第21話 またどこかで会えたなら
アエイスがハッとした表情で僕を見る。
彼女の持つ魔法の杖は、綺麗な青色の光に包まれていた。
「くっ……」
アエイスの悔しそうな声。
なぜなら、僕が既にアエイスと、かなりの距離をとっていたからだ。
ox琉奈xoがアエイスの注意を引いてくれたおかげで、僕はアエイスのスタン射程範囲から逃げることに成功していた。
ox琉奈xoは、このタイミングを狙ってくれていたのだろう。
アエイスがリフレクターで返すことは分かっていたと思う。
それなのに彼女は撃ってくれた。
絶妙すぎるタイミングで……。
そして、何も考えていないクソ野郎先生が、真っすぐ僕の方へと向かってくる。
今まではアエイスにスタンをかけられていたから、散々な目にあった。
しかしここはスタン射程範囲外。
クソ野郎先生はそれを分かっていない。
「死ねェエエエエエエエエエ!!」
クソ野郎先生が大きく振りかぶる。
勝った。
バゴォォォォォォォォン!!!!
ボクシングで言うならカウンターパンチと言ったところだろうか。
僕の大剣が、思いっきりクソ野郎先生を貫く。
手ごたえ的に、かなり良い鎧をつけていたようだ。
しかしそれは、ものすごい音と共に完全に粉砕される。
ドォッ!!!!
クソ野郎先生はその場に倒れこんだ。
そして、だんだんと身体が薄れていく。
一撃だ。
「このゲームでは、僕を通報できなかったようだね」
「うっ……! あぁっ……!」
クソ野郎先生は普通に喋ることすらできなかった。
HPの3~4倍のダメージは与えたんじゃないかと思う。
オーバーキルだ。
「クソ野郎先生……。長い付き合いだったね。またどこかで」
「………………」
クソ野郎先生は、ゆっくりと、消えていった。
どこか、憎めないやつだった。
アエイスが悔しそうな顔をしている。
僕はなるべくそれを見ないようにした。
まだ、アエイスが向こう側にいることを、信じたくなかったから。
ox琉奈xoのおかげで、あの状況を打破できた。
ありがとう、ox琉奈xo。
自分の身を挺してまで……。
ox琉奈xoの気持ちは、絶対無駄にはしない。
後は、鈴木と、アエイスだけだ。
クソ野郎先生がやられたのを見て、彩雨ちゃんと戦っていた鈴木が、アエイスの方へと戻っていく。
それを見て、僕と遥も、彩雨ちゃんのところへと集合する。
「彩雨ちゃんは、大丈夫?」
「わたしは全然大丈夫だよ! だいぶ、かわすのにも慣れてきたところ……。瀬津那くんは?」
「僕はまぁ……少しくらったけど、大丈夫。それにしても、彩雨ちゃん、あの鈴木の攻撃をかわしまくるのは……、なかなかすごいよ」
「うん、ありがとう……」
残るは鈴木とアエイス……。
回復役があっちにいるのはかなりでかい。
こっちがそれなりに押しても、少しのきっかけで一気に逆転してしまうことだってあるからだ。
彩雨ちゃんの表情が曇る。
「でもわたし……、敵だと分かっていても、人が目の前でやられていくところを見るのは……、やっぱり……つらいよ……」
「彩雨、これは戦いなんだ……。やらなきゃ、あたし達がやられる」
「遥さんは……、アエイスさんを本当に倒せるんですか……? 今まで一緒に過ごしてきたアエイスさんなんですよ?」
「彩雨……。あれはあたし達と仲良くするフリをしてただけだ。騙されてたんだよ、ずっと」
「わたしはまだ信じられません!」
彩雨ちゃんが声を荒げた。
僕もその気持ちは分かる。
敵側にアエイスがいる事実を、僕もまだ受け入れることはできない。
「彩雨。信じられないって言っても、現に、今あっち側にいるんだ。もう、どうしようも……」
「アエイスさん!!」
遥の言葉を遮り、彩雨ちゃんが叫ぶ。
アエイスは驚いたように、彩雨ちゃんを見る。
彩雨ちゃんは、泣いていた。
遥が、彩雨ちゃんの頭に、ぽんと手を置く。
そして言った。
