携帯電話

@Kosuke2410

第1話

誰かが倒れていました。

塾からの帰り道、公園です。 日もすっかりと暮れていて、点在する街灯の明かりでところどころが浮き上がって見えるのがよけい気持ち悪いです。

僕の心臓はいっきに暴れ始めました。


こんな時、いったいどうすればいいのでしょう。学校でも塾でも教えてくれません。

この辺りにはへんしつ者もでると聞いていたので、よけい怖くなりました。

へんしつ者というのがどんな人なのかは分からないけど、きっと怖い人なのでしょう。


遠くから眺めてみます。

倒れているその人は体中が毛のようなもので覆われていました。

「ねえ」 僕は思い切って呼びかけてみました。

おもったとおり、返事はありません。聞こえないのか、もしかして死んでしまっているのかもしれません。

なんど頑張ってみても、情けなくなるくらい小さな声しかでなくて、すっかり悲しくなってしまいました。



勇気を出して恐る恐る近づいてみること、倒れているその人のまわりの芝生は、まるで多くの人がもみ合ったように足跡だらけでした。

いったい何があったのでしょうか?僕はもう一度声をかけてみました。

やっぱり悲しくなるくらい小さな声しかでなくて、やっぱり返事もありませんでした。


と、そのとき何か聞こえたような気がして、思わず周りを見回しました。

辺りはすっかり暗くなっていて、通りがかる人もいません。風の音だったみたいです。



心臓はもう破裂しそうです。

怖くてたまりませんが、倒れている人を放って逃げ出すのはいけない気がします。

もう少し近づいてみると、うずくまってうつ伏せに倒れているその人のすぐそばに何か光るものが落ちていました。

目をこらして見てみるとどうやら携帯電話のようです。


そのとき、ふっと風が吹きました。

そのひとから、汗と体臭のまじった生臭いような匂いが漂ってきて胸がむかむかしてしまいました。

震える足をなんとか動かしてそろそろとその人のそばに近づくと、目を背けながら片手をいっぱいに伸ばして携帯電話を拾い上げました。

ほっとした僕の目の前にその人の顔が現れました。

それは動物園でみたことのあるクマの顔でした。

その瞬間、うなり声のようなものが聞こえたような気がして僕は一目散にその場から逃げ出してしまいました。


逃げてる間中、誰かに追いかけられているような気がしていた僕は、急いで自分の部屋の鍵をかけると毛布に頭からくるまりました。

ぜえぜえと息がきれ、呼吸がうまくできません。

固くにぎった僕の手にはそれでもしっかりと拾った携帯電話が握り締められていました。



今ではあまり見かけない折りたたみ式のそれを開いた僕は、いけない事と思いながらもボタンを操作してみました。

適当にいじっていると、真っ暗になった画面から若い男のひとたちの笑い声が聞こえて来ました。

こんどは、シュウシュウという音が聞こえ、次の瞬間画面の中が光ると、その光でクマ男の顔が画面いっぱいに照らし出されました。

すぐに画面はまた暗くなり、同時にぱんぱんという爆発したような音がくりかえされました。


僕はぜいぜいと喉をならしながら、それでも画面から目をそらすことができませんでした。

画面の中からは笑い声がいっそう大きくなり、その合間にかすかにうめき声も聞こえます。

カメラのフラッシュがたかれたように、光がなんどもクマ男の姿を浮かび上がらせてます。

どれぐらい続いたのでしょうか。

突然クマ男がうなり声を上げながら、画面に向かって駆け寄ってきました。

歯をむき出し、よだれをたらしながら襲ってくるクマ男の表情を見た僕はそのままお漏らしをしてしまいました。

風景ぐらりと大きく揺れ、そこで画面は真っ暗になってしまいました。

けれども音声だけはまだ聞こえてきます。

男たちの怒声が響き、何かを蹴るような、殴るような音がなんども聞こえます。

どれくらい続いたのか、喧騒は遠くに響くサイレンの音でふつと途切れます。

「やべっ、いくぞっ!」「なにしてんだよ、ケンジっ!」「ケータイが。。。」

かけていく足音がどんどんと大きくなるサイレンの音にけされました。

そして、うめき声と、とぎれとぎれの声が聞こえました。

「、、、み、、き、ごめ、、なぁ、、、まも、、る」

その消えてしまいそうな小さな声を聞いた僕は、とても悲しい気持ちになりました。

僕は、携帯電話の電源をきり、机の引き出しの奥に押しこみました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

携帯電話 @Kosuke2410

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