウインク!!」



 早速ウインクアピールが始まる。

 さっきまで気づいていなかった癖に……。



「そんなにウインクしたかったら、ウインクしながら剣を振り回せばいいじゃん。その方が多分強いよ。さっきも言ったように剣の方が優遇されて……」


「ナツメグはわかってないな。わかってない。狙う時に自然に片目をつぶるっていうのがいいんだよ!? 自然にウインクするっていうのが大切なの」


「どうでもいいよ、別に……」


「ナツメグ、今日こそ『最後の塔』攻略しようよ!? 魔梨亜はいつでもオッケーだよ!!」


「僕も別にいいけど……」


「あ、私、銀行にお金預けてきてなかった……」


「……全然オッケーじゃないじゃん」


「そこの『はるかぜ街』に行ってくる!! ナツメグ、ちょっと待ってて!!」



 彼女は大きく手を振り、ウインクした。

 そして街の方へと駆けてゆく。


 最後の塔は、プレイヤーの死が確定している塔だ。

 プレイヤーが死ぬと、デスペナルティで所持金が半分になる。

 だから、最後の塔に行く時は所持金をほぼ銀行に預けてからにするというのは、決まりごとのようなものなのだ。

 ちなみに僕は普段から金欠なので、別に所持金が半分になろうがどうでもよかった。



 僕は草原に寝転ぶ。

 今日は昼寝日和である。

 ……このゲームには「晴れ」しかないのだが……。

 風といい、天気といい、もうちょっと力を入れてほしい。



 僕はこのMMORPG「ボウケンクエスト」というゲームを長いことプレイしている。

 xo魔梨亜oxも同じくらいに始めたプレイヤーだ。

 僕が始めた頃はあまりプレイヤーが多くなかったこともあり、お互い気が付いたら仲良くなっていたのだった。

 現実世界には友達がいない僕にとって、このゲームは居心地が良かった。



 このゲームは、マゾゲーと呼ばれている。

 難易度が高すぎるからだ。

 一応ゲーム内にラスボスがいて、それを倒すことが目標ということにはなっているのだが、難しすぎてラスボスの近くにすら行けないのが現状だった。

 掲示板などによると、まだ誰も倒したことがないらしい。


 そのラスボスは「最後の塔」というところにいる。

 しかし並のプレイヤーでは、ラスボスがいるその塔にさえ辿り着けないのだ。

 その塔は20階立て。

 ラスボスはその20階にいるとされているが、10階に到達したプレイヤーすらいない。

 5階までいけたプレイヤーが1人いるだけだ。

 それは僕なのだが……。


 このゲーム、ラスボスを倒すというメインストーリー以外には特に目立ったコンテンツはない。

 対人戦(PK)もあるにはあるのだが、剣が明らかに優遇されていて、しかもそれに対して何の調整も入っていないため、バランスがおかしなままなのだ。

 運営があまりにも仕事をしない。

「ゴーストの森」というPKエリアもあるが、バトル大好きな一部の者を除いて特に盛り上がりも見せていないのが現状だ。

 ちなみに僕は対人戦はやっていない。

 モンスターを倒すのは楽しいのだが、プレイヤーを攻撃するというのにやや抵抗があるのだ。

 なので僕は対人戦用のステータスではなく狩り用のステータス、つまりモンスターを倒す用のステータスにしていた。


 そんなよく分からないゲームが今、少し流行っている。

 その難易度の高さから、逆に物珍しさでここに来る人が多いのだ。

 ボウケンクエストはレベルもなかなか上がらない設定になっているのだが、僕は単純作業が大好きなので、ひたすらザコ敵を何十時間も倒し続け、かなりのレベルにまで自己を高めていた。

 あまりにもレベルが上がりにくいことと、対人戦にも魅力がないことで、なかなか未来が見えてこないゲームであった。



 僕は、人がいない方が好きだ。

 じゃあゲームなんてやってないで部屋で一人でいろよと言われるかもしれない。

 ……違う。

 適度に人はいてほしい。

 多すぎるのは嫌だけど、少なすぎるのもつらい。

 ……まぁ、ワガママというやつだ。



 空には、太陽。

 ここは草原なのだが、僕のいるあたりにはモンスターが来ない。

 だからこうしてゴロゴロ日向ぼっこするのにはだいぶ適しているのだ。

 僕は大きく伸びをした。





 僕が目を覚ますと、辺りは真っ暗になっていた。

 焦って周囲を見回す。


 空には月が出ていた。

 それと星たち。


 このゲーム、天気は晴れしかないが、朝昼夜の区別はある。

 こんなに暗くなるまで、僕はここで寝てしまっていたというわけだ。



 ……そういえば、xo魔梨亜oxは……?