「アエイス、あたし達に、何か言いたいことはないのか? ……多分彩雨は今、アエイスにそう言いたかったんだと思う」
「私は、元の世界に……、帰りたかっただけですわ」
「アエイスは、一番そういうことしなさそうなやつだったじゃんか……」
遥は、赤い花の髪飾りを直しながら言った。
彼女の赤茶色のストールは、ところどころ破れている。
「私は、全ての始まりは彩雨ちゃんだったと、思っているのですわ。この目で見たのですから……。彩雨ちゃんがここに来た時、世界が歪み始めるのを」
「あたしもそういうこと聞いてさ、確かにこの世界がおかしくなったのは彩雨が関係してるんじゃないかと思うところはある。でも、彩雨を倒そうとしなくてもいいんじゃないか?」
「私は、できる限りはやく元の世界に帰らなければならないのですわよ。だから……」
「アエイスは、最初から彩雨を倒すつもりであたし達と一緒にいたのか?」
「……最初は、単純に、彩雨ちゃんのことが知りたいという理由からでしたわ。彩雨ちゃん達と一緒にいれば、何かこの世界の謎を解くカギが見つかるのではないかと。でも……、瀬津那ちゃんや彩雨ちゃんや遥ちゃんは、どこか楽観的で、本当に元の世界に戻りたいのか分かりませんでしたわ。楽しくゲームで遊べているからいいやと、その程度の気持ちだったのではないですか?」
「あたしらだって、できる限りのことは……。」
「瀬津那ちゃんもそのようなことを言ってましたわ。遥ちゃんだって、瀬津那ちゃんと一緒にゲームができて嬉しいのでしょう?」
「……な、何だよそれ! あ、あたしだってそりゃ元の世界に……」
「分かっていますわ。瀬津那ちゃんだって、彩雨ちゃんがいればよかったのでしょう。所詮、そういうパーティーだったんですわ」
「アエイス……、そういう言い方はないだろ……」
「遥ちゃん。そういう遥ちゃんも、皆に隠してることがあるんじゃないのかしら?」
「何のことだよ……」
「私は詳しくは分からないですわよ。でも、遥ちゃんは……、私達に言えない何かを知っているような気がするのですわ」
「話を逸らさないでくれ、今はあたしの話じゃない」
アエイスは補助魔法専門だ。
そのプレイヤーが何を欲しているかすぐに分かる能力が求められる。
だから、人の考えていることが分かる能力が発達しているのかもしれない。
「私は、例のオデッセイ・バトルが終わった後、鈴木と連絡を取ることができたのですわ。瀬津那ちゃん達の中で、鈴木の連絡先を知っているのは私だけのようでした。つまり、鈴木が生きているということを、私だけが知っていたということですわね。一番最初に鈴木と連絡を取ったのは……、瀬津那ちゃんが倉庫に装備を取りにいくとか言っていたあたりですわ」
「あたしらを少し待たせた時のことだな……」
「その時、鈴木には、私が見たことを伝えたのですわ。鈴木も元の世界に帰りたいと願っていましたから、お互いに、『彩雨ちゃんを何とかしなければ元の世界に帰れない』とそこで思ったわけです。そして彩雨ちゃんのしている指輪がとても怪しいと考えるに至りましたわ。しかしその指輪は取れないようで……。そうなれば、指輪を破壊するには彩雨ちゃんを倒さなければなりません。そしてその彩雨ちゃんは、瀬津那ちゃん達に守られているわけですわ。そう簡単には倒せないことになりますわね。そこで私と鈴木は結託して、彩雨ちゃん達を倒そうという計画を立てていたのですわ」
「アエイス、お前、曲がったことは大嫌いとか言ってなかったか?」
「…………それはそうですが」
「アエイスのやってたことはスパイだろ? 自分のしてたことを何とも思ってないのか?」
