殺し屋じゃあるまいし
みやのかや
第1話 不幸少女とオレ
(不幸自慢ってもんは、聞いてると本当にキリがないな)
俺がそんな事を改めて思わされているのは、目の前にいる少女が原因だ。
この少女――名は霧島綾乃と言うらしい――は、俺に自分の生い立ちから今までの不幸話を延々と愚痴り続けている。
もうどれだけの時間が経ったかわからないが、出会ってから今まで、綾乃はずっと喋り続けていた。
綾乃の親はいわゆる親バカならぬバカ親であり、おおよそ子供を産み育てるに適していない存在だったらしい。
まず父親は、綾乃の存在を聞かされた途端に行方不明となった。
そして母親は綾乃を産みはしたものの、その世話は自分の両親、綾乃にとっての祖父母に丸投げし、新しい男の所へ行った。
不幸中の幸いとして、その祖父母は、どうしてあんな母が育ったのかわからないと綾乃が言うほど、優しくて良い人達だったらしい。
優しい人間が良い親になれるかはまた別の話だと思ったが、まだ若い彼女にはわからないだろうと思い、俺は黙って話を聞き続けた。
そんな祖父母に育てられ、学校では親がいない事で嫌な目にあったり、周りの女子からは冷たくされたりしつつも、何とか高校に進学した。
そこからが彼女の本格的な不幸の始まりだったそうだ。
まず、交通事故で祖父母が死んだ。しかも犯人不明のひき逃げで、未だ犯人は捕まっていないらしい。
そして、そこへこれ幸いと綾乃の母が帰ってきた。
今まで一度も顔を見せなかったくせに、綾乃の母は我が物顔で祖父母の遺産を食い荒らし、当然の権利だと言わんばかりに家を乗っ取った。
さすがに言わなかったが、心のどこかで「典型的なそう言う話だな」という考えが浮かんだ。
そしてまあ、ここからはお約束のような流れだった。
まず母の新たな男が家にやってきて、綾乃に対して性的な目を向け始める。
綾乃は身の危険を感じて家出を考えるが、自由になる金がない。
そこに畳み掛けるように、母の多額の借金の存在が発覚。
綾乃の家に借金取りがやってくるようになる。
そうなったらもう、そいつらに綾乃が売られるのはお約束中のお約束。
女子高生が借金のカタに売られてやらされる事なんて、大概は決まっている。
最終的な結末は、まあ、別にそこはお約束でもないとは思うが、予想の範囲内ではあった。
「首を吊って、死んでやったわ」
壮大な不幸自慢をそう締めくくった綾乃は、してやったりと言った風な笑顔を浮かべる。
彼女は割りと整った容姿をしていた。背中まで伸びた黒のロングヘアに、それと対照的な白い肌、くっきりとした目鼻立ちは可愛いというよりは美人と言ったほうがしっくりくる。その容姿も不幸の原因になっていたのかもしれない。
そんな彼女の白い首には、赤い縄の跡が痛々しく残っていた。
「そうか。そいつはまあ、何ともご愁傷様だったな」
俺は当たり障りのないセリフで彼女を労う。
正直なところ、別に自殺する必要はなかったんじゃないか、とか、死ぬくらいなら殺しちまえばよかったのに、とかは思ったが、優しい祖父母に育てられた一介の女子高生にそれは難しかったんだろう。
「私の人生はさ、お母さんに好き放題されてきた。だから最後くらい、思い通りにはならないぞって思ったの」
意地で死を選ぶ。そう言う最期もあるのか、と俺は不思議な気持ちになった。
俺にとって死はいつも身近にあって、その上には何の感情も乗っていない。彼女の示したような矜持も、多くのものが乗せるはずの恐怖も、俺の知っている「死」にはなかった。
「お前は、それで良かったのか?」
問うてすぐ意味のない質問だったと後悔した。そんな人生を送ってきた少女にかける言葉じゃない。
ただ、俺が抱えていた問いを、彼女にぶつけてしまっただけの、そんな問いかけだ。
彼女はあごに指を当て、何もない宙を見た。すると突然、彼女の体から光が漏れ出し、その光はゆっくりと上へ舞い上がっていった。
「あー、もうお別れみたいだね……」
どうやら時間切れらしい。成仏というやつだろうか。彼女の体が少しずつ薄くなっていく。
何もない真っ白な空間に俺と彼女は二人きりだった。そんな状況で延々と彼女の身の上話を聞かされ続けたのだった。
(成仏するってことは、満足してるって事なのか)
1人で納得している俺を見て、彼女は笑った。
その笑顔に、俺は言葉を失った。
「私の人生が良かったかどうかはわからない。けど、もう終わったことなんだって、自然と思えているの。
たぶん、あなたに話を聞いてもらって、胸がスッとしたからだと思う。あなたは肯定も否定もしなかった。ただ、私の人生を受け止めてくれたから」
俺が今まで見てきたものの中で、きっと、たぶん、一番キレイな笑顔。何ものにも縛られず、全てから開放された真の笑み。それを見て、俺は、思った。
――羨ましい、と。
「それに、あなたなら任せても大丈夫だって思ったから」
消えていく彼女が言葉を続ける。俺はただただそれを聞くことしかできない。
「私の分まで、楽しんで生きてね」
そう言い遺し、彼女が消える。
同時に俺の視界も少しずつ暗くなっていく。
(あぁ、俺も聞いてもらえばよかったのかね)
彼女は言いたいだけ言って、消えた。
同じくもう死んでしまっている俺の話を、一つも聞きもせずに。
(俺の人生は、これでよかったのか?)
死んで、この空間にやってきて、一番に思った事はそれだった。
俺はやるべき事をやり、できる限りの最善を選択してきた。
だが、結果として俺は死亡し、この手には何も残されていない。
何かを間違えたのか。どこかで失敗をしたのか。あるいはそもそも――。
(俺の人生に価値なんてなかったのか)
視界が真っ暗になる。
瞬間、床が消えたような浮遊感のあと、すさまじい力で首が何かで絞めつけられる。
(な――っ!?)
空気が吸えない。体内への空気の出入りが首元で完全に阻害されている。
苦しい。足をばたつかせて足場を探すが、空を切るばかりだ。
「――っ!」
誰かの叫びが聞こえる。次の瞬間、体が宙に浮き、首の束縛が緩まった。
「ゲホ! ゲホ!」
行き場を失っていた二酸化炭素が咳となって吐き出され、そのすぐ後、求めてやまなかった酸素が肺へ取り込まれる。
朦朧としている意識の中で、誰かの声が聞こえる。
「……! ……たら、……じゃすま……!」
「あに……! まだ……てます!」
途切れ途切れに聞こえてくるのは男の声。2人いるようだ。
ここは地獄というやつなのだろうか。綾乃は天に昇っていき、俺が地に落とされた(途中で吊るされたが)事から、そんな事を自然と考えた。
死後の世界なんて考えたこともなかったが、聞こえてくる声はいかにも地獄の鬼が発っしそうなドスのきいた声だ。
うっすらと視界が開く。異様に重い瞼を開くと、そこにあったのは。
「……赤鬼?」
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