 近くの街に行くって言っていたな。

 ここから一番近い街は、「はるかぜ街」。

 春もなければ風も吹かない世界なのに、なぜこの名前にしたのか。


 とりあえず、その街へ行ってみることにした。

 xo魔梨亜oxも、こんな夜になるまで僕を放っておかないで、起こしてくれればいいのに……。



 目が暗闇に慣れてきて、だんだんと周りが見えるようになる。

 しかし、妙だ。

 モンスターが一匹もいない。

 この平野はそこまでモンスターが多い場所ではないのだが、全くいないということは今までになかった。

 珍しいこともあるものだ……。


 そんなことを考えながら、平野を南に歩いていった。





ボウケンクエスト -はるかぜ街-




 平野を南に進み、はるかぜ街に入る。

 やはり、人の気配がない。

 この街は広場がいくつもあるのだが、その広場全てに人がいなかった。

 これは変だ。

 また、夜というところが若干怖い。

 街だから、いきなりモンスターが出てくるということはないのだが。


 これだけ人がいなかったら、いつも混んでいる狩り場に行き放題!

 ……とも一瞬思ったが、モンスターもいないのだ。

 どういうことなのだろう。



 とりあえず僕は街の中央にある広場のど真ん中に、寝っ転がった。

 普段は人がいるから、こんなことはできない。

 ……誰もいない時にしてみたいことって、結構あるんだよな。

 ……この広場で全裸になって踊り狂ってみようか。



 バサ……バサ……バサ……。



 その時、ゆっくりと、

 僕の頭上を一匹の大きな黒っぽいドラゴンが通過していった。



「……え……?」



 思わず声が出た。

 それはゆっくりと、北西の方へと飛んでいく。


 僕は急いで起き上がる。

 よく見ると、そのドラゴンに人が一人乗っているようだ。

 長く黒い髪の……色白の女の子。

 こちらには気づいていないようだ。

 全裸で踊り狂っていなくて、本当に良かった。


 僕はそのドラゴンを走って追いかける。

 あの人に聞けば、何か分かるかもしれない。



「すみませーん!」



 両手を挙げ、叫んでみた。

 聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか分からないが、彼女は一切それには反応しなかった。

 彼女を乗せたドラゴンは、そのままゆっくりと飛んでいく。

 それはまるで僕を誘導するかのような、緩やかな速度だった。





ボウケンクエスト -魔境平原-




 ドラゴンに続き、僕は魔境平原へと入った。


 魔境平原。

 それは、「最後の塔」の手前にある平原だ。

 強めのモンスターがウヨウヨしている。


 ……はずなのだが、今は誰もいなかった。

 でもきっと、あのドラゴンについていけば、何かは分かるはず。

 その一心で、それを追いかけていた。



 しばらく魔境平原を走った後、黒いドラゴンは「最後の塔」最上階のあたりで姿を消した。

 恐らく、最後の塔の中に入っていったと思われる。

 ……何が起こっているのかは分からないが、きっとそこに何かはあるのだろう。


 しかし、最後の塔の最上階なんて行けるはずが……、



 あった。



 今はモンスターがいないのだ。

 もしや、誰も到達できなかった最後の塔の最上階まで、今なら余裕でいけるのではないのか?

 何だかワクワクしてきた。

 噂でしか聞くことができなかった最上階。

 今もプレイヤーの間で、そこに何があるのか話題になっている。

 どうなっているのか、見てみたい。



 僕は魔境平原の真ん中にある、最後の塔の入口まで走る。

 こんなに呆気なく塔の入り口まで来れたのは初めてだ。

 きっと中にもモンスターはいないだろう。


 ……ところで、ラスボスはどうなっているんだろうか。

 ラスボスもいなくなっていたりして……。

 でも、その可能性はある。


 ラスボスの名前は、「ハイパーアルティメットキングドラゴン」。

 名前だけは、やけに強そうだ。

 誰も姿を見たことはないのだが。



 ……ドラゴン?



 もしや、あの、さっき飛んでいた黒いドラゴンが実はラスボスなのか?

 ……まさか、な……。


 とにかく、最上階へ行ってみよう。

 いざ、最後の塔へ。





ボウケンクエスト -最後の塔-




 最後の塔の内部は、単純な作りだ。

 全く同じ形のフロアがひたすら続いていく。

 僕は、ただ上へと駆け上がっていった。

 最高到達地点である5階を簡単に通り過ぎる。


 ……本当に誰もいない。

 あっと言う間に10階を通り過ぎた。

 いまだにフロアの構造はどの階も全く同じであった。

 きっと最後までこのままなんだろう。


 流石に疲れてきたので、そこから上は休み休み行くことにする。



 そして、遂に、20階が見えてきた。

 果たして、最上階にはどんな光景が広がっているんだろう。

 少しドキドキする。



 20階に到達。



 申し訳程度に入り組んでいたそれまでの階とは違い、いきなり大広間が現れた。

 ここに普段はラスボスがいるのだろうが……。



 ……待てよ。


 誰かいる。



 そこには、王座に座る一人の男がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る