「私は元の世界に帰りたかっただけなのですわ! 最初に鈴木に連絡した時、鈴木は彩雨ちゃんを倒そうと言いましたわ。私は……それはできないと、その時は言いましたわよ。流石に可哀想だと……。最初は情報を送るだけでしたわ。瀬津那ちゃん達がクエストをクリアしていけば何か見えてくるかもしれないと思って、手伝ったりもしていましたわ。でもこの先には何もないんじゃないかって思ったのですわよ。現に、何も分かっていないじゃないですか? 私は、すぐにでもこの世界から出たかったのですわよ。それには……手っ取り早く彩雨ちゃんを倒すしかなかったのですわ……」
「アエイス……」
「ニャソ子の指輪はニャソ子の分身ですわ。彩雨ちゃんのログイン時にそれが重複してしまい、世界の崩壊が起こりましたわ。だから、彩雨ちゃんを倒さなければならなかったのですわ……。ところで、遥ちゃんは、このゲームが予期せずこうなってしまって、嬉しかったのではないですか? 瀬津那ちゃんがずっとこのゲームにいてくれますから……」
「……そんなことはない……」
「遥ちゃんは、彩雨ちゃんの存在を最初は嫌がっていましたわ。だったら、彩雨ちゃんを倒せば何もかも解決する話でしたのに、遥ちゃんはそれをしなかったのですわ。ここからは私の想像ですけれど……、遥ちゃんは何かこう……、責任を感じているような風に思えましたわ。何の責任かはわからないですけれども」
「アエイス、あまり適当なことを言わないでくれ……! あたしは……」
「例えば、この世界がこうなってしまった原因を知っている……などですわ。もしくは自分がこの世界がこうなってしまったことに関わっている……」
「アエイス、もう分かった。そういう関係のない話はやめてくれ」
「少し話が逸れましたわね。話を戻すと、瀬津那ちゃんたちには、彩雨ちゃんを倒して元の世界に帰ろうという選択肢がなかったのですわ。他に何か元の世界に帰れる方法があったらそれでも良かったのですが、特にそれに代わる案も見出せなかったですわね? 私は心から、元の世界に帰りたいと思っているのですわ。……だから、私は今、こっち側にいるのですわよ」
「もう、彩雨を倒すという考えは変わらないんだな……? アエイス」
「それしかないのですわ」
アエイスは頷く。
そしていつものように髪をかきあげようとするが、なぜか、しなかった。
鈴木が両手で銀髪を逆立て、サングラスを直す。
そして日本刀をしっかりと握り直し、こっちを見た。
「彩雨ちゃん、最後に、教えてくれませんか?」
アエイスが言った。
最後という言葉が、どこか重く感じる。
「いつか聞こうと思ったまま、今日まで来てしまいましたわ。根掘り葉掘り聞くのはどうかと思っていましたから……」
「は、はい……」
彩雨ちゃんはアエイスの目を見ずに答えた。
アエイスも、彩雨ちゃんのことを見てはいなかった。
「彩雨ちゃんは、瀬津那ちゃんの友達ということで……、このゲームに誘われたのですわよね? ニャソ子が見たいからと以前に聞きました」
「はい……」
「皮肉にも、彩雨ちゃんがログインしたことによってニャソ子は消えてしまったわけですが……。そのニャソ子の指輪は、どこで手に入れたのですか?」
「瀬津那くんが、くれました」
「瀬津那ちゃんが……? 一体どうやって作ったのですか? プログラミングの知識などなければ、こういうものは……」
「瀬津那くんが作ったというわけではなくて……、抽選会があったんです。当たれば、ニャソ子グッズがもらえるっていう……」
「それはゲーム内で、ですか?」
「僕はゲーム内でお知らせが来たよ。ニャソ子グッズが当たるよみたいな……」
「それは、いつ頃ですか?」
「いつ頃って……。彩雨ちゃんがこの世界に来るちょっと前とかそのへんだよ」
「そんなイベント……ありませんでしたわよ。それがもし本当にこのゲームで行われていたイベントなら、毎日ログインしていた私は知っているはずですわ」
何だって?
そんなイベントはなかった……?
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