臭い女

@Kosuke2410

第1話

帰宅途中の電車の中、ドア付近にもたれてぼおっと立っていたダイスケは、あたりに漂う異臭に気づいた。

最初は降りしきる雨のせいだと思った。

濡れたスーツはいやな臭いを漂わせるものだ。

しかし見渡すと、どうやら背後の椅子に座っている人物がにおいのもとのようだということに気がついた。

こっそり覗き込むと、白髪交じりのグレーの頭頂部が目に入った。

たまらず向かいのドアに場所を移動した。

当の人物に気づかれないようにしながら再び盗み見る。

ジーンズにメガネ、だぼっとした服装だ。

服装からは定かではないが横顔からおそらく女性ではないかと思う。


「臭い人がいるね」ダイスケは友人のスマホに伝えた。

「そうか。人には事情があるだろうからな」

「事情ねえ」「たとえば風呂が嫌いとか、いろいろあるだろ」まさか見知らぬ他人に風呂事情を詮索されているだなんて、当人は思ってもみないだろうな、とダイスケはつぶやいた。


いいかい、例えばだな。と友人は風呂に入れないであろう理由を挙げだした。

「理由その1。最近リストラに会い、行く当ても無くさ迷っている。したがって風呂に入れない」

「リストラにあったからっていきなり家がなくなるわけでもないだろ」


「そうかい、じゃあ理由その2。夫からのDVと生活苦に悩んでいた。とうとう家を飛び出したものの、行くあても無くさまよっている。したがって風呂に入れない」

「それは悲惨だな、、、でもあまり悩んでるようには見えないけど?」

ダイスケはスマホでゲームをしているかの女性を見ながら言った。


「じゃああれだ。シャンプーが切れたので洗えなかったんだな。こだわりのシャンプーを求めてさまよってる」

「やっぱりさまようのかよ、、、」



「体臭で何かをカムフラージュしているのかもしれない」

「つまり何かを隠しているってこと?」ダイスケはあきれて問いかけた。「いったい何をさ」

「そうたとえば、あの大きな荷物の中に」確かに彼女の足元には不自然なほど大きい紙袋が置かれている。

「死体が」



「いったん、原点に戻ろう」友人がそう言い、

「そうだな、風呂が嫌いというのが正しいのかもしれない」ダイスケもそれにのっかった。

「もっといえば、水が嫌いなんだ」「嫌いというか苦手なんだ」

「そう、なぜなら彼女は吸血鬼だからだ」他愛も無い会話は、例のごとくくだらない結論に着地した。


そのとき当事者の彼女が立ち上がった。

荷物をひっつかむと、電車から降りて行く。

となりを横切る瞬間、彼女はダイスケのことをじろりとにらんでいった。



「。。。シンプルに考えよう。実は彼女は男だったんだ」

あまりの迫力と臭いに友人はそう言った。

「男だから臭いってどんな理屈だよ」

あれ、ここがキミの降りる駅じゃなかったかい?という友人の声を無視し、閉じた電車のドアの向こうに彼女の後姿を見送りながら力なく笑った。

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