第164話同盟の真価 其の二

 食事を終えた後の小人族との密約は双方にとって満足の行くものとなった。その内容は大別して二つ。帝国の情報提供と侵攻支援である。前者はトルキア藩王国で手に入る帝国の情報を出来るだけ多く魔族に伝えることで、後者は魔王側が帝国に侵攻する場合に通行許可を与えることを指している。

 前者はアンネリーゼの使い魔による情報収集の裏付けのためなのでそれ程重要ではないのだが、問題は後者である。魔族の侵攻を支援することは、帝国に反旗を翻すのと同義だ。それをスムーズに行うには王弟がクーデターを起こして藩王国の実権を握る必要がある。故に魔族側はその支援も行うこととなった。少々太っ腹過ぎる気もするが、必要経費だと割り切る。魔王の望みは恐怖によらず世界が魔王を讃えるようにすること。そのためには魔王は優れた統治者であり、敵には容赦が無いが味方には慈悲をもたらす存在だと思わせねばならない。

 大陸西部の亜人はザインの為人を知る者が多くいたおかげで上手く同盟を結び、信頼関係を築くことが出来た。しかし、ここから先は違う。ザインの事を全く知らない相手を此方に引き込まねばならないのだ。ならば此方が組みすべき相手だと思わせる必要に迫られる。とは言え、舐められる訳にはいかないので来たるべき帝国との戦争では魔将達に精々暴れて貰うとしよう。


 「有意義な会談が出来たな。」

 「ええ。こちらこそ。」

 「ほっほっほ。それは良かったですな。」

 「それではこれで失礼します。帝国に感づかれる訳には参りませんので。」


 ツェバラは狩りと称して森に入っている。余り遅くなると怪しまれる可能性も否定出来ない。


 「ほっほっほ。密かに護衛をつけますので、ご安心下され。」

 「感謝致します。それでは。」




 「行ったか。」

 「ええ。使い魔も気取られていませんわ。」


 小人族の姿が完全に見えなくなり、声も聞こえなくなったことを確認したザインにアンネリーゼは囁いた。同盟関係を結ぶ事自体は構わないが、これが演技である可能性も否定出来ない。ザインは味方を裏切ることは無いが、まだ小人族が信頼に足る相手かはわからない。その見極めをアンネリーゼの使い魔で行うのだ。


 「ほっほっほ。ザイン殿も抜け目ながいですな。」

 「氏族長に言われたくありません。さっきのは護衛、と言うより怪しい素振りを見せれば始末する監視役でしょう?」

 「はて?何の事やら?」


 好々爺然としていても、氏族長は千年以上生きている。孫娘には甘々だが本来は腹黒いのだろう。またそうでなければ氏族長など務まりはしない。


 「向こうも解っていると思いますがね。」

 「ほっほっほ。そんなことより、久しぶりに来られたのです。ゆっくりして行きなされ。里の皆が喜びますでな。」

 「そうさせて頂きますよ。アンリもルルの故郷に行けるとあって楽しみにしていましたから。」


 ザイン視界の端ではしゃぐ二人の妻を愛おしそうに眺める。そんなザインに、氏族長はいやらしくニヤニヤしながら小声で呟いた。


 「夫婦仲は良好なようですな。もう一人の奥方とも仲が宜しいようで。」

 「私の知らない間に友情を育んでいたようです。何とも、私には勿体ない位に良い妻達ですよ。」

 「ほっほっほ。それは良かった。では、参りましょうか。」




 氏族長達と共にエルフ族の集落にもどったザイン達だったが、ちょうど中央の広場で鍛錬の最中であった。エルフ族だけではなく、獣人族やドワーフ族も混ざっている。異なる種族の異なる体系の戦い方を教えあっているようだ。その中心にいるのは、他でもないアルであった。


 「アル。忙しそうだな。」

 「ザインか。ちょうど良い。久々に手合わせ願おう。」


 旧友に話し掛けると即座に試合を申し込まれてしまった。普通なら嫌がるのだが、アルは魔将以外で数少ないザインと正面から斬り結べる戦士。何がちょうど良いのかわからないが、その挑戦を受けない理由はザインには無かった。


 「いいぜ。久しぶりにヤリ合おうか。」


 こうしてエルフ族一の戦士と魔王の右腕と呼ばれる魔宰相の試合が行われる事になった。興味本位で多くの者が見物しにきたが、そこにいるほとんど全員が理解していなかった事がある。それは二人が間違いなくこの大陸において最上位に位置する強者だと言う事実であった。

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魔王の右腕 松竹梅 @syoutikubai

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