第163話同盟の真価 其の一

 軽食は三人だけでなく、後ろに控える者達にも振る舞われた。全員が卓について食事することを小人族の護衛は遠慮したが、氏族長の説得によって恐縮しながらも席に着いた。少々狭いがそれを一々気にする者はいなかった。


 「中々に旨そうだ。」

 「ええ。簡単な料理とは言え、女衆が腕によりをかけて作りましたのですからな。」

 「わあ!綺麗だね、アンリちゃん!」

 「そうね。どれから食べようか迷ってしまうわ。」


 皆の前に出されたのは三種類のサンドイッチと芳しい香りを放つお茶であった。赤・黄・緑の色合いが白木の器に映えて何とも美しい。ティーカップも細緻な銀細工が施されており、殺風景とも言える小屋が食事が出るだけで華やかに思えるほどだ。

 料理自体は別段変わったものではない。味覚において他の種族と大差無い小人族にとっても、非常に食欲がそそられる匂いだ。そこで種族として農耕が得意な小人族の三人は気がついた。料理に使われている穀物や野菜の素晴らしさに。


 「ほう。このパンも野菜も上質なものですね。」

 「おお。流石は小人族ですな。パンに用いられる小麦は旧王国から、野菜は我らが栽培しておるものです。さあさあ、お召し上がり下さい。」

 「では、ありがたく。ッ!?」


 ツェバラは心底驚いた。ただのサンドイッチだと思っていたものが、信じられない程に美味いのだ。護衛二人も同じ事を思ったのか、一口食べた時点で目を皿のように見開いて絶句している。


 「お気に召しましたかな?」

 「何を使っておられるかお聞きしても?」

 「勿論ですとも。黄色はロック鳥の卵サンド、赤色はワイバーンの香味ソースサンド、そして緑色は季節の野菜サンドですな。」

 「ろ、ロック鳥にワイバーン…。それは凄い。」


 魔獣の肉。それ自体は珍しいものではない。ツェバラも普通に口にするものであるし、一般的にも食べられているからだ。しかし、話に出てきたロック鳥やワイバーンは一流の討伐屋であっても勝てない化け物だと彼はしっている。国政に関わる者として、決して勝てない魔獣の知識は持っていて当然なのだ。


 「エルフ族とはこれほどに強い魔獣を討ち取れるのですね。」

 「ほっほっほ。それは違いますぞ、トルキアス殿。」

 「はい?」


 氏族長は朗らかに笑いながら首を横に振る。そして次に口から飛び出た言葉はツェバラを驚愕させることになる。


 「ロック鳥や味付けに使われる香辛料は南部の獣人族から、茸やティーセットはドワーフ族から、パンとお茶は人間から、野菜や器は我がエルフ族から、そしてワイバーンとこれらを集めて輸送する労力は魔族から出ております。」

 「なるほど…なるほど。」


 ダーヴィフェルト王国を滅亡させてから、魔族と亜人達が積み上げてきた成果の一つがこのサンドイッチに表れている。すでに文化的交流や人材派遣は積極的に行われており、大陸西部の結束は固いのだ。さらにそれらの食材を運搬する街道の整備も進んでいる。

 トルキア藩王国はこの同盟に名を連ねようとしている。それは他の種族の知恵やそこにしかない物を入手する機会に恵まれるということだ。しかし、この同盟の結束の固さは脅威である。既に嗜好品を融通し合う関係で、彼らを裏切った場合、確実に潰されると容易に予想出来るからだ。


 「ふふっ。単なる食事かと思いきや何とも恐ろしいことを見せつけられましたな。」

 「はて、何の事やら?それよりも追加のサンドイッチはどうですかな?ご満足頂ける量を用意しておりますよ。」

 「…有り難くいただきましょう。」

 「わ、私も!」

 「私もよろしいですか!?」


 わざとらしく惚ける氏族長と夢中で食べる小人族達を無言だがどこか楽しげに眺めるザイン。それだけでも二人の意図を正しく汲み取った自信が彼にはあった。独立後、小人族は他種族と肩を並べるために、植物を栽培する技術を極め、大陸でも大きな影響力を持つことになるのだが、それはほんの少し未来の話になる。

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