第141話人竜の復讐 其の一

 ザインは右手にファルゼルを、左手に愛用の鉄鎚を握って玉座のある階段から降りる。すぐにでも連中を殺してやりたいのだが、オットーに言わねばならないことがある。そのためにグッと堪えて口を開いた。


 「なあ勇者さんよ。俺が復讐したい相手が解るか?解んねぇだろうから言ってやる。アンタらだよ。」

 「何?」


 ザインの隙を伺っていたは突然のことに困惑していた。彼らもグルミンと同じく人々の為になることこそすれ、恨まれる道理は無いからだ。


 「言っておくが、逆恨みの類じゃねぇぞ。アンタらは俺から、俺たちから全てを奪った。その事を後悔しろ。あの見てぇにな。」

 「魔術師?グルミンのことか!?貴様グルミンに何をした!」

 「さあな。それこそ俺を半殺しにして聞き出してみな。もっとも…」


 言いながらザインは全身の筋肉を膨張させて被っていた擬似表皮を内側から破った。これは驚きの連続の今日一番の衝撃だった。何せ人間が化け物に変化することは稀にあるが、人間の皮を被った人外を見るのは初めてだったからだ。


 「この前みてぇな遊びは無しだ。」

 「速ッ!」


 ザインはノーモーションでオットーとの間合いを瞬く間に詰めた。彼の翼によって水平に飛んだのである。

 壁となるべきユリウスすら反応出来ない斬撃を、オットーは剣をギリギリで滑り込ませて防御した。しかしながら、ザインの攻撃はこれで終わりではない。滑らかな動きで左腕の鉄槌をオットーの右脇腹へ叩き込む。


 「させん!」


 これを防いだのはユリウスだった。彼はオットーを突き飛ばしてザインから離すと、魔具の大盾でザインの一撃を受け止める。金属同士がぶつかる嫌な音が響くものの、ユリウスは見事にザインの鎚を防ぎきった。


 「む?痺れるな。どんな小細工…」

 「ッシャア!」


 ユリウスの盾が持つ能力は衝撃吸収と衝撃反射、そして硬化の三つ。敵の攻撃の衝撃自体を軽減し、さらにその一部を敵に反射、さらに壊れにくい硬化までする優れものだ。半端な攻撃はこれだけで完全に弾くことが可能なのである。それでもユリウスの身体がほんの少しではあるが浮いた事から、彼はザインの膂力の片鱗を嫌でも意識させられる。

 ザインは妙な手応えに疑問を抱くのも束の間、音も無く背後に回っていたヤムが拳を打ち込む。魔力を纏った一撃は、ケグンダートを苦しめた『貫』に他ならない。堅牢な鱗などお構いなしに体内を流れる魔力を乱す技はザインであっても食らえば弱体化は必至であった。


 「ふん!」

 「ぬわっと!危ねぇ!」


 しかしながら、ザインはそう甘くはない。ケグンダートから聞き及んだヤムの技の危険性は十分に理解出来ている。背後からの奇襲も尻尾の一振りで迎撃した。

 ヤムは鋼鉄で編まれた鞭が如き尻尾が当たる直前でどうにか踏みとどまって、大きく後ろに下がる。それと同時にユリウスも退いた。


 「皆ぁ!がんばってぇ!」


 男三人がザインを足止めしている間にアイシャは強化魔術を発動した。腕力を始め動体視力や思考速度まで上昇させる技量は、もしここにアンネリーゼが残っていれば素直に感心するレベルであった。


 「チッ、囲まれたか。」


 ただ、彼らの最も恐ろしい部分は抜群のチームワークだろう。ユリウスに突き飛ばされたオットーがザインの右前方、自分から下がった二人はザインの左前方と背後に位置取っていたのだ。アイシャも既にオットーの後ろに移動している。

 ザインは正直、最初の攻防で一人位傷を負わせられると思っていた。しかし、相手も流石は勇者と言うべきか。目配せだけで彼を包囲する彼らのチームワークから、ザインは彼らが潜り抜けた修羅場の数をひしひしと感じると同時にそれを打ち破る戦術を構築していく。敵を殺すことを考えるザインは自ずと獰猛に笑っていた。


 「いつも通りで行く!アイシャ!」

 「はい!」


 ザインの漂わせる殺意と強者の雰囲気を耐えた四人はオットーの一言で動き出す。アイシャは返事とほぼ同時にザインの目の前に閃光を放つ球を出現させ、目眩ましを狙った。竜という種族からすれば子供騙しに過ぎないが、うっとおしいことこの上ない。ザインは煩わしそうに魔力を纏わせたファルゼルで光球を薙ぎ払う。閃光で視界を奪えれば御の字、奪えずとも一瞬の隙を生み出す陳腐だが有効な戦術と言えよう。

 事実、彼らはザインの初動を余計な動きに費やさせる事に成功した。最初の一手を無駄使いさせられたザインに三人が迫る。ユリウスが盾を前に出したまま突撃し、オットーが音速に近い速度で頸を狙って剣を薙ぎ、そしてヤムの貫手が死角から迫る。もし空に逃げようとしてもアイシャの魔術による妨害が待っている害どんな凶悪な魔獣でも逃れられない必殺の布陣だった。そう、のだ。


 「オラァ!」


 ザインは上空に逃げるでもなく、迎撃を選んだ。左のユリウスは前蹴りで吹き飛ばし、右のオットーは斬撃を屈んで回避すると同時に尻尾を腹に打ち込み、そして背後のヤムは尻尾を振る勢いを利用して力任せに鉄鎚で殴りつける。


 「むっ!」

 「ガフッ!」

 「だぁ!クッソ!これを捌けんのかよ!」


 ヤムが思わず叫んだ事がオットー達全員の思いであった。紛れもなくザインはこれまで戦ってきた中で最強の敵である。竜としての身体能力を完全に使いこなす、対人戦のエキスパート。そんな相手を確実に倒すために、出し惜しみなど出来る訳がない。オットーは遂に黄金の神通力を剣に纏わせる。戦いはまだまだ始まったばかりであった。

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