第153話宰将の会議 其の一
魔王に王子が産まれたという吉報はアンネリーゼの使い魔越しに魔王の支配地全域と同盟国に伝えられた。全ての魔族が歓喜に湧き、亜人の国々も王子への祝いの品を喜んで見繕っているようだ。
しかし人間達はそうではない。確かに一部の胆力のある者達は即座に贈り物の用意を始めている。ザインが親父っさんと呼ぶステファノなどが良い例だ。だが、ただでさえ魔王だけでも恐ろしいのに、その息子が産まれた事は大多数の人間にとって悪夢でしかなかった。次世代の支配者の誕生に絶望する者の方が多いのである。
人間の反応はともかく、王子の誕生にかこつけてザインは一度全ての魔将を魔王城に呼び寄せた。目的は他でもない。来るべき帝国との戦いに向けた会議である。
王国侵攻を協議した時と同じ会議室で、五人の魔族が各々の腹心の部下を従えて一つの円卓を囲んでいた。ここでは魔王とその配下によって幾度と無く世界を動かす議論が交わされることとなるのだが、それは置いておこう。
「揃ってるな。早速始めよう。アンリ、説明を。」
「かしこまりました。」
ザインの背後に控えていたアンネリーゼが様々な資料と膨大な情報を纏めた現在の状況を解説し始めた。
まず旧王国の現状だが、ウンガシュをはじめとする魔将達の働きで既に全域を支配下に置いている。現在は王都のザインと魔王直轄の悪魔が行政を、ケグンダートの第二軍が反乱鎮圧と治安の維持、そして防諜を担っている。既に防諜以外の彼の役割は獣人に引き継がれつつあるので、第二軍は一部を除いてじきに魔王領に帰還出来るだろう。
その他の魔将だが、それぞれに任された職務に励んでいた。まずウンガシュと第一軍の精鋭は旧王国に散らばるはぐれ魔族の調査とスカウトを行っている。力あるものを尊び、従う魔族相手ならば肉体言語で語り合うのが得意なウンガシュが適任だ。実際に人里離れた森の奥や山の上など様々な場所に暮らしていた者達を配下に加えている。着実に成果を上げているようだ。
次にシャルワズルと第三軍だが、彼らは魔王領と大陸西側の海底の地形や海流の分布、海生魔獣の調査・調教・駆除などにあたっていた。大陸東部は帝国に気取られる可能性があるので行ってはいないが、大陸西部に限れば安全な航路の確保が出来たことになる。海生魔獣も頭のいいものを調教出来たらしく、第三軍の戦力強化に繋がるだろう。
最後の第四軍は王国北部制圧後、王国と帝国を繋ぐ唯一の街道を管理・監視を今も続けている。最初は関所を抑えて完全に封鎖し、帝国からやってきた行商人なども情報統制の為に捕縛していた。ティトラム達巨人族は温厚なので虐待などせず、三食を保証していたし、さらにステファノに依頼して行商人の商品も適正価格で買い取ったので、彼らからすればむしろ宿泊費や場代が浮いて利益が出た位だ。またこの形式で商売させて欲しいと言って帰って行く辺り、商人とは逞しいものである。
次に帝国の動きだが、かなり大掛かりな準備をしている。全ての属国にかなり厳しい税を課し、徴兵まで行っているようだ。近い内に大規模な戦争をするつもりなのだろう。狙いは大陸西部の支配に違いない。ただ、間者として潜り込んだ剣闘士がまだ帝都に到着しておらず、また王都よりも魔術的な防御が堅牢な帝都にはアンネリーゼの使い魔も侵入が難しい。なので相手の作戦や帝国主力の動員数、遠征に参加する勇者や英雄の人数も不明である。
「…と、本題はここからだ。今言った通り、帝国は確実に此方に攻めてくる。グ・ヤー大森林とキフデス山脈を大軍で通り抜けるのは現実的ではないし、エルフ族とドワーフ族は通行の許可を出さないはずだ。そこで、主戦場はここ。大陸の東西を繋ぐカスル平野になる。」
そう言うとザインは既に机の上に広げていた未完成の地図上のカスル平野と書かれた場所の東部に、前回同様チェスの駒を置いていく。
「恐らく、敵は此方に大兵力を持ってくるだろう。それこそ王国の時のように分散していないからな。だからこそ、此方も十分な戦力で迎え撃つ。」
ザインは言いながらカスル平野の西側に二つのナイトを配置する。
「最前線にはウンガシュとティトラムに任せたい。今回は第四軍が造った砦での防衛戦が主になるだろう。総大将はティトラム、ウンガシュは副将でいいか?」
「オラは構わねぇだよ。」
「おぅ、強い奴はおるんやろな?」
ニコニコと軽く返事をするティトラムにとは対照的に、ウンガシュは猜疑的な眼差しをザインに向ける。それは未だに初対面時の確執が残っているから、ではない。魔族の中でも輪をかけて戦闘狂である彼は、王国との戦に不満があったのだ。
「前ん戦でよぅ解ったわ。人間はちぃと脆過ぎるで。歯応えが無さ過ぎてつまらん。」
戦うこと、それも強者を倒すことに至上の喜びを得る。それがウンガシュの本質である。短い付き合いながらも実際に戦ったことでその辺りを熟知しているザインは不敵に笑った。
「そうでもない。戦争には必ず帝国の勇者や英雄が出張ってくる。奴らなら相手にとって不足はないだろう?何と言っても俺でも殺されかけたのだからな。副将が前線に出る事を推奨したくはないが、現場の判断に任せる。」
ふん、と鼻をならしたウンガシュはそれ以上何か言うことは無かった。ザインから前に出ることの婉曲な許可を得たからだ。不機嫌そうに見えても思わずつり上がる彼の口角に、周りの者達は皆一様に困ったように溜め息をつくのだった。
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